プレイボール! まで

 夏の全国大会予選を二週間後に迎えたその日、先輩四人が一斉に野球部をやめた。

 

『やはり受験勉強を始めることにした。むしろ遅すぎるくらいだったのだ』

 とはエースピッチャーのキャプテンから。


『オレたちの時代は終わった。これからはお前たちがこの学校を強くするんだ』

 とはキャッチャーの先輩。これで自動的に僕のレギュラー入りは決まったけど。


『黙っていたけどよ……膝のけがが悪化しちまって、もう限界なんだ』

 とはショートで一番バッターの頼れる先輩。たぶん、けがの悪化は嘘だと思う。


『本音をいえば、もっとお前たちと野球をやりかった。察してくれ、じゃっ!』

 とはセンターのチャラい先輩。察するといわれても思い当たるところはない。


   🥎


 と、まぁいろいろと理由とか言い分はあったんだろうけど、簡単に言えば初戦の相手がどうしようもない強豪校だったのが原因だ。去年の大会で甲子園優勝を成し遂げたその高校の名はBL学園。誤解しそうな名前であるが、そんな冗談も通じぬほど野球は鬼のように強い。

 ましてウチは創設間もない公立の弱小校。初回コールド負けなんてのもあり得るくらいに実力差は歴然だった。


   🥎


「ったく先輩、みんな逃げやがったよ……二週間後には試合だぜ。メンバーも足りないのにどうすりゃいいんだよ?」


 練習後のロッカールーム。新キャプテンになった『ギバ』にそういわれても、僕はどう答えていいかわからなかった。ちなみにギバはニックネームで苗字は柳葉やなぎば。大きな体と明るい性格のムードメーカーで、口は悪いが頼れる男だ。


 簡単なのは棄権することだろう。人数も足りないわけだし。でもそれだけはしたくなかった。こんな状況でも僕もギバもユニフォームは砂まみれ、練習だけはずっと続けてきたのだ。


 もっともそれは僕とギバだけじゃない。残されたメンバーだって、まだ少しでもうまくなるように、一試合でも多く勝てるように、練習を続けていたのだ。


   🥎


「だよな。これじゃ……」

 そう答えたものの、仮に集めたところでどうなるものでもないだろう。

 何といっても相手が悪すぎる。


「てか、お前BL学園相手に勝つの前提で話してんの?」

「いや、試合なんだから勝つためにどうするかだろ?」

 これは僕にとって当たり前の思考だ。勝負するからには勝てなきゃ楽しくない。なんのための辛い練習するのか分からないじゃないか。 


「ミケよ……お前のポジティブさと、しぶとさホントすげえ。尊敬する」

 ちなみに『ミケ』ってのがチーム内での僕のこと。苗字は己家。でもネコみたいな糸目なのもので、そこからミケってのが定着しているらしい。


   🥎


「あの……ギバキャプテン、一つだけ方法があるっス」

 たたた、と僕たちの方に走ってきたのは一年後輩の『ナベ』。苗字は渡辺。ひょろりと背が高く、練習態度も真面目な可愛い後輩だ。リトルリーグ出身だが、あまり器用なタイプではないようで、ライトで8番が定位置の選手だ。


「なんだよナベ、その方法って?」

「ウっス、実はギバ先輩とミケ先輩の学年に野球うまい先輩がいるはずなんス」


   🥎


「四人も? そんなにいたっけ? てかリトルリーグ上がり?」

「ハイ。一人はミケ先輩も知ってる人だと思います」

「いや、心当たりないな。当時のメンバーは覚えてるけど」

「その人、家の事情で苗字が変わったっス。あと雰囲気もずいぶん」

「誰だろう?」

 人の名前と顔を覚えるのは得意だったはずだけど、心当たりがなかった。


「てか、ミケ! おまえその四人捕まえ……スカウトして来いよ。何とかなるかもしれねぇじゃん! てかそれしかねぇだろ」

「オレが? おまえの方が適任じゃん?」

「いや、こういうのは人当たりのいいお前の方がいい。それにオレはキャプテンだから試合の準備で忙しい」

「なに準備すんだよ? てかお前そんなキャラだったっけ?」


「だってよ、勝つんだろ? BL学園に。分析とかいろいろやらなきゃダメじゃん」

「ギバ……おまえ、意外とまじめだったんだな」

 そんな軽口をたたいたけれど、僕はその言葉が素直にうれしかった。ギバも勝つ気でいる、同じ目標をもって隣に立っているのがなにより心強かった。


「意外は余計だよ。とにかくできるだけのことはやろうぜ。グラウンドに立てなきゃ試合も始まらねぇ!」


   🥎


 そんな経緯で四人のメンバー集めが幕を開けたのだ。


 それがあの夏の奇跡の始まりだった。


 そして二週間はあっという間に過ぎてゆく……


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