短編小説  帰ってきた兄

@katakurayuuki

帰ってきた兄


 久しぶりの全速力に身体のたるみが嫌になってくる。小さい頃はそんなこと全然なかったのに。運動をしなくなるとこんなに身体が重くなるのか。

 俺は昔小学校を通った道を40過ぎてまた走っている。何故か。それは兄が久々に帰ってきた気がするのだ。

 どこかから。


 兄は小さいころから病気のように眠るひとだった。いや、多分病気か何かだったのだろう。小学校に上がるころになると、お昼過ぎまで何をしても全く起きなかったのだ。だから勉強にまったくついていけず、友達もできず、一人でいることが多くなった。

 逆に弟の俺は周りに比べ背も高く、勉強もでき、愛想もよかった。まるで兄の寝てる分の栄養をそのまま俺にくれるかのようだった。

 両親はそんな兄をどうにかしようといろんな医者に見せたが何もわからなかった。果ては宗教やうさんくさい祈祷師にまで頼ったぐらいだ。それでも兄は治らなかった。

 次第に両親は兄の事をほっとくようになり、その分俺に過剰に目をかけるよになったと思う。

 そんな兄だが、俺は嫌いではなかった。兄と会えるのは小学校から帰ってきた後、家でしか会えなかったが、兄は俺には優しかった。

 家でならゲームで遊べたし、帰ってきてから兄と一緒に近所の駄菓子屋まで遊びに行ってたりしたと思う。

 そんな兄もたびたび学校には憧れていたようだが、5年生の頃になると諦めていたように思う。近所の丘にある公園に行っては寂しそうに遠くにある学校を見る兄をたびたび見たものだ。

 一度だけ、そう一度だけ兄と小学校に行ったことがる。

 それは夏休み前の修了式が終わり、家に帰った後、その日は両親もだれもおらず、どこに行っても大丈夫だと思ったのだ。だから、せっかく兄が行きたいなら今からでも行こうと誘ったのだ。

最初は遠慮がちだった兄だったが、やはり学校に行ってみたかったらしく、俺と兄は駆け足でまた小学校に行ったのだ。

 学校についた兄は戸惑った。兄の上靴はないのだ。せっかくこれから夏休みだし、俺は自分のをそのまま履き、兄には休み前に持ち帰るはずの靴を忘れた友達の上靴を勧めたのだ。

 俺の教室まで案内した。兄は物珍し気にあちこちを見て回った。俺の席も案内した。しかし、しばらくして兄の席はないのだと気づいたらしく、意気消沈してしまった。がっかりした兄に気の利いた事が何も言えず、そのまま家に帰ったのだ。

 両親は俺と兄が小学校に行ったことも知らず、兄もそのことには触れなかった。

 そして兄は小学校の卒業式。勿論兄は式には出ていないのだが、その日兄はいなくなった。

 その日は大勢の大人が家に来てどこに行ったか兄の捜索が始まった。勿論俺にどこに行ったか聞かれたが、俺にもわからず、結局その日を境に兄はいなくなってしまった。


 そんな兄だったが、思いもよらず見つかった。

 30年後。廃校になった小学校にユーチューバーが肝試しとして入った動画があったと友人に教えられ、その動画を見たら、幽霊として扱われていた存在が兄だった。それも小学生の時のままの姿で。

俺は走った。実家から久々に小学校まで通った道を走ったのだ。

兄がいる。まだあそこにいる。

はやる気持ちを抑えながら息も切れ切れに俺は廃校になった小学校に土足で上がりこんだ。ほこりが舞う。他にも土足で上がりこんだユーチューバーらしき足跡もある。

 息を整えながら俺は兄を案内した教室にたどり着いた。

 そこに兄はいた。小学生の姿で。


 「にいちゃん、いままでどこに行ってたんだよ。」

 「ああ、久しぶりか?おおきくなったじゃん。ってかおじさんじゃねーかお前」

 「にいちゃんはなんで小学生のままなんだよ」

 「俺か、俺はこっちではどうやらここまでだったらしい。だからあっちの世界にいったんだ。だけど忘れ物があったから久々に帰ったら廃校になったからびっくりしたよ。」

 これ、といい渡されたのはちいさな上靴。夏休み前に学校に置き忘れた。そして兄に貸した友達の上靴だ。

 「これ、借りものだから返しに来たのよ」

 「それだけ?今までどこに行ってたんだよ!心配したんだぞ!」

 「心配?お前には心配かけたな。でも親父たちにとってはいなくなってもらったほうがよかったかもしれないだろ。自分の居場所に戻ったんだよ。じゃあもう行くわ。」

 そう言いつつ兄はどこかへ、俺の知らないどこかへ行こうとしていた。

 「悪いな。兄としてお前にしてやることは出来なかったし、ここに連れてきてくれたのうれしかったよ。それだけでも伝えたかったんだ。」

 そういいつつ、その場には小さな友達の上履きだけが残されてしまった。


 兄はどこへ行ったのか。それはもうわからない。だが、兄に必要とされる場所があるなら、もうそれでもいいかもしれない。そう思いつつ家に帰るのだった。

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