第27話 ペンションシダー

 3人は食事処へ向かうシダーさんに付いて行く。辿り着いた先を見てノルとサミューは、あんぐりと口を開けた。良く言えば趣のある、ありのままを言えば寂れてひと気の無い店だ。


 その名も"閑古鳥の止まり木屋"。……すごいネーミングセンスだ。だがノルの食いしん坊センサーはしっかりと反応していた。


「シダーさん、このお店の中からすごく良い匂いがするわ! なんだかお腹がグッと空いてきちゃった」


「チラも、チラも!」


「そうだろう、そうだろう、ここのシチューは絶品だよ」


 3人は浮き足立って店の扉を開けた。それに続いてサミューも店に入ると、何とも言えない表情になる。この昼時なのにほとんど客がいない。名は体を表すとはこの事かとサミューは思ったが決して口には出さなかった。


 薄暗い店内にはオレンジ色のライトがいくつか点いているが、時々チカチカと点滅している。だが意外にも店内は趣味良く可愛らしくまとめられていた。


 草花模様とストライプの壁紙、天井からぶら下がる花形のライト、木のテーブルは趣味の良い彫りが施され、花柄の刺繍が入ったテーブルクロスが掛けられている。椅子もテーブルとセットなのか同じ意匠の彫りが入っていて、ふっくらとした座面は草花柄の織物が使われていた。


 シダーさんは店の奥にあるテーブル席に3人を案内して座ると、厨房に向かって「いつものを4つね」と声を掛けた。


「……あいよー」


 ぶっきらぼうな返事が返ってくる。店内の調度品は良いのに何というか勿体無い。サミューは客が少ないこの店はなぜ続けていけるのかと不思議に思っていた。


 程なくして良い香りをさせながらスープとパンが4つづつ運ばれて来た。赤茶色のシチューは綺麗な絵付けのされた少し高さのある皿に盛られていて、真ん中に切れ目の入った丸いパンを乗せた皿は淵がレースのようで華やかだ。


「いただきます」


 4人は食事を始めた。


 お皿の中をスプーンでかき混ぜると、ふわっと食欲をそそる香りが立ち上り、角の取れた野菜と大きめの肉が見える。肉はスプーンで簡単に切れるくらい柔らかい。


 ノルはスプーンで肉を少し小さくすると口に入れた。ほろほろと口の中で繊維状にほどけ、噛み締めると肉の味とシチューのソースの味、トマトの香りがする。それと肉特有のほんの少しの臭みがアクセントになっていて、とても美味しい。野菜も口の中でとろけるようだった。


 丸いパンとシチューの相性は言わずもがなだ。ちぎったパンをシチューの中に入れて、スプーンでシチューをかける。少しはしたない事は分かっているが、充分にシチューを吸ったパンはトロトロになって美味しいのだ。


 ノルはシチューとパンを食べ終わると満足感に満たされていた。それからあっという間に他の3人も昼食を食べ終え店を出ると、再びシダーさんに付いて歩く。気が付けば元いた英雄広場に戻って来ていた。


「ばあさんに食材の買い出しを頼まれていてね、危うく忘れて大目玉を食らうとこだった」


 シダーさんは少し照れたように頭を掻く。3人は買い物に付き合って色々な店をまわった。


 各地から集まった果物や野菜を売る店。近くで釣れた魚を売る店。ベーコンやウインナーが吊るされた肉屋。試食のできる乳製品の店。荷物を預かってもらったパン屋──。


 気がつけばノルとサミューの手は、旅の荷物と買い物袋でいっぱいになっていた。


「いや〜悪いね、そんなにに持ってもらっちゃって」


 悪びれる様子も無くそう言うシダーさんの手も買い物袋でいっぱいのため、2人は文句が言えない。チラも一生懸命パンの袋を抱えている。


「それではうちにご案内しようかね」


 シダーさんがそう言って歩き出した頃には、陽が傾き始めていた。


 3人はシダーさんに付いて坂道や階段を登り、どんどん街の上まで来た。それから迷路のような小道を通り抜け、街を一望できる小さな広場に出ると絶景が広がっていた。


 ルカミ山脈の麓にある街だと聞いていたが、それを実感出来る景色だ。眼下に広がる先程までいた街は、見下ろすとさらに美しい。雪化粧した山の裾に折り重なるように色とりどりの建物が建っている。屋根に積もった雪が夕陽に照らされキラキラと光って見える。


