第9話 ◎2人目と3人目

0 と1が無数に連なり上から下へ、下から上へそれらが変化する。


そんな奇々怪界とした部屋で、赤毛から黒い束が出ている女の子は言う。


「ついに!ついにやったよ!もうあと少しで!」


俺に満面の笑みで、声高らかにそう言った。


「ああ。やっとだな。」


かく言う俺も心が弾んでいる。


「君達!喜んでいる場合なのかい!?ゲームにウイルスがばら撒かれたんだろ!?私達は逃げなくていいのかい!?」


煩い男が悦びに浸っている俺達に茶々を入れた。


「まぁまぁ。心配するなよ。社長さん。このウイルスは私たちのいる場所には入ってこないようにプログラムしてある。」


「だ、だが、私の息子もそのウイルスに罹っているんだろ?本当に大丈夫なのか?」


社長は目に涙を浮かべ汗を流し彼女に詰め寄った。


「もー。また説明させる気?だから何度も言ったでしょ?このウイルスはプレイヤーに悪夢を見せるだけだって。それ以外に何もできないって。」


「そ、そうだよな。」


社長は了解、というより自分に言い聞かせるように言った。だが実のところ、俺も少し心配だ。


「…それにしても、アスナ。悪夢を見せるだけと言っても長時間になれば流石にプレイヤーにも影響があるんじゃないのか?」


「もー。カズトまで?大丈夫。もちろん、悪夢が長引けばプレイヤーの精神にも害を為す可能性はあるよ。でも、アイツがこんな簡単なウイルスに手間取るなんて考えられない。だから大丈夫。」


「…でも、そんな簡単なウイルスだったらIFに入れた意味が…。」


「いや。それは間違いだよ。カズト君。」


ここぞとばかりに社長、SOAK代表取締役社長、浸順耳つき じゅんじはアスナの前に割って入った。


「ゲームの運営も商売だ。商品に不備が見つかれば一定数の客はその商品を買わなくなる。このIFにおいてこのウイルスは商品の不備だ。しかもとても大きな、ね。」


「そう!だから、この簡単に破壊できるウイルスでも十分にゲームの信頼を落とし、プレイヤー人口を減らすことが出来るの!」


「…な、なるほど。」


順耳を押し、成り代わって言うアスナに少しばかり気迫を感じる。


「全部のウイルスが破壊されたら…順耳さん。あんたの出番だよ。」


「ああ。分かっている。借りは返すよ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


数分後。


私は自社自慢の商品ソクメットを脱ぎ、椅子から立ち上がった。

ジャケットの皺を直し、鏡を見てネクタイを締める。


「これから、会見だな。」


「はい。社長。すでに予定に組み込んでいます。」


「有能な秘書がいて助かるよ。」


彼女は微笑み軽くお辞儀をする。そして私が命令せずともドアの元へ歩き、それを開ける。


カメラのフラッシュがあらゆる方向から差し込む。


さてと、もう終わりだ。モルフェ君。君の天下の時代は。


「浸社長!今回の悪夢の件の経緯は?」

「浸社長!この事件の被害は?」

「浸社長!事件の真相は?」


「記者の皆様。今回、IFに起きた不可解な事件は私達SOAKが確認したところ、今、解消されました。加えて自社製品のソクメットによる不具合ではないことを明言致します。そして真相として、お答えしましょう。知っての通り、IFと我が社SOAK は協力関係にありました。しかしそれぞれの分野には介入していないとこれまで発表してきました。」


モルフェ君。今。君はどこでこれを見ているのかね。どんな顔で見ているのかね。


「ですが、これまでIFの運営を見ての通り怠慢が目立ち、職務放棄とも取れるような長いお休みの期間、お客様、プレイヤーの皆様にご迷惑をおかけしてきました。私達もこのIFを作ったM氏には多大なご恩があったためこの件については尻拭いをしてきました。」


君のIFがどのように壊れるのか、興味はあるかね。


「なぜ、M氏は運営を放棄していたのか。プレイヤーの皆様に大きな影響を出しながら謝罪も、顔すら出さなかったのか。その理由が今回の悪夢の事件により明らかになりました。M氏は、プレイヤー名、モルフェはウイルスを作っていたのです!それも悪夢を見せ、現実の私達にも傷を残そうとしたのです。その証人として、プレイヤー名、ナッツさんを提示します。彼女は以前からモルフェからこのウイルスを使われゲーム内でも現実でも拉致監禁され、心に傷を負い、恥辱を被ったのです。そのウイルスが彼自身のミスで漏れ出し、今回の悪夢事件に繋がるのです。」


