18話 唸れ!神童パワー!!


(まいったな……戻るって言ってたのに)


 あれからルドガーさんは、一度も姿を見せない。

 情報は何ひとつ得られず、閉ざされた石壁と鉄格子の中で、時間だけがだらだらと流れていく。


(仕方ない。僕の──究極奥義を使うか)


 無害そうな笑顔と、天然っぽい言動で相手の警戒を削り取り、気づけば懐に入り込んで、

 情報でも信頼でも好感度でも、根こそぎ持っていく!


(数々の司祭も、衛兵も、盗賊も──これで落としてきた……!)


 ──戦闘用ではない。だが、極めて強力な非戦闘型スキル。


(通称、“人たらし大作戦”──!)

 


---



「どうもお世話になってます! わっ、水、ありがとうございますっ! ひゃっ……冷たっ……っ、でも沁みる~~……!この地下でこの冷たさって、看守さんの管理、神域クラスじゃないですか!? 水温、理想的な10.3度ですよこれ。肌に触れた瞬間、“生きてる!”って感じましたもん!」」


 地下牢の静寂を破って響く、ハツラツとした声。

 その主は、“通り魔ウーア”と噂される新入りの青年──ウーア。太陽のような笑顔を浮かべている。


「…………」


 担当の看守・トーマは、無口で大柄。眉間の皺がデフォルトの鉄面皮だ。

 だが、水入れを並べる手が、ぴたりと止まった。


「……今、“水がうまい”って言ったか?」


「はいっ! とっても美味しいです! しかも、あの注ぎ方……僕が飲みやすいように角度を調整してくれましたよね? 看守さん、手が器用で繊細で、しかも無口なのに気配り上手って……もう、最高の旦那さん候補じゃないですか?」


「………………!?」


 ──異変だった。

 トーマは十年以上この牢獄に勤めているが、水を渡して“感謝”されたのは初めてだ。

 今までは「ぬるっ!」「泥水かよ!」など、暴言とツバのオンパレード。


 それが今、異様に睫毛の長い青年が、満面の笑みで見上げてくる。


「……お前、名前は?」


「ウーアです! よろしくお願いしますっ! あ、よかったら自己紹介カード、書きます? 趣味は散歩と人助けです!」


「ふ、ふぅん……そ、その……なんか困ったことがあったら……言えよ……?」


 トーマ、まさかの動揺。

 耳まで真っ赤に染め上げ、足早にその場を去っていった。


 その様子を見ていた周囲の牢から、ざわめきとひそひそ声が上がる。


「……見たか……?」


「鉄面のトーマが……頬染めてたぞ……!」


「えっ、あいつに血が通ってたのかよ!?」


「ってか、新入り……何者だ……?」


 気づけば、隣の房、前の房──あらゆる方向から熱視線が飛んできた。


「なあ兄ちゃん……名前、もう一回聞いていいか?」


「ウーアです!よろしくお願いしますっ! 僕、こうして皆さんと同じ時間を過ごせること、本当に嬉しくて……! 部屋(牢)は一人でも、心はみんなと繋がってるって、すごくあったかいです……!この鉄格子も、なんだか安心感ありますね。寝返りうっても転がり出ない感じがして!」


「ウーアちゃん、なんでこんなとこに? 見た目は貴族様みたいに綺麗だし、性格も神官レベルで清らかだし……」


「実は……」


 ウーアは、ぽろりと涙をこぼした。


「僕……間違えられて捕まっちゃったんです。“通り魔ウーア”だって。昨日やっと、ずっと離れ離れだったお兄ちゃんとお姉ちゃんに再会できたばかりだったのに……兵士さん、話も聞いてくれなくて……うっ、ううっ……」


「な、なんだと……!? 通り魔ウーアって、女ばっか狙ってたって噂の、あの卑劣野郎だろ?」


「俺も聞いたことあるぜ。裏通りをうろついてたってな」


「“デニス”って奴が詳しいらしい。黒髪で癖が強いって聞いたけど……あいつ、お前になら話すかもな」


「えっ……皆さん、教えてくれるんですか? 優しすぎます……! この地下牢、居心地よすぎて……まるで高級宿屋……いや、癒やしと感動のテーマパーク!? それに皆さん、人間性のダイヤモンド!慈愛の星屑シャワー!この地下に光があるとしたら、それは皆さんの存在そのものです……!」


「……そんな事言われたの、生まれて初めてだ……」


「やっぱ俺って……凄い奴だったんだなぁ……」


 囚人たちが心を開いていくたびに、ウーアの脳内メモ帳には情報が書き加えられていく。


「ウーアちゃん、あの通り魔、夜になると北通りの水路に現れるって話、聞いたことある!」


「“デニス”は昔、あいつに襲われかけてな。返り討ちにしたときに、顔をまともに見たって話だ。あいつだけが顔を知ってるかもしれねぇ」


「最近、デニスが使ってる抜け道と、通り魔の出没場所がリンクしてるらしいぞ!」


 まるで行商人のように雑談から巧みに情報を引き出すウーア。


(みんな……チョロすぎる……)


 彼の“技”は、緻密に計算された愛嬌と、天性の褒め殺し力によって人心を掌握する術。

 こうして地下牢の空気は、次第に“明るく”塗り替えられていった。



---



「ウーアちゃん! 昨日の夢でデニスの小屋の場所、思い出したかもしれん!」


「デニスって、昔、女をかばって通り魔に指落とされたんだよな。だから、左手の小指が……」


「すごい……! みなさん親切でなんて記憶力……しかもその共感力と優しさ、天井知らず……! ここってやっぱり、慈悲の神様たちの転生先なんですね……!」


「…ウーア!……お前は俺たちのオアシス……!」


「明日、ウーアちゃんの隣の牢に引っ越せないかな……?」


 優しい言葉とともに、情報がじゃんじゃん集まってくる。


(……順調だ。もうすぐ、“黒髪のデニス”にも接触できる)


 その夜、ウーアは鉄格子の奥でひっそりと笑みを浮かべた。


 ──通り魔の正体に迫るために。


 彼は今、史上もっとも“人たらしな囚人”として、牢内で燦然と輝いていた。



---


 夜更け──トーマが水差しを手に、再び現れる。


「……お前と話してると……視線を感じる」


「囚人の皆さんですかね。僕のこと、気にかけてくださって……もう皆さん、包容力モンスターですから。慈愛の戦士しかいませんよこの牢」


「気にかけすぎだろ……お前、牢屋で何やってんだよ……」


 トーマはぼそりと呟き、わずかに視線を落とした。


「……俺の水がうまいって言ったの、お前だけだったんだぞ」


 またしても耳まで赤い。


「あ、そうだ。これを渡しとく」


「えっ、これって……この牢の鍵……!?」


「人違いで閉じ込めちまったことへの謝罪だ。外には出せねぇが……自由に使え。隣の奴とも話せるだろ」


「トーマさん……優しさに、理性の強さと責任感が混ざってて……え、ちょっと待ってください、“ギャップで人を殺すタイプ”ですか!? 普段無口で怖そうなのに、実は誰より義理人情に厚いって、それ破壊力高すぎですって……!」


「…………うるさい」


「ちなみに……“上からの許可”って、ルドガーさんですか?」


「そうだ。……けど、昨日から行方不明なんだ。それ以上は……知らん」



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