第十六話 呪われた魂の終着点
アダムの風車小屋を後にしたカインは、ノド――彷徨う者――となり、果てしない世界に独り足を踏み入れた。その旅路は、魂を削るような苦難の日々であった。
弟アベルを手にかけた彼の魂には、拭い去れない呪いが深く刻まれていた。世界は彼一人に冷たく、どんなに手を伸ばしても幸福は指の間から零れ落ちるように、彼の身に降りかかる全てが不幸へと繋がっていった。
飢えに駆られ、野に実る果実を口にすれば、舌を痺れさせる毒が忍び寄る。幾日も苦闘の末に仕留めた獣の肉でさえ、微かな毒に冒されており、カインは激しい嘔吐に襲われ、胃の中のものを全て吐き出した。
乾いた喉を潤そうと泉の水を掬えば、腹はたちまち悲鳴を上げ、容赦ない痛みが彼の体を締め付けた。凍てつく夜、一縷の温もりを求めて火打ち石を打ち付けても、藁は夜露に湿り、煙さえ上がらない。カインは、骨まで凍る寒さの中、ただ震えながら夜を過ごすしかなかった。
広漠とした世界を目的もなく彷徨い、そのような絶望的な日々を、彼は幾年も重ねたという。
そして、長い年月が過ぎ去った頃、カインは東の最果ての地に辿り着いていた――。
彼の体は見る影もなく痩せ衰え、削げ落ちた頬には生気の色はなかった。肋骨が浮き出た脇腹は、飢餓の 過酷さを物語っている。
もはや、まともな食事など何日も口にしていない。空腹を紛らわせるために掻き込んだ土くれ、喉を辛うじて湿らせた泥水が、彼の生きた証だった。風雨に晒され、伸び放題になった髪は、乾いた木の枝のようにごわつき、杖代わりの粗末な棒に頼りながら、彼はよろめく足取りで進む。
そこは、東の最果ての、草木一本生えない、ごつごつとした岩山が連なる荒涼とした地だった。
呪いに囚われた者の人生は、かくも残酷なものか――。
乾ききった唇から、絞り出すような声が漏れた。
「おれは…いつまで…こんな、くらしを…。」
その時、カインの足はもはや彼の意思に従わず、小さな石にさえ抗えずに崩れ落ちた。杖代わりの木の枝が、乾いた音を立てて岩肌に転がる。
カラン…
「くそ……もう、身体の自由さえ……失われたか――。」
「――終わりだ。」
長きにわたる苦難の記憶が走馬灯のように彼の脳裏をよぎる。アベルの穏やかな笑顔、アダムとイブの悲しみに暮れた顔、そして、遠い日の神の威厳に満ちた表情。
「俺も、ついに……ここまでか――。」
カインは力なく自身の痩せ細った体を見下ろし、静かに息絶える時が近いことを感じた。
その刹那。
カインが手放した木の枝の先に、突如として人影が現れた。その男は無造作に枝を拾い上げると、触れた瞬間、枝はみるみるうちに不気味な紫色に染まり、砂のように崩れ落ちていった。
夜の帳そのものを織り上げたかのような、深淵な黒を基調とした装束。風になびく布の端さえも、光を吸い込むように黒い。感情の機微を微塵も感じさせない、氷のように冷たい眼差しが、カインを射抜いた。その瞳の奥には、底なしの深淵が広がっているかのようだ。生者の世界の色を一切映さない、漆黒の瞳。
カインは、その異質な存在感に一瞬息を呑んだ。本能的な畏怖が、彼の全身を駆け巡る。しかし、神への憎悪が、その恐怖を僅かに凌駕した。
「……だれ、だ……貴様は――。」
掠れた声は、風に消え入りそうだ。カインの目は、目の前の黒い影を捉えることさえ困難になっている。
黒衣の男は、そんなカインの弱々しい問いには頓着せず、静かに、しかし明確に名乗った。その声は、この世のものとは思えないほど、冷たく、深く、周囲の空気を震わせる。
「我が名は、冥界を統べる者、ハーデス…。」
冥界。死者の魂が彷徨い続ける、永遠の暗闇の支配者。その存在が、なぜこのような寂れた地に現れたのか、カインの疲弊した頭では理解が及ばない。