どうかね。どうかね。もう、私を2番目などとは言わせない。



翌日、ネットや新聞、テレビのニュースにはこの衝撃的な内容の記事が書かれた。


[悲報] 人気ゲーム"IF"のゲームマスター"モルフェ氏"自身のゲームにウイルスを撒く。


[特報]あのゲーム"IF"のゲームマスター"モルフェ"が自身のゲーム内のプレイヤーを誘拐。


[速報]夢を叶えるゲーム"IF"のゲームマスター"モルフェ氏"は現在逃走中。


世間はIFの話で"持ちきり"になった。


あの会見から2週間後。SNSではこんな話も出現し始めた。というより目立つようになった。


C:家族がゲームに入り浸って出てこない

R:友達がリアルを嫌って学校にも来ようとしない

I:あのゲームのせいで社員が仕事に来ようとしない

T:あのゲームは癌だ。やったら現実に帰ってこれなくなる

I:みんな!あのゲームはやるな!

C:#現実を見よう


SOAKの社長の発言により、今までゲームの依存性に対しての懸念が注目され始めた。


それが時と共に懸念が悪夢の件と合わさり危険に変わっていった。


今までIFに対する肯定的な意見は9割を占めていたのに今では全体のたったの3割になった。



「父さん!こんなの間違ってる!」


「おいおい。どうした?優馬。」


優馬がものすごい剣幕で私を怒鳴った。


「彼はビジネスパートナーでしょ!?なんでこんなにいじめるようなことをするんだよ!?」


「また、その綺麗事か。いいか。この世界は弱肉強食だ。モルフェが弱みを見せたんだ。この機にトップに登らなければ負け犬だ。それに、彼はお前のガールフレンドの、くる…、くい…。なんとかって名前の子を連れ去ったじゃないか。」


「…胡だよ。でも…そ、そうだけど、彼は僕たち、プレイヤーを悪夢から救ってくれたんだ。」


「…?当たり前だろ?」


「え…。」


「自分の商品に欠陥があったのを自分で片付けるのは当たり前だ。それが経営者の責任だからな。それを、"正義"と感じるのではまだまだだな。」


優馬はまだ子供だな。勉強が足りない。やはり、更に勉強時間を増やすか。


「社長。お電話です。」


秘書の彼女は俺にスマホを差し出した。


「誰からだ。」


「IFプレイヤーの1人かと。」


正直、面倒だ。熱狂的な信者からの電話はここ最近増え続けているからな。


「…何のようだ。」


「モルフェくんは、あなたが言ったようなことはしないです!彼はただ人から愛されたいと思っただけなんです!」


やはりだ。


「…君は誰だ?」


「私は、彼を知る1人です。」


[プツー]


電話を切った。

…鬱陶しい。ヤツの何がこいつらをそうさせるんだ。


「父さん!」


「黙ってろ。お前は自分の部屋に行って勉強していなさい!」


……。全く。物分かりの悪い息子だ。


「私はあっちで用事がある。何かあったら上手く片付けておけ。」


「了解です。」


自室に戻り、椅子に座る。

私はソクメットを被る。



「やーやー。お疲れ様。社長さん。」


「いやいや。君達の裏工作があったおかげだよ。」


ログイン早々、赤髪の女は話しかけてきた。


「そうかな。そうかも。ありがとー!」


相変わらず、お調子者だな。この女は。


「アスナ。これからどうするんだ。」


「もちろん。アイツがいるところに乗り込んで殺すんだよ。」


また物騒だな。


「殺すといっても、どうやって。」


そうは言っても私もそれを望んでいるが。


「前に言ったでしょ?ある剣が必要だって。」


「う、うん。…ま、まさか、それが出来たのか?」


女はニヤリと笑ってストレージをガサゴソと漁って探した。

やがて、あったと言わんばかりの顔で剣を出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これだよ!"デリーター"!!」


