第38話 境界を探る者①

「ここ……で、あってるんだよな?」


 鞠原に教えてもらった例の天才少年がいるという部屋の前に立ち、斗悟は思わず独り言を漏らした。


 念のため、再度リーフの位置情報で場所を間違えていないこと確認する。……大丈夫だ、合っている。


 合っていて、ここなのか……?


 鞠原から、少年は「研究室を改造した居室に住んでいる」と聞いていたから、自分や桜花戦士にあてがわれたような一般的な居室とは異なっているだろうことは予想していたが、それにしても、である。


 有り体に言って、そこはガラクタ置き場にしか見えなかった。


 研究棟の一階……ソフィア本部の建物の中でも一番端っこに追いやられたような場所で、通路には多種多様な機器が乱雑に放置されている。


 部屋の中に入らなかったものを外に積み上げているのだろうか? おかげで通路が圧迫され、人一人分の通行幅しか残っていない。


 そんなガラクタ(にしか見えない機械の山)を掻い潜って辿り着いた扉の前。この先が彼の研究室兼居住空間になっているとのことだが……部屋の外すらこの有様なので、訪ねるのが若干怖かった。


 多少の逡巡の末、斗悟はインターホンを押した。


「はいはーいっ⭐︎ どちら様ですかぁー?」


 インターホン越しに聞こえたのは、陽気そうな少女の声。少年は一人でここに住んでいると聞いていた斗悟は、やはり部屋を間違えたのかと一瞬焦った。


「あ、あのすみません。鞠原環先生に紹介されてきた、会崎斗悟という者ですが……」


「あー! 会崎斗悟さんですね、伺っておりますよぅ! ようこそおいでくださいました! ささっ、どうぞ中へ〜」


 自動扉が開き、斗悟は少女の声に案内されるまま中に入る。


 部屋の中は意外に片付いていた。物は多いが(100年前には見たこともない機械がいっぱいだ)、配置が整っており最低限の動線は確保されているので、ガラクタ感はほとんどない。


 少し進むと、目の前に、高さ一メートルほどの人型ロボットが現れた。


 暖かな桃色と白を基調とした色合いで、パーツは全体的に丸っこく、頭の比率がやや大きい。頭部から花びらのようなパーツが二枚生えており、ウサギの耳にもリボンのようにも見える。背中には四枚の羽、腰部分は花弁を模したスカート状になっており、花の妖精をモチーフにしたマスコットのようなデザインだ。


 顔面は黒いディスプレイで、ドット調にデフォルメされた笑顔がLED光で映し出されていた。


「初めまして! ワタシはご主人サマ――久遠寺理仁くおんじりひとサマをサポートする仮想人格AI、プリムローズと申します! プリムって呼んでくださいねっ⭐︎」


 片手を腰(?)に当て、もう片方で額(?)の辺りにピースを作り、アイドル風のポーズで「バチっ⭐︎」とウインクを決める(実際ディスプレイに星が散る演出が入った)、妖精型ロボット――プリムローズ。先程の少女の声は、彼女(?)のものだったのか。


 明らかに人格を持った超高性能ロボットに挨拶をされる、という予想外の事態に、斗悟は一瞬言葉を失った。


「……あらら? 斗悟さん? フリーズしちゃいました?」


 心配そうに首を傾げるプリムローズの様子に、ハッと我に返る。


「あ、ああごめん。えっと……よろしく、プリム?」


「はい! よろしくお願いします!」


 ――すげぇ。ロボットだ。人型ロボットが動いて喋ってる!


 静かな興奮が遅れてやってきた。桜都にやってきてから一番「未来」を感じた瞬間かもしれない。


「えっと……今喋っている君、プリムは、ロボットなんだよな? 誰か人間が声を当ててるわけじゃないんだよな⁉︎」


「おおー、久々に新鮮な反応。嬉しいですねぇ。そうですよ、『中の人』なんていません。ワタシ自身がお話ししてます。まぁ、正確には喋ってるのはロボットじゃなくてAIですけどね〜。このロボットボディは端末の一つですぅ」


 ペコリと頭を下げて、プリムは「ご主人様はこちらですよ〜」と部屋の奥に進んでいった。……人間と同じ二本の足が備わっているが、移動は踵部分のホイール回転によって行うらしい。両足を着けたまま滑るように進む。


「君はAIだっていうけど……凄いな。人間と話してるのと何も変わらないよ」


「ありがとうございます♪ それは嬉しいお言葉ですね〜。ワタシは『できる限り人間に近く』思考ルーティンを進化させるようプログラムされてますから、その評価は自己肯定感を大いに満足させてくれますぅ」


「その、君をプログラムしたのはもしかして……」


「はい、ご主人サマですよ〜!」


 そんな話をしながらプリムについて奥の部屋に入ると、部屋の中央で小柄な少年が一人、回転椅子の上にしゃがんで(座って、ではない)天井を見つめたまま、ゆっくり回っていた。