ハーデスは、生気のないカインをじっと見下ろし、感情の欠片もない声で問いかける。
「神を、恨んでいるか…。」
その言葉は、カインの心の奥底に潜む、癒えることのない傷を抉る。弟の血、神の宣告、そして終わりのない苦しみ。恨み以外の感情など、とうに忘れてしまった。
「恨んで…いるさ…!」
「あの男のせいで…俺は…!」
「ほう…その恨み、実に興味深い…!」
カインの声は、乾いた砂塵が舞い上がるように、虚ろだ。
彼の目は、長年の苦痛と憎悪で、奥底が赤く染まっている。
「貴様の魂に巣食うその深い憎悪…それは、想像を絶する力となる。」
「ワシならば、それを引き出すことができる。」
ハーデスの声は、夜の静寂に忍び寄る蛇のように、じわりとカインの心に浸透する。その顔には、獲物を前にした捕食者のような、ぞっとする笑みが浮かんでいた。
「神などという矮小な存在を、足元に跪かせる力…欲しくはないか…?」
ハーデスの誘いに、カインの意識が一瞬覚醒する。彼の虚ろな瞳の奥で、危険な光が微かに揺らめいた。それは、破滅的な誘惑に抗えない、魂の叫びか。
その時、ハーデスは、掌に現れた黒曜石の盃を、まるで獲物を見せつけるかのようにカインに差し出した。中には、禍々しい紫色に輝く液体が、甘美な毒のように妖しく揺らめいている。
「これを呑めば力を得られるかもしれん。だが、猛毒である可能性も否定できんぞ。それでも、お前に呑む覚悟があるか?」
ハーデスの言葉は、甘美な誘惑と冷酷な嘲弄を孕んでいた。カインは、そんな言葉に耳を傾ける余裕などなかった。飢えた狼が獲物に飛びかかるように、彼は黒曜石の盃を奪い、紫色の液体を渇望する喉に一気に流し込んだ。
「これで…いいんだろうな!」
空になった盃を足元に投げ捨てたカインの顔は、高揚と焦燥が入り混じり、歪んでいる。湧き上がる未知の感覚を抑えつけ、彼はギラギラとした狂気を宿した瞳でハーデスを睨みつけた。
「ふむ…愚か者か、あるいは…」
毒の可能性を指摘したにも関わらず、躊躇なく飲み干したカインの行動は、ハーデスの冷徹な計算を僅かに狂わせたかのように、その表情に一瞬の陰を落とした。
その直後――。
カインの腹の底から、煮え立つような激しい痛みが突き上げてきた。彼は悲鳴を上げる間もなく地面に両手を突き、全身を痙攣させる。皮膚の下で血管が蠢き、脂汗が噴き出す。
「貴様…! これは…罠、か…!」
引き裂かれるような叫びは、苦悶に満ちている。
ドクンッ――!
カインの心臓は、激しい痛みに呼応するように、破裂寸前まで鼓動を高めていく!
「はっ…! ぐっ…!」
彼の肌はみるみるうちに不気味な紫色に変色し始める。頭上には、同じ色の禍々しい雲が渦巻き、世界を覆い尽くそうとしていた。雲の奥深くから、不気味な唸りのような雷鳴が響き渡る。そして、空気を切り裂くような轟音と共に、紫色の稲妻が周囲の木々を薙ぎ払い、炎上させた。
「させるか!」
張り詰めた静寂を破る、決然とした声が響き渡った。
闇の中から、聖剣エクスカリバーを掲げた天空神ヘラクレスが、怒りの表情で現れた。カインの異様な姿を捉え、即座に剣を振り下ろしたのだろう。聖剣が苦悶に顔を歪めるカインに迫る刹那、破滅神アレースが漆黒の炎を纏う黒魂剣シャドウブレイドを輝かせ、二神の激突を予感させた。
「邪魔はさせん!」
聖剣と黒魂剣が激突した刹那、世界が軋むような轟音が響き渡り、想像を絶する衝撃波が四方八方へ奔流した。大地は蜘蛛の巣のように亀裂が走り、剥がれ落ち、周囲の巨木は悲鳴を上げるように激しく揺さぶられた。
ブオオオオ…!
その瞬間、カインの身体の内側から、抑えきれない奔流のような力が噴き出した。
ズガガガガッ!