柄から刃の先まで黒く塗られ、赤黒く縁取られている。鍔は半分の歯車が模られている。


「この剣はモルフェが持ってたあの刀を参考に作ったんだよね。だから、その剣でアイツを斬れば、完全に削除できる。」


「…だから、あの時は作れなかったのか。削除するデータ自体存在してなかったから。」


「その通り!…じゃあ、カズト。持ってみなよ。」


俺はアスナに言われるがままにデリーターを持つ。


「お、重い。」


片手で持つと手の位置が少し下がる。


「そう?カズトがいつも使ってるあの剣と重量は同じくらいにしたんだけど。」


そう言うが、やはり、重い。


…これは、二刀流はキツイかな。


「あ、そうそう。その剣と一緒に服も新調したんだよ。」


アスナはそういってストレージに服を送った。

スワイプして…見つけた。


「うんうん。やっぱりいいね。私の思った通り似合ってる!」


服を装備すると、彼女はそう言った。


デザインは概ねシンプルで、デリーターと同じように黒いシャツに黒いズボン。赤色で縁が染めてある黒いローブを羽織っている。丈は膝に差し掛かるくらい長い。


「そ、そうか。」


…何だか気恥ずかしい。


「…よし!じゃあ装備も済んだことだしそろそろ作戦を始めようか。」


そんな恥ずかしさを感じる俺を置き去りにアスナは次に移った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


様々なニュース記事やコメントに埋もれた一つのメッセージがあった。


"もう一つの現実"


これは販売元のSOAKが打ったキャッチコピーではなく、また謎に包まれたこのIFの制作者、モルフェ氏が考えたテーマでもない。


これは私たちプレイヤーがVRに求める言葉である。リアルであればあるほどいいゲームだと言われていた。だがそのリアルさは時に残酷なものになっていった。


IFでは夢が叶う。それは当たり前だ。しかしそれでも叶わない夢がある。人に関わる夢である。


家族や友人、恋人を願っても、それは典型的なものに変換されてしまう。

自分だけの人は夢に出てはくれない。


例え、その姿を完璧に再現出来たとしてもそれは外見のみで中身は自分の選択した、自分の"知っている"相手にしかできない。そこに果てしない虚無を感じてしまう。


この声のない訴えは静かに人々の中に響いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


同日。


「ここ2週間。警察は容疑者、VRゲーム"IF"の開発者、プレイヤー名、モルフェを追跡中です。警察側からは新たな情報が出た次第、逮捕に全力を尽くすと発表しました。」


僕は指名手配犯となった。あの社長が口からでまかせを言ったおかげで。

幸い、僕は名前も顔も世間に公表しなかったおかげですぐに逮捕とはならなかった。


IF内のID情報もシークレット化したため電話番号も住所も割り出せない。


だが、いつか捕まるかもしれないという恐怖は拭えない。


あのウイルスを削除した後、僕は、レナ、ナッツ、ミル、ホスの4人を強制ログアウトさせた。


彼らはゲーム内のイデ城を知る者であるため、危険分子である。


それだけではない。


リサも、もちろん僕も、あのウイルスを流すはずがない。そして、僕のゲームはバグの一つもない完璧なものだ。加えて、プレイヤーが行ける全てのパークからウイルスを流し込むことは不可能だ。


