第28話 お兄ちゃん

「そうか、それでは頼むとするかな」


 ノルがサミューの部屋に入ると、サミューはそう言ってチラに頷いたところだった。


「あ、ありがとう、サミューさん」


 ノルはサミューの心の広さに安堵していると、扉をノックする音が聞こえた。サミューが返事をすると、シダーさんが顔を覗かせる。


「おや、やはり2人もこっちの部屋にいたんだね。夕食ができたよ、下りておいで」


 シダーさんに付いて3人はダイニングへ向かった。 


 ノル、チラ、サミューがテーブルに着くと、シダーさんが料理をそれぞれの前へ置く。半熟卵のオムライス、かぼちゃスープ、カリカリのベーコンが乗ったサラダだ。シダーさんはテーブルの中央へココット皿に入ったトマトケチャップを置くと、続いてそれぞれのコップに水を注いだ。シダー夫人がサラダにチーズを削りながら言う。


「私たちも一緒のテーブルに着かせてもらいますね。それからオムライスにケチャップを掛けたい方は自由に使ってください」


 シダー夫妻も座ると食事を始めた。


 ノルはさっそくオムライスをスプーンで切る。中身はケチャップライスでは無くバターライスだ。その代わりオムライスにかかっているトマトソースには、たっぷりと角切りの野菜が入っていた。


 バターライスは鶏肉とバターの旨みが生きたシンプルな味だ。そのバターライスに野菜の旨みが染み込んだトマトソースを絡めて食べる。角切り野菜からジュワッと染み出した水分とトマトソース、少しこってりとしたバターライスが合わさり、いくらでも食べられそうだ。


 具沢山のトマトソースや少し大きく切られた鶏肉、バターライスに掛けられた半熟の薄焼き卵。母ロエルの作る物とは違うが、家庭的で愛情のこもった安心する味付けだった。3人が美味しそうに食べていると、シダーさんは目を細める。


「ばあさんの料理は絶品だろ?」


「はい! お母さんの料理を思い出しちゃった」


 ノルの言葉にシダー夫人は微笑む。


「そう言ってもらえて嬉しいわ。私もお客様に旅先で少しでも家庭の温かさを感じて貰いたいと思ってやっているのよ。おじいさんはコース料理のように出すと最初は言っていたけど、この料理の出し方は私のこだわりなの」


 シダー夫人がハッとして両手で口を押さえた。


「──ああっ、私ったらお客様と話していると言うのに、砕けた口調で話してしまい申し訳ありません」


「ううん、私シダー夫人にはさっきみたいに話してほしいな、ね?」


 ノルはチラとサミューを見た。


「チラも、チラも!」

「俺も構いません」


 3人となぜかシダーさんに見つめられ、根負けしたシダー夫人は少し赤くなる。


「……わかったわ」


 シダー夫人の返事を聞くと、ノルとチラは頷きながら食事を再開した。


「ほら、お弁当が付いているぞ」


 食後のコーヒーを飲んでいたサミューは、チラの頬にご飯粒が付いている事に気づいたようだ。


「君たちは仲が良くて兄弟みたいだね」


 シダーさんの言葉にノルは以前、チラと話した事を思い出した。サミューは理想のお兄ちゃん像だという話だ。


「(私もサミューって呼んでみようかな? チラちゃんもそう呼んでいるし。……でも突然そう呼ばれたら嫌かな?)」


 ノルはそんな事をぐるぐると考えながら、風呂に入り歯磨きをして眠りについたのだった。



 ♢♦︎♢



 その夜ノルは夢を見た。サナリスの森にある秘密基地でエアと話している夢だ。


「俺はまだ、あいつを兄ちゃんだと認めてないからな」


 ルリベナの木の下で寝そべりながら、エアが不貞腐れたように言った。


「あいつってサミューさんの事?」


 ノルが尋ねるとエアはムスッとしながら頷く。


「えー、サミューさんって優しくって、しっかりしていて理想のお兄ちゃんよ」


 ノルの言葉にエアは唇を尖らせ、ゴーグルを目深におろした。


「確かに色々知っていて、面倒見が良いのは認めるけどさー、あいつ強そうなのにノルを守れなかったじゃん!」


 不思議そうに首を傾げるノルを見てエアが慌てる。


「と、とにかく俺の兄弟はノルとチラだけなの! いくらドジなノルの面倒を見てくれていたとしても、あいつの事なんて認めないからな!」


 エアはそう言うとノルに背中を向けた。その背中では羽がピクピクと動いている。


 エアがいなくなってしまったあの晩に、ノルは初めてエアの羽を見た。薄く柔らかな淡い緑色の羽は、光の反射で虹色に光って見える。


 あの時には無我夢中で、そんな事を感じる余裕はなかったけれどとても美しい。だがエアの背中に生えた羽を見ると、改めて弟は妖精族で親は同じでも自分とは違う種族なのだと痛感する。


 そんなエアの無防備な背中を見たノルはムズムズとある衝動に駆られた。そ〜っと人差し指をエアに近づけ、スーッとエアの背中をなぞる。


「──おわっ!」


 ビクッと体を震わせたエアは奇声をあげ、ガバッと起き上がった。ノルはニヤリと笑う。


「ノルにしてやられるとは……」


「もう! あのときは『ノル姉ちゃん』って呼んでくれたのに、また呼び捨てになってるー」


 エアは斜め上を見上げながらボソボソと言った。


「だ、だってあのときはさ俺、弱っていたからうっかりそう言っちゃったの。もう、恥ずかしいじゃん……」


 エアの言葉にノルはキョトンとする。


「それじゃあ俺、寝るから! おやすみ!」


 エアは捲し立てるようにそう言うとドサっと寝転がる。


 次の瞬間ノルは目が覚めた。


「あれ? エア?? ……なんだ夢か〜」


 夢だとしても久しぶりにエアに会えて、ノルは嬉しく思っていたがふとある事を思い出した。スカベル村を旅立つ前日にも夢の中でエアに会った事を──。


 確かあの日夢の中で、エアも旅に付いて来ると言っていた気がする。そういえば夢の中のエアは、会った事がないはずのサミューを知っていた。それに夢の中とはいえ、自分が人の背中をなぞるという男の子のようなイタズラをするなんて……。


 薄々そんな気はしていたが、まさか本当にエアは自分の中で眠っている──?


「(私って少しづつ男の子になっちゃうの……? もしかして私が食いしん坊なのもそのせい?)」


 ノルは見当違いな心配をしエアに濡れ衣を着せかけたが、頭の中を整理してあまり気にしないことにした。


小窓に掛かったカーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。


「私の中ででもエアが側にいてくれたら心強いもんね。それに私、お姉ちゃんだから!」


 ノルが独り言を言うと、チラが目を覚ました。


「おはようノル、もう朝なの?」


「そうよ! さあ、雨戸を開けてもらえるかしら?」


「うん!」


 チラは元気に手を上げると窓へ駆け寄り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら一生懸命雨戸を開けた。


「サミューの部屋も開けて来る!」


 チラはそう言うと部屋を飛び出した。

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