第46話 旧交

 神田源龍は酒を好まない。


 体質的に飲めないわけではなかったが、酩酊という正常な思考力を失った状態に身を置くことに抵抗があった。


 当然、その状態の人間を相手することも苦手なので、酒の席というものはできる限り避けてきたのだが――


 この男と飲むのだけは、それほど嫌いではなかった気がする。


 おおとり笙造しょうぞう


 桜都防域管理局の局長にして、桜花戦士部隊特務分隊の一員である鳳比奈子の父親。


 まばらに白髪の混じった髪をオールバックに撫で付け、年齢を重ねた故の洒脱さを備えた風貌の紳士が、こちらが指定した居酒屋の奥まった個室で一人、神田を待っていた。


 ……情報端末リーフの画面を見て号泣しながら。


「…………何をしているんですか、笙造さん」


「ああ……神田くん。俺はもうダメかもしれない」


 訝しみながら対面に座った神田に、笙造はリーフの画面を見せる。


「比奈子に……比奈子に彼氏ができちゃったかもしれないんだよおオオオオオオオオ‼︎」


 泣き崩れる笙造。画面には、ウインクにピースを決めた比奈子と、その隣でやや固い笑顔を浮かべる会崎斗悟のツーショット写真が映っていた。背景から推し量るに、撮影場所は結桜通り最奥の高台だろう。


 ――何をやっているんだ斗悟あいつは……。


 神田は眉間を押さえた。


 別にプライベートまで口を出す気はないが……会崎斗悟、あいつはこの二ヶ月で、特務分隊以外にも多くの桜花戦士と親交を築いていたはずだ。「会崎斗悟が使える桜花武装が増える」ことと「彼と接した桜花戦士の適合率が(個人差はあるが)上昇する」という戦略的なメリットがあるため、桜花戦士部隊の司令官としては推奨する理由は有っても咎める理由はない。


 だが私情を言えば気に食わない。


 大事な部下を好き放題取っ替え引っ替えしやがって。


 ついに比奈子までも……。


 ……いや落ち着け。斗悟クソガキにムカついている場合じゃない。


「今日の昼に比奈子から送られてきてさぁ〜……問いただしても既読スルーなんだよ。今も。彼氏できたからパパなんか用済みってこと? 辛すぎるわぁー……」


「……そういう関係とは、限らないでしょう。知っていると思いますが、彼――会崎斗悟は、その能力の性質上、桜花戦士との信頼関係構築が重要ですから、その一環として親睦を深めていただけでは」


「……源ちゃんそれ本気で言ってる? 単なる親睦で、年頃の男女が二人で結桜通り行くか? それにさぁ、最近比奈子ってば、やたらあの『勇者くん』のこと話すし、明らかに惚れてるっぽいんだよ」


「はぁ……」


「エロざかりの健全な男子が、比奈子ウチの子みたいな可愛すぎる女子に好き好き迫られて理性を保てるわけないだろ! ああ比奈子……俺の天使……」


「あの、泣くならせめて酔ってからにしてもらえませんかね」


 とりあえず酒を注文し、乾杯する。


 既に泣き上戸のようになっていた笙造だったが、酒が入るとむしろ落ち着きを取り戻し、共通の思い出を話題の中心に話が弾み出した。


「あったなぁ〜、そんなこと。結桜通り完成したときだから……アレもう5年、以上前か。早いねぇ。そう考えると神田くんと飲むのも久しぶりだな」


「そうですね」


「君誘っても基本来ないしな」


「あまり得意ではないので」


「まだそれ言ってんの〜? 君もう組織のトップでしょ? そんなんで部下の本音とか聞けてんのかね?」


「部下は基本的に未成年ですから、酒に頼ることはありません」


「ああ、まぁ……そりゃそうか」


 笙造は苦笑しながらさかずきを傾ける。


「正直に言うと、俺は君のこと、出世しないと思ってたよ。人の上に立つのには向いていないと」


 貶してるんじゃないぞ、とフォローして彼は続ける。


「むしろ逆だ。君の有能さと潔癖さに、周りの人間がついて来られないと思っていた。上に立つ人間にはある程度の無能さとずるさが必要ってのが俺の持論だからね。ところが結果はこの通り……30にも満たない歳で桜花部隊の総司令官だなんて、異例も異例、前代未聞の大抜擢だ。本当に驚かせてくれるよ、君は」


「それはひがみですか? 鳳防域管理局長殿」


 唇の端を上げてそう返すと、笙造は目を丸くし、一拍置いて爆笑した。


「言ってくれるなぁ! ま……確かに、俺はまさに無能さと狡ささっきの二つでこの席に座った代表者みたいなモンだからな。一人の男として僻みがないとは言い切れん。……けどな、源ちゃん」


 笙造は目を細めて神田を見る。その眼差しには覚えがあった。


 まだ酒も飲めないガキだった頃。


 桜花戦士の憩いの場の必要性を都市開発部門に直談判しに行った先で、訳の分からない子どもの戯言だと冷笑する大人達の中に、一人だけ面白そうに話を聞いてくれた男がいた。


「桜花戦士の父親としては、娘の上司がお前で本当に良かったと思ってるよ。これ以上の適任はいないと、断言できる」


「…………」


 或いはこれは、そういう作戦なのかもしれない。だが、仮にそうだったとしても、今の言葉は彼の本心であるような気がした。


 しかし。


「笙造さん」


 いずれにしろ神田がやるべきことは変わらない。


 彼の心がどこにあろうと、聞くべきことを聞かない理由にはならない。


「三十八次結界拡張計画を覚えていますか」


「ん? そりゃ覚えてるぞ。散々おかみにせっつかれたからな。あの計画がどうかしたか?」


「急かされた割には、今はもう全く動いていないようですね。あの――会崎斗悟を発見した、仮拠点結界設置任務以降は」


「そりゃ仕方ないだろう。安全だと思ってた地域にあの規模のイーターの大群が出現したんだ、計画はほとんど白紙だよ。おまけに勇者の少年だのウェンディゴ・メナスの再出現だの、ここ最近は異常事態が続きっぱなしで、呑気に通常事業を進めてる場合じゃないことくらいは上もわかってるだろうさ」


「あの任務の時、あなたは特務分隊を派遣して欲しいと俺に依頼してきましたね。あれはあなたの判断でしたか?」


 笙造は怪訝そうな顔をした。


「オイオイ……まさか今更アレを責める気か? 勘弁してくれよ。そりゃ、防域局長ともあろう立場の人間が身内びいきだなんて、好ましくないって正論は承知の上さ。しかしねぇ、危険な激務続きの愛娘に少しくらい楽させてやりたいって親心を、君なら汲んでくれると思って頼んだんだから――」


「話を逸らさないでください。あの日、会崎斗悟を発見したあの任務に、特務分隊をあてがおうとしたのはあなたの判断ですか? それとも――それを含めて『A.I.O.N』からの指示だったんですか?」


 笙造の表情から笑いが消えた。

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