一つの場所を除いて。

そこは、イデ城である。


イデ城はIFの心臓部であり、あそこがプログラムの中心地で、イデ城からゲーム内の設定を隅々に操作できる。


ここから導けるのは一つ。


あの4人の中にウイルスを持っていた者がいたってことだ。


誰かが、IFの崩壊を望んでいる。

…または、望んでいる者と関わりがある人がいる。


もう結論は出ている。


……。


だが、認めたくない。彼女だと。


…。


そんなこと言ってる場合じゃない。もし、彼女がIFを破壊しようと企んでいるのなら、または関係があるのなら、犯人を突き止め、止めなければいけない。


しかし、どうしようか。彼女の連絡先はもう持ってない。


会おうと思っても、方法がない。


いや、連絡先を使わなくても、"あの時"は会えたんだ。

どうやって会ったのか。

…彼女の行く場所を調べて、待ち伏せしたんだ。


今、彼女が行く場所は分からない。けれど、やるしかない。


僕はソクメットを被り、深く息を吸う。


「やってやる。」



ログインすると、"彼女"がいた。

黒髪を後ろで束ねポニーテールにし、そんな髪と同じように黒い目を持つ。ただ全身黒でもネクタイと眼鏡は青い色を選んだ。IFのシステム管理AI、リサである。


[…マスター。」


「…。」


あの時から、彼女が俺の"名前"を呼んだ時から、俺は彼女がなんであるか判断できなくなった。


もちろん。彼女はAIだ。それは間違いない。リサのプログラムは俺が一から組んだものだ。


だが、あの時の、顔が忘れられない。謂れのない何かがそうさせている。


何もかも、"彼女"について分からなくなった。だから、言葉が出てこない。喉につっかえるわけじゃなく、ただ単純に出てこない。

…俺は何も言わずにイデ城を出た。



俺はレナと周ったところを渡り歩いた。

パンの店、イタリアンの店、アメリカンダイナーの店。

しかし、いない。美食家のレナがどのレストランにもいなかった。


最終策として特に思い入れがあるレストランにも行った。


綺麗な夜の下行ったあの店。

半年記念日に行ったあの店。


いい思い出があるわけではないからあまり行きたくなかった。


…だがわがままを言っている場合じゃない。


店に入り、カウンターにいるウェイターのNPCに詰め寄る。


「最近、ここにレナっていう名前の女の子が来なかったか?」


「すみません。レナという女性プレイヤーは存じ上げません。」


「オレンジ髪の蒼い目の女の子なんだ。」


「…申し訳ありません。」


来てないのか…?

まさか、俺がログアウトさせてからログインしてないのか?


だとしたら、どうすればいい…。唯一のヒントだぞ。


俺は店を出た。

とはいっても何をしようというわけではない。

路頭に迷った。


…まだ、行っていない場所がある気がする。

だが、行っていい場所ではなかった気もする。


彼女が"そこ"にいるのなら、俺は、行かなければいけない。そのはずだ。


曖昧だな。自分でもそう思う。

足だけが動いて頭が動かない。


でも今は、これがきっと正しいんだ。



俺は、ワープゲートを通って、あの場所を目指した。


スタスタと、足早に向かう。

彼女に会いたい、なんて綺麗事じゃない。

理由もわからない。


でも、話したい。その欲求だけが足を動かす。


息切れながらも、そこに着いた。


ハリボテの病院だ。


シティパークの一部。

知っての通り意味はない。


だが、今、俺はここに意味を見出せた。


「…レナ。」


彼女に会える場所という意味を。


「……。」


…寝てる。

レナは病院前のベンチですやすやと寝ている。


「レナ。…起きてくれ。」


彼女の寝ている隣に座り、ゆすってみる。


「……。…夢みたい…。」


…寝言を言っている。

起きる気配はなし。

やっと見つけたのに、寝ているのなら話にならない。


「……。」


……。…待つか。


暇で寝ている彼女の顔を覗いてみる。

その表情はなんとも幸せそうである。

レナのことだから、食べ物をいっぱい食べる夢を見ているのだろうな。


…口元が緩む。


…なんだか、"温かい"。


数分後。


「…。うーん。」


「…?」


レナは大きな欠伸をしてこちらを見た。眠気に覆われた目で。


…と途端に目を大きく見開き、


「…。…!!!モルフェくん!?」


そう叫んだ。


「…っ!しー!」


「…う、うん。ごめん。」


慌てて彼女の口元を抑えると、一旦落ち着いたようだった。


「モルフェくん、ここで何してるの。」


「…君を探してたんだ。」


「…?私を?何の用。」


レナの口調は落ち着きより、低さを纏った。

平たく言えば、怒ってる。


こんな時、何を言えばいいんだろう。


謝る?それとも俺も怒り返す?

