大通りでタクシーを捕まえると卜部は件の寺の住所を運転手に伝えた。

 

 運転手は振り向きもせずに気のない返事をすると黙って車を発進させる。

 

 首都高を降り地道を進むとあたりは次第に辺鄙な田園風景へと変わっていった。


「お客さん達もペット供養?」

 

 突然口を開いた運転手にかなめは思わずドキリとした。

 

 しかし卜部は驚く素振りも見せず身を乗り出して言った。

 

「ああ……ハムスターだ。鞄に入ってる」

 

「え? 痛うっ……」

 


 思わずかなめが口を開くと同時に、卜部が革靴の踵でかなめの指先をグリグリと踏みにじる。

 

 黙っていろ……

 

 見せたことのない穏やかな笑みを向けて無言の圧を放つ卜部に、かなめは……と悲鳴を漏らして沈黙した。

 

「他にもよく供養の客を乗せるのか?」

 

 卜部が尋ねると、運転手はかぶりを振って言った。

 

「私はこれで二回目ですがね、仲間内ではちょいちょい話に上りますよ。なにせ辺鄙なところだし送り迎えがセットみたいなもんです。喜ぶ奴もいれば、嫌厭する奴もいます……」

 

「あんたはどっちなんだ……?」

 

 卜部のその問いかけで運転手は初めてこちらを振り向くと、青白い顔で静かに言った。



「出来れば二度とごめんですよ……着きました」



 いつしか車は寺から少し離れた駐車場に停車していた。

 

 卜部はそれ以上何も聞かずに金を払うと、かなめに降りるよう目配せした。


 車を降り、タクシーが走り去るとかなめは卜部に詰め寄った。


「なんなんですかハムスターって!? 聞いてません!」


「ああ。言ってないからな。あの運転手に当たって運が良かった……行くぞかめ」

 

 そう言って卜部は寺の正面に設けられた門ではなく、裏山の方へと伸びるあぜ道を進み始めた。


 かなめは卜部の後に付いて歩きながら怪訝な顔で尋ねる。


「どこに行くんですか?」


「見ておきたい場所がある。あとは小坊主でも捕まえて話を聞くことが出来ればなおいい」

 


 水の干やがった初春の田んぼにはまだ稲の刈跡が残っていた。

 

 四時過ぎの太陽はすでに弱々しく、麓に生い茂る雑木林の中は、遠目から見ても薄暗い。

 

 森の奥からの湿った空気に混じって糞尿の臭いがした気がした。

 

 途端にかなめは足元が気になり爪先立ちになる。

 

 先程までは気にもならなかった草むらや、水路に生えた黒緑色のイシクラゲに嫌悪の感情がゾワゾワとせり上がってきて、かなめは気がつくと思わず卜部のコートの裾を掴んでいた。

 

「おいかめ……何やってる?」

 

「かなめです! すみません……なんだか気持ち悪くて……」

 

 そう言いつつもかなめがコートの裾を手放す様子が無いのを見て取り、卜部はため息を付いてから森の奥へと進んでいった。

 

 やがてちょうど境内の真裏にあたる位置までやってくると、ぴたりと卜部の足が止まる。

 

 かなめが顔を上げると、そこはひどくぬかんるんでおり湿地のようになっていた。

 

 浅い水溜まりの中には、名もなき微生物達がウヨウヨとひしめき合っていて、かなめの腕に鳥肌が立つ。

 

「見てみろ」

 

「見たくありません!!」

 

 卜部の言葉にかなめが目をつむり顔を逸らしていると、急に顎をと掴まれ、首を非ぬ方向へ曲げられた。

 

 絶対見てはなるものかと必死に抵抗して固く目を閉じるかなめの瞼が、卜部の指で無理矢理にこじ開けられる。

 

 するとそこにあったのは漆喰塗りの白い塀に設けられた、人一人通れるくらいの勝手口だった。

 

 

「ただの勝手口じゃないですか……」

 

 かなめがそう言うと卜部は信じられないといった様子で目を細めてから踵を返した。

 

「行くぞかめ!! 沼亀になりたくなかったらさっさと来い!!」

 

「ぬ、沼亀!? ちょっと待ってください!! コート!! せめてコートを掴ませて!!」

 

 こうして泥まみれの靴のまま、二人は境内に足を踏み入れるのだった。

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