第7話 ◎勿忘は咲く
胡(くるみ)。どこに行ったんだ。
4ヶ月と半月前、彼女は唐突に姿を消した。
僕がこのIFに彼女を誘ったあの日、彼女は消えてしまった。まさしく行方不明になってしまった。
僕が、あんなことを言わなければ、こんなことには…。
夜、ベッドに入って、これを考えない日はない。
毎晩、彼女の顔を、声を、思い浮かべる。
ピーナッツバターみたいな色した丸っとした可愛い髪。見つめられると目が離せない緑色の目。常に紅く染まった頬。"好き"とか"愛してる"なんて言葉を言う声はピーナッツなんかよりもっと甘くて聞いているととろけてしまう。
僕、少しキモイな。
しかし、彼女の美しい点はそこだけじゃない。
彼女は誠実で正直で、信用する人を裏切ったりは絶対しないところだ。
僕はそこに惹かれた。
だが、あの日、僕は取り返しのつかない過ちを犯した。
……「僕をその名で呼ぶな!」……
僕の怒鳴り声を聞いた彼女は涙を浮かべ去っていってしまった。
僕が、あんなことを言わなければ、きっと今も。
だからこそ彼女に伝える。"あの言葉"について全力で謝る。
今日、向かうパークが最後のパークだ。
アダルトパーク。IFで1番か2番目にダークなパークだろうな。
まず、どこから探そうか。
僕は辺りを見回しヒントがないか調べた。
ここの敷地は他のパークよりも小さい。そして夜から朝になる間の静かな暗さであった。おそらく。
というのも、空はかろうじてその暗さを見出せるのだが高くとも2階しかない建物に囲まれたこの場所は、祭りのような騒がしい明かりが光っていた。加えて、光だけがうるさいんじゃない。それは何か。
このパークの名物とも言えるであろう、呼び込みの声である。
「お兄さん♡ちょっと寄って行かない?」
「お兄ちゃん♡私、今日は一緒に寝て欲しいな♡」
…お兄さん文句が多いが、店の前を通ると必ず声をかけられる。
そのどれも色っぽく艶のある声で言ってくるからか、僕の周りを歩いていた男プレイヤーは吸い寄せられるように店々に入っていく。
なんとも奇妙な光景である。
しばらく、歩いた。ヒントも何もない。NPCに聞くが効果なし。
もしかしたら、"あの"お店の中に入ってしまったっきり出ていないのだろうか。
僕は、探し、歩き回った。
4ヶ月前まで遡る。
僕が、彼女に、"あの言葉"について謝りたいと言った日だった。
本当はこの時に直接、彼女に会いに行くべきだった。
それなのに、僕は忙しいだなんて、手短な言い訳を言って行かなかった。
待ち合わせの場所で待ち合わせの時間に僕は待っていた。だが30分、1時間待っても彼女は一向に現れない。
怒ってるのか、とか、むかついてるのか、と勘繰ってその日は諦めてリアルに帰った。
しかしそれから何日経っても、連絡がない。
何を送っても返信されない。
そしていよいよ心配になった僕が彼女の家に向かった時。ドアを開けると彼女の両親は口を揃えてこう言った。
「「胡!」」
二人は玄関に飛び出してきた、が、もちろん、僕は胡ではない。彼女の母も父もそのことに肩を落として落ち込んだ。
話を聞くと、2週間前にどこかに行ったっきり家に帰ってきてないと言う。
こんな時に言うべきではないと分かっていても言わざるを得なかった。
僕は、二人に話した。
彼女に"あの言葉"を言ってしまったと。彼女を大きく悲しませてしまったことを。
彼女の父は僕を叱った。そして身の上話をした。
「娘に当たりが強くなってしまう時がある。その度、あいつは泣くんだが、僕が背一杯謝ると、女神のような顔で許してくれるんだ。」と。
彼女の母も僕を叱った。そして思い出を語った。
「娘は忘れっぽいけど大切なことはよく覚えてるのよ。名前だったり、その人との1番の思い出だったり。あの子はいつもあなたのことを楽しそうに話しているわよ。」と。
二人は僕を励ましてくれた。
許されないことをしたのに、僕のことを信用してくれていた。
それから、僕は世界を渡り歩いた。
IF中のパークというパークを見て探し、リアルで彼女がよく行く場所も周った。
だが見つけられない。ヒントもなかった。そして助け船が出されたかように1ヶ月前、僕のIFアカウントにある人からメッセージが来ていた。
「…ナッツ…!」
彼女からだった。
しかしその内容は安心を伝えるものではなかった。
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N:助けて
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「助けて」と表示される空中のディスプレイに僕は唖然とした。
このメッセージは彼女が危険に晒されていることを表す他ない。
当然、今までよりもペースを上げ、協力者も増やし、探した。
しかし、それでも見つからない。
彼女のIDを探知しようとしても圏外としかでない。見かけた者も全くいない。
どうしようとヒントでさえ見つからない。
なす術も無くなり、絶望した。
そんな中、昨日、メッセージが飛んできた。
差出人不明で、一枚の写真と一言が添えられていた。
「ここに求めるものはある」
ピンク色に光る"エデン"と立体的な文字が写された画像だった。
「着いた…。ここが"エデン"。」
自動ドアがSF映画の効果音みたいな音を立てて開いた。
「モルフェさん。お久しぶりですね。今日もまた24番の子をご指名ですか?」
受付のNPCは誰にでも変わらないであろうセリフを……。
「今なんて言った!?」
「モルフェさん。お久しぶりですね。今日もまた24番の子をご指名ですか?と言いました。」
「お、おい。今、誰って言った?」
「モルフェさん…と。」
モルフェ、一体、誰なんだ。どうやらNPCも見間違えるほどに似ているらしいが。
いや、その前に。
「ナッツっていうプレイヤーがここに来なかったかい?」
「ナッツさん…ですか。すみませんが、存じ上げません。」
「ピーナッツみたいな髪色で緑の目をしてる女の子なんです!」
「申し訳ありませんが、データにありません。」
終わった。手がかりがまた途絶えた。
僕は受付さんに礼して近くにあった椅子に座った。
どうすればいい。もはや、手がかりもない。そもそも最初から誰かのイタズラだったのだろうか。
もう何から始めればいいのか分からない。
「あー!モルフェ!あんた最近どこ行ってたのさー!」
僕はその声に釣られるように顔を上げた。
目の前にいるのは銀髪の女の人だった。
「あんたさー。あの女の子どうしたの?いつもいつも怒鳴ったり殴ったりしていじめてさ!正直、見損なったね。」
そしてなぜか怒っているようだった。
「ご、ごめん。君は誰、ですか?」
「は、はあ!?あの女の子の忘れ癖が感染ったんじゃないでしょうね!」
…忘れ癖?
「待って!今、忘れ癖って言いましたか!?」
「う、うん。言ったけど。」
「ちょっと来てくれますか!?」
「そう言いながらもう手引っ張ってんじゃん!」
エデンの外に出た。
僕は彼女、ミルさんにどうして僕がここに来たのか、僕がナッツという女の子を探していることを伝えた。
「マジか。そんな偶然あるんだ。この世界で見た目がほぼ同じアバターがあるなんてこと。2回も。」
彼女は割とすんなりと受け入れた。
「ミルさん。そこで頼みが…」
「ああ。ただのミルでいいよ。ミル"さん"なんて呼ばれるほどのことしてないし。」
「そ、そうですか。…えっと、だから、頼みたいことがあってですね…」
「敬語使わなくていいよ。そんな偉くないし。」
「そ、そうですか、あ、いや、そう。」
元々、こういう特徴的な人なんだろうか。
「で、頼みたいことでしょ?」
「え、う、うん。」
「大丈夫、あんたが知りたいことならなんでも教えてあげる。あんたいい人そうだし。私もそのナッツって子助けたいし。」
「あ、ありがとうございます!」
彼女はジトっとした目で"今、言った〜"風に見てきた。
「あ、そういえば、ナッツちゃん、1週間前くらいにチョーイケメンな男の人と一緒に店を出てたな。」
「え!?その男の人の特徴とかは…?」
彼女は顎に手を添えて、静かに考えた。
「…えっと、確か、白い髪で…んー。ごめん。薄暗がったからかな。あんまり覚えてない。」
「…そうか。いや、良いんだ。白髪ってだけでも絞れる…よね。」
僕もこのゲームは初心者じゃないから、この特徴が特徴になっていないのはわかる。
白髪のキャラクターは今までに何人いたか分からないしそれを真似る人は数知れない。
「…ひとまず、一番、プレイヤーが集まる場所に行こ。もしかしたらフラッと彼が現れるかもだし。」
「う、うん。」
僕とミルはおそらくプレイヤーが集まりやすいパークに向かった。
[ワープポイントに降り立てば目の前にはこの世の全てが置いてある世界最大のデパート!服からゲームならではのアイテムまで、何もかもがここにある!さぁ!あなただけのショッピングを楽しんで!]
馴染み深いモールパークに来た。
初めてここに来た時、彼女は目を丸くして周りをキョロキョロと見ていたな。あれはなに?これはなに?と一歩、歩くたび聞かれたっけ。
「よし、じゃあまず、噴水の方に向かおっか。」
ミルはモールパークの中心を指さして言った。
僕もそれに頷いた。
ここは、昔から変わらない。色んな人が色んな買い物をしてそれぞれで笑い合っている。この光景は誰が見ても幸せな気分になるだろう。
人混みを抜けて噴水に到着した。
彼女と僕は辺りを見回して"白髪のイケメン"を探した。
探し始めて約1時間が経った頃。
「ねぇ。あそこにいるのってどう?」
「いやー。違うね。」
僕が小声で噴水の淵の上に立つ彼女に知らせ彼女が判断する、そんなプロセスが組まれた。
「ミル、本当に白髪以外に思い出せないかい?」
「ごめん。思い出そうとしてるんだけど、なかなかさ。」
せめて、他に絞れる特徴があればまだ楽なんだが。
「いや、良いんだ。」
何か…ヒントが…。
「…そういや、あんた、名前なんていうの?」
「え?」
ミルは淵から降り、噴水に座って僕に聞いた。
「名前、なんていうのって。」
「あ、ああ。ごめん。まだ言ってなかったか。僕はホス。」
「へー。どうしてその名前に?」
「別にこれっていう理由はないよ。リアルの名前から取ったんだ。」
「なるほどね。じゃ、も一つ質問。どうしてホスはあのナッツちゃんと別れたの?」
え?別れた?僕が?
「どうして、そう思うんだ?」
「いや、あんたが来る前から、なんなら白髪のイケメンが来る前から彼女、あんたに対して良いように思ってなさそうだったからさ。」
「あ、ああ。そういうことか…。」
やはり、言ったほうがいい…よな。
「実は、僕、ナッツに怒鳴ってしまったんだ。あの時、彼女は僕に何かを言おうとしていたのに、僕はリアルのことで頭に血が上って…」
「それで、ナッツはあんたを怖がってたの。でもそれ一回だけなんでしょ?」
「ああ。誓って。ただナッツは知っての通り、物忘れが激しくて、健忘症ってやつで古いものから少しずつ忘れていくんだ。でも本人には欠けた感覚は無くて人の印象も最後につけられたものになるんだよ。」
「じゃあ…」
「…そう。彼女が忘れてしまう直前に僕は彼女に怒号を放ってしまった。きっとそれで、僕の印象は変わってしまった、と思う。」
「…なんか、ごめんね。私がこんなこと聞いたから…」
「いや、良いんだ。全ては僕が招いたことだ。僕があんなこと言わなければ彼女も居なくなっていなかったんだ。」
そう、僕の責任なんだ。だから彼女を見つけるのは僕じゃないといけない。家族でも友達でもなく、まして警察ではなく、この僕が。
「…っ!ホス!あれ!」
と急にミルは肩を叩いて遠くを指差した。
指先には白髪のイケメン?がいた。
「彼かい?」
「うん!多分そう!とにかく話しかけないと!」
僕は人をかき分け掻き分け彼女に追いつこうと頑張った。そして僕より一足早く彼の元に着いた彼女は早速聞いた。
「あんた、名前は?」
少し息が上がりつつも白髪の彼が何を言うのかと耳を澄ました。
「お、俺?俺は…〇〇だ。」
違った。
「あ、あー。ごめん。別人だったみたいだ。」
彼は不思議そうに片眉を上げ僕達が帰っていくのを見た。
「…ミル、付き合わせてごめん。」
「待った待った。そんなこと言わないでよ。私が自分から言ったことなんだから気を負う必要ない。」
「でも、君もこのゲームを楽しんでいただろうに。こんな話をしたばっかりに…」
「…教えてあげよう。私はこのゲームを楽しいって思ってやってないぞ?」
「え?」
「私には叶えたい夢なんてない。だからやる意味もない。」
「じゃあ、どうして。」
「…どうしてかなぁ。なんとなく?」
彼女は当たり前のことを言っているようだが普通じゃない。
この夢が叶うゲームで叶えたい夢がないなんて…
「お金持ちになりたいとか、空を飛びたいとかは?」
「ないかな。強いて言うなら、あんたみたいなのと会うことだよ。」
「どういうこと…?」
「見てると面白いからね。」
会った時から言葉を選ばずに言えば変な人だとは思っていたけど、本当にそうだったとは。
「あ!思い出した!」
「!!!」
びっくりした…また急に大きな声を出した。
「ど、どうしたの?」
「思い出したんだよ!白髪イケメンの他の特徴!」
「え!?本当に!?」
「あいつは銀色の時計を右腕に付けてた!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…銀色の時計を右手に?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「右に付けた腕時計か。確かに、ある程度なら絞れそう!」
ミルと盛り上がっていると新たな声が出てきた。
「あの…。人探しですか?もしかしたら力になれるかもです…。」
声を発していたのは女性だった。オレンジ色の髪に青い目を持ち目鼻立ちの整った顔をしている。
「えっと、どなたで…」
「あっ。私はレナっていいます。」
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