天が怒り狂ったかのような、凄まじい紫色の雷が幾重にも降り注ぎ、大地を焦がす。
カインの背中を中心に、歪んだ空間のような電磁場が脈打ちながら広がる。彼の身体は3メートルを超える巨体に姿を変え、顔まで覆い尽くす漆黒の鎧が現れ、背中には紫色をしたマントが出現した。そしてカインは静かに立ち上がった。彼は全身にみなぎる力を感じながら両の掌を静かに見つめている。
「――――。」
「ふはははは…、よくぞ目覚めたな、カインよ。」
冥府の支配者ハーデスは、その異様な変貌を遂げた存在に、愉悦の色を隠そうともせず笑いかけた。
「その名は捨てた。我は、ゴルドデスだ。」
ゴルドデスの巨体から、粘りつくような黒いオーラが噴出し、周囲の景色を歪めていく。
「な、なんだあれは…!」
とてつもない魔力を放つゴルドデスに、天空神ヘラクレスは思わず彼の方を振り向き、まるで地底から湧き上がるような強大なオーラに、思わず息を呑んだ。
破滅神アレースも彼の方を向き固まっていた。アレースの瞳には、これまで見たことのない異質な力に対する、僅かな警戒の色が宿っていた。すると上空から見下ろしていたアレースは、地上のゴルドデスに向かって剣を身構える。
「破滅神アレースよ。何をしておる相手が違うではないか。」
「しかし、冥界の支配者ハーデスよ! 奴の魔力は強大過ぎる! 我々の力を遥かに凌駕するばかりか……この宇宙の均衡を揺るがしかねんぞ!」
「ふふふ……何を言っておる。オリンポス十二神どもをまとめて葬るには、これほど好都合な機会はないぞ。」
その時だった。地上から巨大な青白い雷柱が駆け上がり、青白い雷柱がアレースを襲う――だが、瞬時に、紫電の奔流がそれを打ち消した!
ガガガッ!
瞬時に出現した紫の雷柱がその青白い雷柱に接触すると、青白い雷柱は地平線の彼方に弾き飛ばされる。それは遥か彼方のアダムの風車小屋付近の地上に着地すると、天に向かって巨大な雷柱が駆け上がった。
ドゴォォォォォォ! ビリビリビリッ…
すると、今度はゴルドデスを取り囲むように、何本もの青い雷柱が駆け上がると、上空の一点に、稲妻の奔流が集束し、球体を形作る。その中心から現れたのは、オリンポス十二神の王――ゼウス、その人であった。彼の身体には電流を身にまとっている。
ビリビリビリッ…!
その出で立ちは、足元まで伸びる長い白髭を蓄え、聖なる衣に身を包み、右手には雷を模した神々しい杖が握りしめられていた。その彼の周囲にオリンポス十二神たちが次々と姿を現す。さらに上空には邪悪十二神たちも姿を現した。
そしてオリンポス十二神と邪悪十二神は、上空で想像を絶する戦いを繰り広げた。それはまさに人知を超えた神々の戦いだった。
ドッガーーン! バッガーーン!
バチバチバチ…
オリンポス十二神と邪悪十二神は上空で散り、高エネルギーを身にまとい激しくぶつかり合った。彼らが衝突する度に巨大な破裂音を辺りに鳴り響く。さらにその衝撃で地面が揺れ、地球そのものが揺れるほどだった。
ゼウスがゆっくりと杖を掲げると、その杖から稲妻が天に駆け上がり、それが分散すると巨大な稲妻となって、邪悪十二神たちに降り注ぐ。その直撃を受ける邪悪十二神もいたが、寸前のところで素早く避ける邪悪十二神たちもいた。
ズガガガガ!
そんな激しい上空での神々の戦いを地上にいるゴルドデスは、静かに見上げていた。
「ふ…。」
静寂の中、ゴルドデスの右手の傍らに、巨大で重そうな漆黒の剣が音もなく現れた。彼はその異質な存在を力強く握りしめた。上空で繰り広げられる神々の激しい戦いを冷たい瞳で見つめながら、左手を静かに掲げた。巨大な漆黒の剣を握る右の手は、次の行動に備えるかのように、ゆっくりと後ろに引かれる――。ゴルドデスの身体からは、わずかな希望すらも焼き尽くすような、禍々しい暗黒のオーラが静かに立ち昇っていく。
ゴルドデスが全身の力を一点に集中させ、漆黒の剣を世界の中心に突き刺した――その瞬間、剣先から奔流する、目に見えぬ破壊の衝撃が解き放たれた。それは炎のように渦巻き、剣から離れるにつれて悪意を持った巨大な奔流へと変貌していく。
ズァァァァァ!
神々は辛うじてそれを回避したが、並外れた破壊力はまっすぐに地上を蹂躙する。固い大地は容易く抉られ、抵抗する木々は玩具のように薙ぎ倒され、その恐ろしい爪痕は、遥か地平線の彼方まで容赦なく伸びていく……。
ドガガガガガ! バキバキバキ!
それは遥か遠くのアダムの風車小屋まで到達し、さらに周囲の海に大きな穴をあけて、水平線の彼方まで飛び、そして海は荒れ狂った。
ズァァァァ! ザッパーン!
その圧倒的な力に、オリンポス十二神たちも邪悪十二神たちも固まったように、ゴルドデスの姿に目をやった。するとゴルドデスはゆっくりと上空に浮き上がっていく。
「ゴルドデスよ、何をする気じゃ…!」
冥界の支配者ハーデスが、ゴルドデスに語り掛ける。すると、ゴルドデスはゆっくりと口を開く。
「この世界を……そして、その宇宙を消滅させる。」
「――――! 」
「ま、待て! そんなことをすれば――!!」
ゴルドデスは上空に静止すると、巨大な剣を握りしめながら、ゆっくりと拳を天に掲げた。そして、彼を核として、超高エネルギーを瞬時に解き放った! その刹那、世界から音が消えた。
カッ!
彼の周囲から円形のエネルギーが出現すると、そのエネルギーが徐々に大きくなっていく。その円形のエネルギーが膨張し大きくなるたびに、速度を増していく。
ズアアアアアア!
さらに加速し、そのエネルギーは、上空のオリンポス十二神と邪悪十二神たちを飲み込もうとした。その寸前で彼らは姿を消した。
尚もエネルギーが膨張する速度は加速し、それは音速まで到達した。
―― そして、その日。世界が、宇宙が消滅した ――
万物が消え去り、音一つしない無の空間で、ゴルドデスはただ一人、その場に立ち尽くしていた。彼の周囲には、かつて存在した世界の断片すら見当たらず、ただただ、絶対的な静寂と虚無が広がっているばかりだった。
「………。」
ゴルドデスは右手に握りしめる巨大な剣を腰に納める動作をすると、剣は姿を消した。
そして彼は右拳を掲げ、その拳に力を込めた瞬間、ゴルドデスを中心に、まるで巻き戻されたフィルムのように、消滅したはずの世界の輪郭がゆっくりと現れ始めた。最初は淡い光の粒子が集まり、それが大地の形を取り、遠くの山々がシルエットとして浮かび上がる。
失われた色彩がゆっくりと世界を満たし始め、かつての記憶の中の風景が、新たな息吹とともに蘇っていくようだった。だが、その世界は元の異世界とは違っていた。元の異世界ではエデンの園は浮島だったが、陸続きとなり、アダムの風車小屋が建っていた場所は、草原に変わっていた。
ゴルドデスはマントをひるがえし後ろを振り向く動作をすると、そこから静かに姿を消した――。
――意識が浮上すると、神崎は再びあの白くぼやけた――境界のない空間に立っていた。先ほどまで見ていた鮮烈な記憶の残像が、まだ瞳の奥でちらついている。
「―――!! ……あ、あれは――。」
喉が張り付き、言葉は途切れ途切れになった。信じられない光景が、彼の思考を深く揺さぶっていた。
正面には、静かに佇む青年アベルの姿があった。彼の表情はどこまでも穏やかで、その瞳だけが、深い淵のように沈んでいる。アベルはゆっくりと口を開いた。
「私の兄カインは、私を殺害した後、ノド――彷徨う者――となり、東の最果ての地へ赴き…。そこで、恐るべき力を宿した存在、ゴルドデスへと変貌したのです。」
アベルの声は静かだが、その言葉一つ一つが重く、神崎の胸に突き刺さる。
「恐ろしい力を得た彼は、その力を使って一度この世界を無に帰し、彼の意のままに、この世界は再構築されてしまいました…。」
アベルはわずかに視線を落とした。
「あなた方が最初に足を踏み入れた異世界は、その後に生まれた世界なのです。」
神崎は頭の中で渦巻く情報に、まだ整理が追いつかない。
「ところで…最後に現れた、あの異様な雰囲気の者たちは、一体何者なんだ?」
