急
塀と連なった門をくぐると数名の僧侶がこちらに目をやった。
その中のひとりが竹箒を仲間に預けてこちらに歩いてくる。
若い修行僧は深く頭を下げて二人に挨拶をした。
「お待ちしておりました。和尚から話は伺っております。どうぞ……本堂の方へお上がりください」
卜部は奥に見える本堂をチラリと見やってから坊主に言った。
「その前に、お前に聞きたいことがある。ペット供養の慰霊碑はどこにある?」
「慰霊碑ですか……? それでしたら、うちの管理する墓地に……」
「案内しろ」
坊主は怪訝な表情を浮かべつつも卜部を墓地へと案内した。
「私はこの度の怪異、呪いの類だと考えているのです」
前を行く坊主が誰に言うでもなく口を開いた。
「ほう……」
卜部はそれに短く相槌を打つ。
「内密にしていただきたいのですが……先日も隣町の住職が怒鳴り込んで来まして……先代が死に、若い和尚があとを継いだことが気に入らないのです。うちはネットでペットの供養を宣伝したりしているので、おそらくそれを妬んでのことかと……」
「なんか色々大変そうですね……」
かなめが小声で卜部に囁くと、卜部は鼻を鳴らして言った。
「どうだかな……」
磨き上げられた立派な慰霊碑の前で立ち止まると坊主が口を開いた。
「こちらになります。立派なものでしょう?」
卜部は黙って墓石を睨むと、坊主に向かって静かに言う。
「ここに和尚を連れてこい。原因と対策を伝える……」
「なんと……! もうお分かりになったんですか⁉ すぐに連れてまいります……」
慌てて駆け出す坊主の背中を見送ると、かなめは卜部に向き直る。
「先生、やっぱり呪いなんですか?」
「ああ……」
西日が山に沈み、夕日の最期の一条が途切れると、辺りが薄暗闇に包まれる。
それと同時に本堂の方からおぉぉぉぉん……と悲しげな遠吠えが聞こえ、かなめの背筋に緊張が走った。
「卜部先生……!! 原因と対策が理解ったというのは本当ですか?」
和尚が坊主達を引き連れやってくると、卜部はすっと慰霊碑を指差し口を開いた。
「ああ。あんたらが思ってる通り、これは呪いの類だ」
「ではやはり隣町の……?」
口々に話す坊主達を尻目に、和尚は眉間に皺を寄せて黙っていたが、重たい口を開いて言う。
「それはありえません。相手も御仏に仕える身。呪いなどと……軽々しく言うのはおやめください……」
「あんた、勘違いしているようだな。俺は隣町の住職が呪いの元凶とは言ってない。呪いの元凶はこれだ……」
そう言って卜部は慰霊碑の下に設けられた
慌てて止めようとした和尚だったが、時すでに遅く、がらんとした空間が衆目に晒される。
「空っぽ……?」
かなめがつぶやくと卜部は頷き言った。
「そうだ。あんたはペット供養を謳っておきながら碌な供養も、おそらく火葬すらせずに、夜な夜な裏の湿地に棄ててたんだろう……」
「勝手口と湿地を行き来する比較的新しい足跡が幾つも残っていた……それと面白いことにもう一種類足跡があったんだが……何だと思う?」
卜部は和尚に近づいていくと、顔面蒼白の和尚を下から覗き込むようにして静かに囁いた。
「境内に向かう片道分だけの獣の足跡だ……まるであんたを追いかけるようにな……?」
おぉぉぉぉぉん……
「ひっ……!?」
その時和尚のすぐ背後で犬の遠吠えが聞こえた。
坊主達は和尚から後ずさるように距離をとる。
やがて和尚を取り囲むように一つ、また一つと足跡が現れ、辺りには獣の臭いが濃く立ち込める。
「も、申し訳ありません……!! 実は、ギャンブルで借金があり……ヤクザにそそのかされてこの商売を……」
その言葉で坊主達に動揺が広がった。
しかし卜部は顔色一つ変えず、うずくまる和尚に言い放った。
「謝罪する相手を間違えてる。あんたが償うべきは、ここにいる哀れな獣たちだ……」
「ひぃ……!? ひっ……!?」
ビリ……
ビリビリ……
ひとりでに音を立てて裂ける法衣に和尚は怯え逃げ惑う。
とうとう和尚のふくらはぎから鮮血が迸った時、卜部は何事かを唱えてパン……と手を打った。
するとあたりに立ち込めた獣臭が消え去り、獣達の声が静かになった。
「和尚……!!」
慌てて坊主達が和尚に駆け寄ると、卜部は背を向け歩き出す。
「講釈は以上だ。あとは自分達ですべきことをしろ。依頼料はここに振り込んでくれ。くれぐれも踏み倒したりしないことだ」
「踏み倒したら……?」
「ヤクザよりも恐ろしい目に遭う。それだけだ……」
卜部はにやりと妖しい笑みを浮かべると、かなめを連れて寺を後にするのだった。
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