【プロローグ】あなたにお姉さんがいないならわたしがお姉さんになってあげましょう

麦踏狐尾

第1話 百年の争い


 語り 松代・ジャネット・ちとせ


ちとせは世界史が嫌い。西暦何年、誰がどうしたどうなったと暗記するのはいや。とくに王や皇帝の名を暗記するのが嫌い。ルイ、リチャード、カールとか、みな一世、二世、三世と名乗るから混乱してしまう。彼らは後世、催眠誘導剤が香る教科書に自分の名が載るとは知らず、子供たちへの親切心も遊び心もなく、メリハリも利かしませんでした。でも物語の都合上、だれだれ一世、なになに二世、またかい三世と、百年戦争の簡単知識をお話ししなければなりません。ただし歴史に詳しい方には簡略すぎて誤解を招くと指摘されそうです。




始まりはノルマン・コンクエスト

まず1337年~1453年、これはイングランド・フランス間で争われた「百年戦争」の期間です。ぴったり百年ではありません。そしてこの戦争、英仏国家間戦争のように聞こえますが、乱暴にいうとフランスの内乱です。

1066年フランス・ノルマンディ地方を治めるギョーム公は海峡を渡ってイングランドを征服し、ブリテン島ではウイリアム一世と呼ばれる王になります。学校で覚えたノルマン・コンクエストです。ギョームはフランス語読み、ウイリアムは英語読みで同一人物、大英帝国の母体イングランドはフランスの地方貴族ノルマンディ公ギョーム二世の植民地になったということです。現代の感覚では小が大を征服したように感じますが、違います。当時のイギリスは貧弱で内乱もあり、小と小がケンカして、片方の小が勝ったというだけです。ですからノルマンディ公ギョーム二世はフランス王の家来のまま、本拠地をイングランドに移すこともありませんでした。


新しい王さまもフランス人 ヘンリー二世と領地を失った息子

それから時代がさがり1135年イングランドを植民地にするノルマンディ公家にお家騒動が勃発します。その騒乱に介入し勝利したのはフランス貴族のアンジュー伯ジョフロワ五世とその息子アンリです。アンリは父が死ぬと父が奪ったノルマンディ公領を相続、弟が相続予定のアンジュー伯領は奪い取ります。そしてイングランドは武力と交渉で併せ、イギリスではヘンリー二世と呼ばれる王になります。またアンリの奥さんは大きな領地を持参していました。これも加えると主人のフランス王よりも広大な領地を持つ家来となるのです。

こうなると下剋上か主人に潰されるかの争いになります。そしてヘンリー二世を継いだ息子ジョン王は失敗を連続させ、アンジュー伯領、ノルマンディ公領、母の持参領地など、フランスにあった領地のほとんどを失ってしまいます。ジョン王は僻地イングランド王に成り下がったのです。

(以後英国王室にジョンと名のつく王は輩出しません。失敗の多かった王の名を嫌ったと言われています)

しかし撤退しても王家の子孫たちは大陸に残してきた先祖の領地回復を狙うようになりました。

(このころからイングランド王はフランス語だけでなく植民地言語の英語も使うようになります。イングランド王国で英語が公用語になったのは1362年、百年戦争勃発後です)


百年戦争勃発

1328年、領地回復の遺伝子に火がつきます。フランス王シャルル四世が死ぬと分家のフィリップ六世が即位。するとフランス王の娘の子、イングランド王エドワード三世は「おなじ孫なら俺の方がフランス王にふさわしいぜ」とイチャモンをつけて1337年、ついに百年戦争が始まります。

(フランス王家は日本の皇室と同じく男系継承、エドワード三世に継承権はありません)

1340年イングランドはスロイスの海戦でフランスに圧勝しますが陸戦では苦戦し休戦となります。しかし1341年、イギリス海峡入り口を治めるブルターニュ公家で継承紛争が発生。これに乗じて英仏王家は別々の候補を応援して戦闘を再開。1346年クレーシーの戦いにイングランドは勝利、1356年ポワティエの戦いでもイングランドは勝利し、なんとフランス王ジャン二世までも捕虜にします。イングランドは断然有利な展開となったのですが、決まりません。イングランドは戦費の枯渇や勝利を導いていたスーパースターのエドワード黒太子、その父エドワード三世が続いて病死してしまいます。イングランドは経験不足の若い王の即位、国内の反乱等でいままでの優位を失ってしまいます。そしてフランス王のシャルル五世は敵失を利用し失地のほとんどを回復します。これでフランスの逆転勝利で終わるかと思いきや、まだ決まりません。今度はシャルル五世が病死、継いだシャルル六世はなんと発狂。そのうえフランスは敵を目の前にして二派に別れて争います。

1415年イングランド王ヘンリー五世(開戦時の国王エドワード三世のひ孫)はアジャンクールの戦いでフランス軍に大勝、再度イングランド優勢の状況になりました。狂った王の側近たちはすっかり弱気になり、発狂した王が死んだらヘンリー五世をフランス王に推戴しますと約束してしまいます。将来はイングランド王がフランス王を兼任することになったのです。

しかし今度はヘンリー五世が若死にします。続いて狂気王も死んでしまい、約束どおりヘンリー五世の息子、生後11か月のヘンリー六世がイングランド・フランス二重王国の初代国王に即位します。もちろん赤ちゃんに国の統治はできません。大人たちが勝手をしながら騒乱は続きます。またフランス側にも王位継承を主張する王子が存在していました。

「我こそが正統なフランス王である。二重王国は無効である」

狂気王の息子、のちのシャルル七世です。まあ、実力さえあれば言ったもんの勝ちなのですが、王子の実力ではイングランドをやっつけるどころか国内の親イングランド勢力ブルゴーニュ派の懐柔すらできません。

「ああ、どうしよう」王子は困っていました。

そんなピンチのときに、あの超有名美少女戦士、ジャンヌ・ダルクは出現したのです。

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