アベルは顔を上げ、遠い場所を見つめるような眼差しになった。
「彼らは、私たちが存在するこの次元とは異なる、高次の次元に住まう神々です。」
「この次元の世界には、唯一の神しか存在しません。」
「そして、あなた方が生きる現実世界は、これらの次元とは全く別の次元世界に位置しています。」
「彼らの次元世界での出来事は、あなた方の現実世界ではギリシャ神話として語り継がれています。」
「そして、この異世界の出来事は、旧約聖書の神話として伝えられているのです。」
「つまり、あなた方の世界では、本来交わるはずのない二つの異なる神話が、奇妙な形で共存しているということになります。」
「なるほどな…。だから、俺たちの世界には、二つの神話が共にあるのか…。」
神崎は、ようやく少しずつ状況を飲み込み始めた。
「はい。元来、この次元の旧約聖書の神話には、異なる歴史の流れが存在し、後世に伝えられていました。」
「しかし、ゴルドデスの想像を絶する魔力は、元の次元世界を消滅させ、二つの次元世界を強引に統合し、歴史そのものを書き換え、新たな酷似した次元世界を生み出したのです。」
「ん~?それって、一体どういうことなんだ?」
神崎の眉間には深い皺が刻まれた。
アベルは、神崎の混乱を理解するように頷いた。
「そうですね。まず、次元世界というものは、無数に存在しています。」
「私たちが生まれ育ったこの次元世界の異世界。それとよく似た、わずかに異なる次元世界の異世界も存在します。ゴルドデスは、それらの異なる次元世界を自由に往来できる存在です。」
「さらに、彼は過去と未来という時間軸をも自在に移動する力を持っています。」
アベルの声には、かすかな苦痛の色が滲んだ。
「彼は、元々の次元世界の異世界ともう一つのよく似た次元世界の異世界、それぞれの過去と未来の時間軸の歴史を強引に繋ぎ合わせ、全く新しい一つの次元世界と異世界を創造したのです。それが、あなた方が最初にやってきた異世界です。」
神崎は元いた現実世界の公立図書館で旧約聖書を読んだ時、あるページから先の内容が白紙になっていたことを思い出した。
「なるほど、それでか。」
青年アベルはさらに言葉を続けた。
「そして、さらに。今やってきたこの異世界は、またそれらとは異なる異世界になり、あなたがさっきまでいた現実世界は、永遠と同じ日が繰り返される不思議な世界でした。」
「え…?」
「あなたはその世界に閉じ込められ、何万回と繰り返される、同じ日を繰り返していました。」
青年アベルから告げられた言葉に神崎は言葉を失った――。
「そこから救い出そうとあらゆる手を尽くしたのですが、ゴルドデスの力は恐ろしく叶いませんでした。そして156,890回目に、どういうわけかAIエピメテオスに、あなたが偶然、あのような質問をして、ここにやってくることができました。」
「ですが、もう大丈夫です。私があの世界に迷い込まないように暗示をかけておきます。」
そう言うと青年アベルは神崎の肩に手を置くと、彼の身体は優しい光に包まれた。
「さあ、もうおゆきなさい。あなたが目覚めた時、本来の現実世界の朝を迎えます。」
すると、不思議な異空間は光に包まれ真っ白な空間になった。そして光が徐々に晴れていくと、神崎は自分のベッドの上で朝を迎えていた。窓の隙間から優しい朝日が差し込んでいた。ゆっくり壁掛け時計を見上げると、時刻は六時三十四分を指していた。
すると、奥の部屋から結衣の声が聞こえてきた。
「神崎。もう朝よ。そろそろ起きないと会社遅れるんじゃない?」
そう言って結衣が彼の部屋のドアを開いて入ってきた。彼女の頭を見ると白のメッシュの束が一つ増えており、指にはキレイなマニキュアが輝いていた。
第十六話 完
第十七話に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます