第44話 告白

「ひなちゃん、いつもありがとうね! お礼にホラ、これ持ってって!」


 帰り際、ブルースター・ガーデン園長の牧田さん――50歳くらいの恰幅の良い女性だ――から比奈子に、中身の詰まった大きめの袋が渡された。中を覗いてみると、


「サツマイモだ……! すごい、本物ですか⁉︎」


 斗悟が思わず尋ねる。牧田さんは豪快に笑った。


「そうだよ。子ども達の教育の一環ってことで、ここの敷地で野菜を育ててるんだ。二人で食べな。ボーイフレンド君がっぱい食べそうだから、ちょっとオマケしといたよ」


「ありがと、おばさん!」


 お茶目にウインクする牧田さんにお礼を言って、二人はブルースター・ガーデンを後にした。


 もうすっかり日も暮れてきたので、今日はこれで解散になるものだと思っていたが、比奈子が「せっかくお芋もらったしさー、晩御飯も一緒に食べようよ!」と誘ってくれた。


「あたしの部屋の冷蔵庫に他の食材もあるから、手料理作ってあげる! 食べてかない?」


「き、君の部屋で? それは流石にマズイんじゃないか?」


「なんで? 一緒にご飯食べるだけでしょ? それとも……それ以外に何かするつもり?」


 わざとらしく体を寄せてくる比奈子。いつもの彼女のやり口なのはもちろんわかっている。……わかっていたところで、たじろがないわけがない。それが男子高校生というものだ。


「しないって! そうじゃなくて! オレが君の部屋に入ってくのが誰かに見られたらマズイだろ? あらぬ誤解を招きかねないし、それに……この前のパジャマパーティー事件で神田さんに死ぬほど怒られたんだから。次に問題起こしたら、オレ本気でここ追い出されるって」


「あー……それは確かにまずいかも。じゃ、逆にしよっか」



 逆とは、比奈子が斗悟の部屋に食材を持ってきてくれるという意味だった。……それはそれで問題があるような気がしたが、「それならいいでしょ? ね? ね⁉︎」と結局彼女に押し切られてしまった。


 斗悟の部屋にも一応(使ったことはなかったが)キッチンが備わっている。そこでエプロン姿の比奈子と並んで料理をしている――という状況が、なんだかソワソワして落ち着かない。嫌なわけでは全然ないが。


 長い髪をシュシュで留めてポニーテールにした比奈子が、手慣れた様子で食材を切り、炒め、煮込み、お皿に盛り付けていく。


 並んで料理、なんて言ったが、作っているのはほとんど比奈子だ。斗悟はあたふたしながら野菜を洗ったり比奈子に言われた調味料を渡したりお皿を運んだりするだけだった。


「かんせーい! チキンとサツマイモのクリーム煮と、サツマイモとベーコンとサラダ、あとデザートに一口スイートポテト!」


 丸いローテーブルに料理を並べ、斗悟と比奈子は隣り合うように座布団に腰掛けた。


「おお〜……! なんて豪華な」


「お肉は全部合成食品だけどね〜。でも結構工夫で補えるんだよ? ささ、どうぞ召し上がれ」


「ありがとう。いただきます!」


 料理は全てサツマイモを使っているのに色とりどりで、湯気に乗って漂う香ばしい匂いが食欲をそそる。


 まずはクリーム煮から一口……。うまい。


 クリームの油分がチキンに濃厚な旨味とコクを与えていて、合成食品とは思えない深い味わいを生んでいる。サツマイモの優しい甘みと柔らかな食感はやはり本物の貫禄だ。


 サラダも、よく焼いたベーコンのカリッとした歯応えが心地よく、マスタードベースのドレッシングが角切りのサツマイモに絡んだ甘じょっぱい風味がパンに良く合って素晴らしい。


「すっげえうまい……! 比奈子は料理も上手なんだな!」


「でっしょ〜! ふふーん。ありがと!」


 比奈子は得意げに笑ってピースサインを作る。

 それからしばらく、二人で談笑しながらサツマイモのフルコースに舌鼓を打った。


 ふと会話が途切れた数秒の間、微笑みながらこちら見つめる比奈子の表情がやけに色っぽく見えて、内心ギクリとする。


「……どうかしたか?」


「ん〜? なんか、美味しそうに食べてくれてるのが嬉しくて。可愛いなーって思ってた」


 動揺し言葉に詰まる斗悟。その反応も読んでいたのだろう。微笑みを崩さないまま比奈子は続ける。


「今日さ。付き合ってくれてありがとね。すっごく楽しかった」


「あ……ああ。それは、こちらこそ。オレも楽しかったよ」


「知ってる。それが一番嬉しかったんだよ。結桜通りで遊んでた時も、子ども達のお世話してる時も、二人で料理してる時も……今も、そう。あたしが楽しいと思うことを、一緒に、心から楽しんでくれてたのが伝わって来たから。ほんとに嬉しくて、なんていうか……幸せだなって、思った」


 そう告げた時の比奈子の表情は、或いはこれまで見せた中で最も本心をそのままに映していたのではないかと、斗悟には思えた。思いたかっただけかもしれないが。


 つまり、最も穏やかで、最も美しく、最も――長くその顔を見ていたい、と感じさせるものだった。


「…………比奈子」


「あ、クリームついてるよ」


 不意を突かれた形になった。


 すっと伸びてきた比奈子の人差し指が、斗悟の口元のクリームソースを拭い取る。比奈子は指先のそれをそのまま自分で舐め取った。蠱惑的な視線が斗悟を見つめている。


「…………っ! あ、あのなぁ比奈子。からかわれてるってわかってても、そういうのは流石に照れるから――」


「違うよ」


 静かな声。だがそこには、有無を言わさず斗悟の言葉を中断させる魔力があった。


「……違う、よ。からかうためだけに、こんなこと、しない。君に、あたしのこと意識して欲しかったから」


 ――明確に、空気が変わった気がした。ふわふわと辺りに漂っていた熱が、一本の張り詰めた線に凝縮したような。


 比奈子は猫が擦り寄るように、斗悟の方へ体を傾けてくる。


 ゆるくウェーブした髪が揺れ、瑞々しい果実を思わせる甘い香りが鼻腔をくすぐる。女性らしい丸みを帯びた肢体の柔らかな感触が、徐々に増える接触範囲とその重みに比例して思考を侵食していく。


「……ひ、比奈子?」


「……最初に出会って、あたし達を助けてくれた時から、かっこいい男の子だなって思ってた。でも今日一日、一緒に過ごして、色んな話をして、やっぱりそれだけじゃないって……思った。これからもずっと、君とこうしていたいって」


 心臓の音がうるさい。


 なのに、彼女の声と吐息が凄く間近に、大きく聞こえる。


 少し潤んだ瞳で、斗悟の目を見つめたまま、比奈子は言った。



「――……好き。君のことが好きだよ、勇者くん」

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