 ノルとチラがその光景に見惚れていると横に立っていたシダーさんが優しく笑った。


「ここはわしのお気に入りの場所の1つでね、迷路のような道を抜けないと来られないから、地元の者しか知らない穴場なんだ。だからこの景色をばあさんと2人占めする幸せが味わえる」


 しばらく4人でそこから見える景色を味わった。


「さて、うちまでもう少しだよ。この食材でばあさんが腕によりをかけた夕飯を作ってくれるはずだ」


 そう言うシダーさんに付いて3人はさらに階段を登った。



 ♢♦︎♢



 階段の頂上にはちょこんと立った緑の郵便受けが見える。階段を上り切ると郵便受けの反対側に植えられた、アーチのように整えられている木が4人を出迎えた。


 木のアーチをくぐり抜け、芝生の飛び石を越えた先にある細長い建物を示しながらシダーさんは咳払いをすると少し良い声を出す。


「ようこそ、"ペンションシダー"へ」


 3階建てでクリーム色の壁をしたペンションは、芝生の面より一段高くなっている。オレンジ色の瓦屋根から突き出した煙突は、ゆっくりと煙を吐き出していた。


 得意気にペンションを紹介したシダーさんだったが、突然ビクッとした。庇の付いた玄関からお婆さんがこちらをいや、シダーさんを睨んでる。白髪を綺麗にまとめたお婆さんが腕まくりをし、腰に手を当て段上からこちらを見下ろしていた。


 ノルが睨まれている訳では無いはずなのに、ドキドキする。だがすぐにおばあさんはノルたちに気がつくと、慌てて袖を下ろしにこやかに笑いかけた。


「いらっしゃい、こんな高台までよく来てくれましたね。うちの人が失礼しました。荷物はお預かりしますから上がって温まってください」


 シダー夫人は3人を温かく迎え入れ、ノルとチラに牛乳を、サミューにはコーヒー、それとお茶菓子を出してくれた。それからシダーさんをキッと睨みつけるとキッチンへ引っ張って行く。ノルとチラはお茶菓子で盛り上がっていたが、サミューの耳にはキッチンからの話し声が聞こえてきた。


「まったくあんたはこんな時間まで待たせた挙句、お客様に荷物を持たせて帰ってきて! 窓からあんたとあの子達を見て私はびっくりしたよ」


「だっておまえに頼まれた買い物は重い物が多かったからさ……」


「だからってお客様に荷物を持たせる店主がどこにいるのさ!」


「ばあさんや、わしは歩きっぱなしで腰が痛──」


「しょっちゅう楽しそぉ〜に山に登ってるあんたがかい?」


「(まさか先に昼飯を食ったのは、荷物持ちの体力を付けさせるためだったのか?)」


 会話を聞いてしまったサミューは、ふとそんな事を想像してしまうのだった。


 それからしばらくシダーさんは叱られていたが、やっとお小言から解放されキッチンから出て来ると3人を客室へと案内した。階段を上り2つ並んだ部屋の手前がノルとチラの部屋だ。奥の部屋のサミューと一旦別れると2人は案内された部屋へ入った。


 ノルとチラの部屋は天井が斜めで、窓が2つある部屋だ。アーチ型の小窓からはストンリッツの街が一望出来る。雨戸の付いた縦長の窓からは森の奥に夕焼けが見えた。


 焦茶色をした木組みの床の上にはベッドとクローゼット、小さな机、それからふかふかのソファが置いてある。斜めに削られた天井と床が暗めの配色で、狭く感じられる部屋だが、こじんまりとした雰囲気がかえって落ち着く。


 それは木製の家具の落ち着いた色合いと、壁紙やカーペット、カーテン、ベッドカバーや布団の明るい色合いが上手く調和しているからかもしれない。


 ノルが荷解きをしている横で、チラは慎重にベットへ歩み寄ると腰掛けた。ファディック村の宿屋で大泣きした件で警戒しているのだろう。 


 その様子にノルは笑うのを堪えながら、カバンから取り出した服をハンガーに掛けるとクローゼットにしまった。外は暗くなってきていたため窓に付いた緑色の雨戸を閉め、カーテンを閉めているとチラが「明日の朝はチラが雨戸を開けるの!」と言い出した。


「えっ、チラちゃん届きそう?」


 ノルが尋ねるとチラはぴょんぴょん跳ねながら答える。


「届くもん! 明日の朝はチラが開けるー!」


「そう? じゃあお願いしようかな」


 ノルがそう言うとチラはやる気に満ちた顔で頷いた。


「そうだ、サミューの部屋の窓も開けるー!」


「ま、待って〜」


 部屋を飛び出したチラをノルは慌てて追いかけた。

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