…いや、きっとこうだ。


「レナ。あの時。君の言いたいことを無視してごめん。」


素直に、伝えるんだ。


「…。私こそ、ごめん!」


「え?」


「私こそ、モルフェくんに謝りに行ったのに、君が言ったことに反発して…。」


「いや。自分のことをあんなふうに言われたら怒るのも無理ない。俺があんなことを言わなければよかったんだ。」


「そんなことない。私の謝りたい意思が弱かったから…」


「いや、違う。俺が…」


「…もう大丈夫!」


彼女の突然な声に驚き、言いかけた言葉も止まった。


「2人とも、自分のことで精一杯になっちゃったんだよね。」


「…ああ。そういうことだな。」


レナはふふっと笑った。

そして一拍置いてからこう言った。


「…だから、もう一回謝るよ。一方的に振ってごめん。」


「…俺も。君に酷いことを言ってごめん。」


2人で少し笑ってから、


「「いいよ。」」


と言い合った。

そのまますぐに俺は彼女を誘った。


「…レナ。この後ちょっと時間ある?話したいことがあるんだ。」


「…え?まあ、いいけど。」


寝耳に水のような様子だったが彼女を近くのレストランに連れて行った。



「…えっと。じゃあ、コーヒーとココアを一つずつ。」


「かしこまりました。」


窓際のソファ席に2人向かい合わせに座った。


「こんなところあったんだ。」


NPCが俺たちのテーブルを離れてレナは驚きの一言を発した。


「…?知らなかったのか?」


「…うん。最近、ログインできなくて…。」


「何かあったのか?」


「…うん。モルフェくんに謝ろうと思ったきっかけの話なんだけど…。」


彼女は近況を報告した。

子供を産んだこと。

親がその子供を見て泣いて喜んでいたこと。

リアルの彼氏が戻ってきたこと。

そして、親は自分を愛していたこと。彼氏もまた自分を愛してくれていたこと。


それらを恥ずかしく顔を紅くしながらも心から嬉しいと思っていることを言葉にして俺に伝えてくれた。


「…そうか。」


そんな姿を見ていると、自然と口角が上がる。

なぜだろう。


「…うん。だから、分かったの。私は愛を知らなかったって。私は君に嘘をついたって。」


「…いいや。そんなことない。」


「ううん。いいの。私が君にしたことは許されないことだもん。でもこれだけは伝えたい。君には大切な人がいる。どんな時でもそばにいてくれる人が。」


俺には大切な人がいる。

俺が大切だと思っている人はみんな、いなくなった。

なのに、まだいる?


頭の中で"大切な人"という言葉が反芻している。


「…。そういえば、私に言いたいことって?」


俺が黙っていると、思い出したかのように彼女はだいぶ前に届いていたコーヒーを飲んだ。



…彼女に、言っていいのだろうか。

もうこれ以上レナと喧嘩になりたくない。


君がウイルスの犯人なのか、なんて言われてどう思う?


「…。」


「…モルフェくん。」


彼女はココアにかけた俺の手を取った。


「…?」


「私を信じて。私も君を信じてるから。」


"温かい"。


レナ。もし君が良ければ僕とまた付き合って欲しい。この"温かさ"を逃したくない。


「…いや、なん…」


…彼女には大切な人がいる。

それを奪うのは、"モルフェ"のすることだ。


「…レナ。カズトと会ってたよな。」


「…う、うん。だいぶ前だけどね。」


カズトの方は、だろう。


「もう1人、カズトと会った時、いたよな。」


「うん。彼女はアスナだよ。」


……。…!?なんだって!?


「アスナ!?」


「うん。」


「アスナ、最近髪色変えたんだよ。赤色にしてた。ボディーペイントと一緒にしたんだろうね。」


「…赤のボディーペイント?」


「…どうしたの?アスナがどうかしたの?」


そうか。

レナがレストランで倒れたのも、

あのビデオに音がなかったのも、

あのウイルスを流したのも、

"あいつ"がやったのか。


「レナ!最近、アスナから貰ったものって何かないか?」


「え!?え、えっと。これかな。」


彼女はポケットから小さなキーホルダーを出した。


星の砂が入っている、お土産屋で買えるような簡単なキーホルダーだ。


「ちょっと借りるよ。」


俺はそのキーホルダーを分析した。

マスター用のウィンドウを開き、"アナリティクス"のアイコンを押した。


すると、中には…。

あの悪夢を見せるウイルスが入っていた。


「うわ!これ何!?」


ウィンドウを覗いたレナは驚いていた。


「これ、いつ貰ったんだ?」


「…えっと。今から、2週間前…くらい。」


「ビンゴだな。」


「ちょ、ちょっと待って!これってどういうこと?アスナが犯人なの?あのウイルスの。」


「正確には違う。」


「…え。」


「アスナはアスナじゃない。彼女はサリ。俺が最初で最後に生み出したバグだ。」

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