 少年はこちらに気づくと、キャスターを滑らせて近づいてきた。至近距離で椅子を降りて立ち上がり、斗悟を見上げながら顔を覗き込むと、


「じゃあ、早速君の使う不思議な能力について教えてもらえないかな」


「……えっ……」


 いきなり、さも当然のように話しかけられて戸惑う斗悟。そこにすかさず「ちょいちょいちょーい!」とプリムが割って入った。


「『早速』が過ぎますってご主人サマ。最速ですそれ。斗悟さんびっくりしてるじゃないですか。初対面なんですから、まずはお互い自己紹介から。ね?」


「あー……うん」


 少年はプリムの言うことを咀嚼するようにパチパチと二回まばたきをして、お辞儀なのか発作なのかよくわからない所作で頭を下げた。


「こんにちは。初めまして。ぼくの名前は久遠寺理仁くおんじりひとです」


「はい、よくできました」


 ……どっちがAIだ、コレ?


「こちらこそ、初めまして。オレは会崎斗悟だ。えーっと……理仁くん、は」


「ご主人サマのことは呼び捨てでいいですよ〜。敬称とか敬語とか、使うのも使われるのも苦手な人なので」


「そうか? じゃあ遠慮なく。理仁はオレのこと、どれくらい聞いてる?」


「記録が残っていることなら全部。たまきにもらってるから」


 環……鞠原のことか。


「そ、そうか。それなら話が早いな。オレは理仁のこと、鞠原さんからちょっと聞いただけなんだけど――」


 改めて、天才少年・理仁の姿に目を向ける。


 身長は150センチを少し越えるくらいか。十六歳の少年としては小柄で、手足も枝のように細い。ダボダボの白いシャツとズボンに身を包んだ姿は、なんだか子どもがイタズラで大人用の服を着ているようなアンバランスさがある。


 柔らかそうな栗色の癖毛は、視界の邪魔にならない長さで切り揃えられていた。顔立ちは幼く、大人しそうな、どことなくぽやっとした雰囲気を受ける。


 ……万能の天才少年、という謳い文句から想像していたイメージとは大分違った印象だ。


「――色々凄い発明をして、ソフィアに技術提供してるって。食堂で使われてた生体培養食品の技術も、君のおかげで急激に発達したって聞いた」


「うん」


「おいしかったよ。100年前の料理と比べても遜色ない味だった」


 斗悟なりに理仁が話しやすそうな話題を振ったつもりだったが、彼の反応は薄い。ただじっと斗悟を見つめている――それは、エサを前に「待て」を命じられた子犬の眼差しに似ているような気がした。


「プリムも君がプログラムしたんだろ? AIのプログラミングに、生体培養食品の研究……。本当に、分野を問わずになんでもできるんだな、理仁は」


 その言葉に、理仁が少し反応した。


「分野ってあんまり意識したことがないんだ。ぼくはただ、自分が興味のある主題テーマについて突き詰めたいだけ」


「テーマ……?」


 理仁は頷く。


「端的に言うと『概念の境界を定めること』。根源的な概念ほど、その外縁に明確な線を引くのは難しいでしょ」


 ……「でしょ」と言われても。


 何もピンと来ない。


「ご主人サマ。全然伝わってないです。もっとわかりやすく」


「えー」


「ほら、教えたでしょ? 具体例とか出して話すんですよ」


 プリムのアドバイスを受けた理仁は、少しの間をおいて再び口を開いた。


「喩えば、『心』という言葉の意味を理解できない人はあんまりいないと思うけど、『心』の定義を聞いたら答えられない人が多いと思う。答えを持ってる人の間でも、多分それぞれの定義は一致していない。『命』とかもそう。

 ぼくの興味はその外縁にある。

 それを突き詰めてみたい。

 プリムを作ったのもその試みの一つ。極限まで人間らしく振る舞うことを突き詰めた人工知能AIは、『心を持った』と言えるのかが気になって」


「………………!」


「生体培養食品も同じ。どこまでが『肉』で、どこからが『命』なのかを探ってみたかった」


「………………」


 理仁が言いたいことは――彼の興味の矛先がどこを向いているのかは、なんとなくわかった気がする。


 彼にとっては、根幹にある知的好奇心を満たすために、その手段として研究があるのだ。彼は彼の興味が赴くままにその手を拡げているに過ぎない。


 ……普通の人間はきっと、能力や性格などの制限によって、手を伸ばす範囲が絞られるのだろう。


 その際、「どこに手を伸ばすか」の選択肢として、「分野」や「専門性」といった体系的な区別があるのだろうが――極論、無限に伸びる手を持っていれば、そんな区別は必要ない。


 「万能の天才」とは、きっとそういう意味だ。


「だからきみにも興味がある」


 見上げる理仁の目が、真っ直ぐに斗悟を捉えている。


 黒く澄んだ瞳の奥に、底知れぬ知識欲が無限の階層を重ねているようで、斗悟は静謐な迫力に気圧されそうになっていた。


「『100年前の日本出身で、異世界帰りの元勇者』。――きみは、複数の境界線が滲むグラデーションの上に立っている人だと思うから」

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