狗の骨

深川我無


 薄汚い雑居ビルの五階、心霊解決センターの革張りのソファに、不似合いな来客の姿があった。


 綺麗に頭を丸めた若い住職、名を寺島というらしい。


「坊主がうちに怪異の除霊を依頼するとなったら、いよいよ神も仏もあったもんじゃないな……」


 卜部の皮肉にも動じること無く、寺島は合唱して頭を下げる。


「そこを何とか……私共もほとほと困っているのでございます……話だけでも何卒」

 

 そう言って若い住職は卜部の返事も待たずに事の顛末を語り始めた。

 

 

 ことの発端は深夜に聞こえる犬の遠吠えだったという。




 

 うちは山の麓に寺院を構えております。


 加えて田園地帯の外れともあれば野犬の一匹や二匹いても不思議ではない。

 

 始めはそう思っておりました。

 

 ところがある日の夜更けのことでございます。


 私が御仏像の前で経を上げておりますと、香の薫りに混じって、何処からともなく獣の臭いが漂ってくるではありませんか。

 

「野良犬が境内に迷い込んだかな……?」

 

 その時はそう思い、灯りを手にとって外に出ました。

 

 しかし外には暗い夜の闇が広がるばかりで、虫の音以外には音も無く静かなものでした。

 

「やれやれ……気のせいだろうか?」

 

 そう思って振り返ると、建物の中から犬の遠吠えがはっきりと聞こえてまいりました。。

 

 家の者達に尋ねたところ、はっきり室内で声が聞こえたと、皆が口を揃えて言うものですので、私共は御仏像の前に集まって、その日は夜を徹して経を上げた次第であります。

 

 

 ところが……

 

 増えているのです……

 

 その日を境に、犬の声が増えているのです……

 

 今や夜になると境内は犬たちの遠吠えで溢れかえっております……

 

 

 そこまで話すと寺島は柔らかな表情で卜部を見据えた。

 

 柔和に微笑んではいるが、その目の奥には憔悴と怯えの色が窺える。

 

「いかがで御座いましょう? ぜひ腹痛先生のお力をお貸しいただきたく……」

 

 

 かなめはチラと卜部に目をやった。

 

 卜部は仏頂面で前髪を掻き上げると、その手を後頭部でピタリと止めてため息を付く。


「いいだろう……ただし謝礼の額は現地を見てから決めさせてもらう。それともう一つ大事な事がある」


 そう話す卜部の目に冷たい光が瞬いた。


 その鋭い視線に、ここまで表情を崩さなかった寺島もごくりと唾を呑む。


「大事なこととは……?」



「俺は卜部だ。腹痛さんへの依頼なら他所を当たってくれ……」


 

「承知致しました……卜部先生……」

 

 寺島は深々と礼をして事務所を後にした。

 

 それと同時に卜部はタバコに火を付け紫煙と同時に小声で何かを吐き捨てる。

 

 

「……坊主め……」

 

「え……?」

 

 思わず聞き返したかなめを無視して卜部はコートを掴んで言った。

 

「いくぞかめ……!! 夜が来る前に寺に言って調べることがある!!」

 

 そう言って出口に向かう卜部の背中を慌てて追いかけながらかなめは言うのだった。

 

「亀じゃありません!! かなめです!!」

 

 

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