第18話 マルフィナと湖

 私は先生とともに依頼のあった村をたずねていた。

 村人は全部で十五人。それは老若男女で、周囲では五人の子供が走り回っていた。

 村人たちは物珍しそうにこちらを見つめている。


「わしらは水泥棒なんて見たことないんだが、領主であるスペンサー男爵が心配されているんだ」


 ここから約三百メートルほど離れた山頂に湖がある。

 湖からは小川が流れていて、その水が田んぼや生活に使われているらしい。

 依頼はその湖から水を盗む泥棒を捕まえること。

 村長さんが私を見て顔をしかめる。


「しかし、こんな小さな娘さんに泥棒を捕まえさせるなんて危なくないんでしょうか?」


 先生は自慢げに笑顔を見せる。


「ご安心ください。マルフィナは当学園でも優秀な幻獣使いですから」

「マルフィナ……? もしかして、ドラゴノールの?」

「はい。彼女はドラゴノールの姫君です」

「ええええ!? これは恐れ多い」

「気にしないでください。生徒に身分は関係ありませんから。今回の泥棒の確保は個人授業の一環なのです」

「はぁ……。しかし、姫様になにかあれば大ごとですよ?」

「では、マルフィナ。みなさんに見せてあげなさい」


 私は先生がいわれるがまま、白ちゃんを召喚して見せた。

 すると、歓声が湧き上がる。


「おおおおおおおおお!」

「デカッ!」

「おお! すごい!」

「立派な幻獣だ」

「強そうーー」

「すっげぇ……」


 さっきまで走り回っていた子供たちは、足を止めて白ちゃんに目が釘付けになっている。


「ねぇ、お姉ちゃん……。触っていい?」


 と、無垢な瞳で見つめてくる。

 子供って可愛い。

 やっぱり触りたくなるよねぇ。


「ええ。いいわよ」


 私は白ちゃんに向かって軽くウインク。

 みんなと仲良くなるにはスキンシップが一番なのよね。

 白ちゃんは、私の空気を察して汗を垂らしているようだった。

 初めは恐々だった子供たちだったけど、白ちゃんが無抵抗なのを知るとテンションが爆上がりする。

 子供たちは白ちゃんに抱きついたり、毛を引っ張ったり、上に乗ったりしてはしゃぎまくった。


「わーー! モッフモッフだぁ」

「すげぇえええ! でけぇえええええ」

「めちゃくちゃいい匂いがするぅ」

「毛がサラサラぁ〜〜」

「可愛いーー」


 白ちゃんはジト目で私に助けを求めるので、私は親指を立てて満面の笑みを見せた。


(君はみんなの人気者だ!)


 すると白ちゃんは、観念したように子供たちになすがままになるのだった。


「スペンサー男爵の話では、水泥棒は夜に出没するらしいです」


 と、村人が言うので、私は先生と一緒に山頂に登り、人目のつかない場所にテントを張った。

 先生は大きな蝶の幻獣を召喚させる。その蝶が、鱗粉をテントに振りかけると、たちまちテントは草木と同化した。

 先生はメガネをクイっとあげてニコリと微笑む。白い歯がキランと見えると中々のイケメンだ。


「これで泥棒には気づかれない」

「テントが見えなくなった。すごいですね!」


 先生は一流の幻獣使いだ。

 先生がいると心強いんだけどな……。


「じゃあ、マルフィナ。私の手伝いはここまでだから、あとは君が頑張る番だよ」

「ええええ……。先生はいてくれないんですか?」

「これは個別授業だからね。君が泥棒を逮捕すれば依頼は完了だよ」

「ううう……」

「そんなに気弱なくていいよ。君の行動が他の学生たちの授業に反映されるわけだけれど、別に誰かに監視されているわけじゃないしね」

「みんなに報告するのもプレッシャーなんです!」

「君なら大丈夫さ」

「あうう……」

「一日分の食料、ランタンの油。必要な物はすべてそろっているからね」

「は、はい……」

「明日には迎えにくるから」


 そう言って去っていった。


 ああ、ここから一人の戦いが始まるのか……。


「マル。安心しろ。おまえにはわれがついている」

「そうだったね。白ちゃんがいるから大丈夫だよね」

「水泥棒などわれの牙で……」


 と、ギラリと鋭い牙を見せる。


「逮捕だからね。殺しちゃダメだよ」

「相手次第だな。凶暴な輩ならわれも手加減できん」

「お、穏便にね」

「うむ。善処する」


 ちょっと物騒だけど、白ちゃんがいれば心強いか。


 夜はふける。

 私は眠気を我慢しながら見張りを続ける。水泥棒が現れるを待っていた。

 そんな時だ。


ピシッ!!


 と、ヒビが入ったような強烈な音が鳴り響く。


「な、なんの音!?」


 テントの横で見つからないように伏せていた白ちゃんが立ち上がる。


「水門から聞こえるんだ!?」


ピキキキキ……!!


 なになになに!?

 音が大きくなってる!?


 私がランタンを水門に向けると、湖の水門には複数の亀裂が入っていた。


「えええええええええええええええ!? ど、どういうこと!?」

「わ、わからん!」


 水門はドパーーーーン!! と大破する。


「きゃああッ!!」


 湖の水が、まるで土砂崩れのように私たちを襲う。

 瞬間。


「危ないマル!!」


 白ちゃんは私を咥えて空を飛んだ。

 混乱している私の視界にはドババババーー! と激しく流れる水流が見える。


「あ、ありがとう……白ちゃん」

「うむ……」

「どうして水門が壊れたんだろう? 泥棒の仕業かな?」

「それはないだろう。あの周囲にはわれとマルフィナ以外いなかった。水門の老朽化が原因かもしれんな」

 

 なんにせよ、白ちゃんがいて助かった。

 

「うう、ありがとう〜〜。君がいなかったら死んでたよぉ」

「おまえがいなくなれば美しい花や美味しい果実を食べる機会がなくなるからな」

「あはぁーー。頼りになるよぉ」


 私は白ちゃんの体に顔を擦り付ける。

 

「おっと! まったりしてられないよ! この水って麓の村にも流れるじゃない!」

「村は水浸しだな」


 みんなを助けなくちゃ!


「行こう白ちゃん!」

「うむ。村人を助けるのだな」

「うん!」


 これが幻獣使いの仕事だよ!

 困っている人を助ける。

 パパだって国民を助けて国王になっているんだから。

 私だってやれるわ!


「急いで!」


 私は猛スピードで麓の村に飛んだ。

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