最終話 元勇者のおっさん、もう一度世界を救う
怪物は己の炎に身を焼かれ、未だ再生しきれずに悶えている。
「エルノ。魔法を武器に
「強化魔法と併用は……」
「出来ない」と言いかけた所でエルノは振り払う様に首を振る。
「やります。例え無理でもやり遂げてみせます」
覚悟の据わった目で答えた。
「そうか。なら頼む」
ノルバは怪物に目を向けながら淡々と返した。
一見無愛想な態度に思えるが、それは信頼故。余計な取り繕いはいらないと判断したから。
「フューはオレが合図を出すまでそこの帽子を被った人と一緒にいてくれ」
「わかった!」
フューの返事に笑顔を返すと剣を握る手に力を込める。
「ザマァねぇよな。自分の力が自分を追い詰めるなんてよ」
訪れた転機。今を逃せばチャンスは二度と来ないだろう。
だが焦燥感はない。あるのは高揚感。
どうしようもなく仲間と共に戦える事が嬉しい。
自分でも気付かぬ笑みを浮かべ、ノルバは駆け出す。
若返っていた時とは違い、地面に根が張った様に体が重い。
なのにそれを感じさせない程に心は軽い。
「ボクハ……負けナいィ!」
剣を再生させる余力もないのか、残っている左の豪腕がノルバを潰しにかかる。
ポーションのお陰で体力は回復している。もう足が止まる事はない。
ノルバは雷を鳴らし、走った。
瀕死と言えどその力は健在。捕まればゲームオーバー。
全速力で怪物の手の下を駆け抜ける。
そして去り際、ノルバは剣を握り直した。
手によく馴染む。指の一つ一つが吸い込まれる様だ。
剣を持たずに過ごしていたのがおかしかったのではと錯覚する程。
息をする様に剣に雷が流れ込む。
それは長い眠りについていたノルバの剣にとっては目覚めの口づけ。被っていた埃は燃え消え、その身は本来の輝きを取り戻す。
そして純白の輝きが線を描くと怪物の足首から血が上がった。
「やっぱ、お前じゃねぇとダメだな」
膝を付く怪物の後方で愛剣に語り掛けると、返事をするかの様に雷が弾ける。
「後もう一仕事頼むぜ。相棒」
ノルバは剣を引く。目を瞑り、息を吐く。
フューの介入のお陰で魔力は残っている。
ノルバは全ての魔力を雷に変え、剣へと注ぎ込む。
純白の刀身が深い蒼へと変わる。
「最後の戦いと行こうじゃねぇか!」
猛き雷電が咆哮を上げる。ノルバの身に雷竜が宿る。
再度ノルバを潰そうと伸びる手が迫る。
だがそれよりもノルバの行動は速い。
「……ッ行って来い!」
ノルバはその場から全力を持って雷撃を放った。
雷竜が咆哮と共に空を駆ける。
今の怪物に避ける力はない。
雷竜の牙は怪物の喉元に噛み付く―――かに思われたが。
「ドこを狙ッてイる!」
攻撃は逸れてあらぬ方向へと飛んで行った。
ノルバの自滅に勝利を確信した怪物はそのまま潰そうとする。
だがノルバは微動だにせず、不敵に笑った。
「いいや。狙い通りだ。なぁフュー」
怪物が気配に気付いた時には手遅れだった。
ノルバが語り掛けた次の瞬間、雷竜の行き先にフューが現れる。
大きく開いた口は雷竜を吸い込んでいき、胃袋へとしまわれる。
そして吐き出される雷竜。鼓膜を引き裂く程の咆哮と共に再度出現した雷竜は、怪物など容易く喰らい尽くす程に巨大。フューの魔法により強化され、怪物を襲う。
だが―――
火事場の馬鹿力と言うのか、怪物は全力で跳躍し、身を翻した。
「は……ハハはハは!」
自分でも信じられなかった行動に怪物は笑いが込み上げる。
雷竜の向かう先にはノルバの姿。
己の力に焼かれて終わり。
怪物は今度こそ勝利を確信し、行く末を待った。
しかし、怪物は知らない。未だ風はノルバに吹いている事を。
「そうだ。返すまでが遊びだよな。良くやったな、フュー」
「もう……おなかいっぱい」
お腹を抑えて着地するフューを見守りつつ、ノルバは叫ぶ。
「エルノォ!
「はい!」
合図を聞き、エルノはフューの放った魔法をノルバの剣に付与する。
しかし、荒ぶる雷竜は剣に入る事を拒む。
強大な魔法を付与する事は熟練のヒーラーであっても至難の業。
ましてやエルノは強化魔法も併用しての付与魔法。彼女自身、未知の挑戦だ。
全力を出しているのに電撃はピクリと動く気配がない。それどころか反発して魔法が掻き消されそうになる。
このままではノルバが魔法に殺されてしまう。
エルノに苦悶の表情が浮かぶ。
そんな時だった。エルノの肩に手が置かれる。
「大丈夫、アナタなら出来る。自分を信じなさい。信じる心は強さになる」
「お師匠……。はい!」
不思議と体と心が軽くなった。
そしてそれが閉ざされていた道を開拓する。
「ん……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ノルバは跳躍した。
振り上げた剣に雷竜は舞い戻る。
再びノルバの元に帰った雷竜は体内を巡り、紅く染まる。
「いけ」
「お願いします」
『いけ』
「のるばがんばれぇ!」
「これで……とどめだぁ!」
赤雷を纏った一撃が振り下ろされる。
雷鳴が轟き、紅き雷竜が怪物の巨体を飲み込んだ。
「ソ……そンな。バカなァァァァ!」
紅の一閃が天を灼き、その日魔王は完全に消滅した。
***
数日後、ノルバ宅にて。
「本当に行くのか?」
「あぁ。フューにいろんな世界を見せてやりたくてな」
リーヴェル王の問いに、ノルバはフューの頭を撫でて答えた。
「そうか……。残念だな」
リーヴェルは悲しそうに笑みを浮かべる。
そんな様子を見て、車椅子に乗ったリッカが言葉をかける。
「国王陛下。会えなくなる訳ではありません。それに彼は曲がりなりにも勇者です。無事に帰って来るでしょう」
「何だよ曲がりなりにもって」
「その通りだろう?」
「へいへい」
一命を取り留めて尚、棘は抜けてないらしい。
突っ掛かったら負けだとノルバは適当に返事を返した。
そこに今度はエルノとシャナが話し掛けてくる。
「ノルバさん。いえ、勇者様とご一緒出来た事、
「まさかアナタが勇者だったとは。今でも驚いています」
「やめろよ。もうオレは勇者じゃねぇって何回も言ってんだろ」
二人はノルバが勇者だと分かってからずっとこの調子だ。何度言っても態度が戻らない。
ノルバは逃げる様にアーリシアに話を振る。
「そんな事より老けたよなぁ、アル」
ノルバの目に映るアーリシアは、彼と同じく三十代の見た目になっていた。
「しょうがないでしょ。薬を渡してリッカを助けようとしたら、何かを代償にするしかなかったんだから。ババアになって悪かったわね」
「そんな事言ってねぇだろ。漸く年相応って感じだ。それにオレはどんなアルだろうと好きだぜ。なぁフュー」
フューを抱え、サラリとノルバは答える。
そこに深い意味などないとアーリシアは知っている。しかし、その言葉はあの日、ノルバと切り離されてからのどの言葉よりも嬉しかった。
だがポーカーフェイスのまま、誤魔化す様にアーリシアは話す。
「ま、私の研究があんな薬一個に負けてたのは屈辱だけどね」
「いいじゃねぇか。更に研究しがいがあるだろ」
「そうね」
アーリシアの微笑にノルバも笑い返した。
願う事ならこの時間がずっと続いてほしい。だけど引き止める言葉を彼女は持ち合わせていない。
「ノルバ。はい、これ」
アーリシアは小さな用紙を手渡した。
「何だこれ?」
広げてみるとそこに書かれていたのはかつてのパーティメンバーの所在地だった。
「行く所決まってないんだったら、顔見せにいってあげなさい」
「おぉ。ありがとな」
「いいのよ。後の事は私達に任してやりたい事をしなさい」
「その言葉に甘えさせてもらうわ」
ノルバは荷物を取り、ポッチの背に乗る。
「んじゃ、行ってくる」
手綱を揺らすとノルバとフューを乗せたポッチは鳴き声を上げて歩み始める。
「フューちゃーん! ちゃんとお勉強しないとダメですよー!」
「おべんきょうきらーい!」
フューのレイへの返事に笑いが起きる。賑やかな声を背にノルバは進んで行く。
二人を縛るものはもう何もない。
そんな二人の門出を祝う様に、そよ風が野花を巻き上げる。
「どこいくの?」
「ん? そうだなぁ……」
フューの質問にノルバは用紙を眺める。
人々は知らない。復活した魔王を倒す為に戦い抜いた男がいた事を。
その男の名はノルバ・スタークス。元勇者で現冒険者のおっさんだ。
【完結】元勇者のおっさん、もう一度世界を救う~魔王討伐後は引退して引きこもり生活をしてたけど世界はそれを許してはくれない件~ 霜月 @sougetusimotuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます