第2話 「やる気の出ない朝は、世界救うのもお休み」


勇者召喚から三日が経った。

王都近郊のヒナタ村から、悲痛な叫び声が響いていた。

「助けてください! 魔王軍のスパイが村に!」

村人たちは王都に向かって必死に駆けてくる。その後ろでは、黒いローブを着た怪しい影がちらほらと見え隠れしていた。

「陛下! 大変です!」

大臣が息を切らして王の前に現れた。

「ヒナタ村に魔王軍のスパイが潜入し、村人たちを脅しています! すぐに勇者パーティーに出動を!」

王は即座に頷いた。これこそ勇者の出番である。

「すぐに彼らを呼べ!」

しかし――

勇者ライガの部屋のドアを叩いても、返事がない。

「ライガ殿! 緊急事態です!」

「あー、ちょっと待って」

ドア越しに聞こえてくる声は、明らかに寝起きだった。

「今、新イベント始まったとこなんで、ログインできません。今日は一日中ムリっす」

「ムリって……村人が困っているのです!」

「あー、でも今日ログインしないと、限定装備取り逃すんですよ。それはちょっと……」

大臣は頭を抱えた。

続いて魔法使いリリの部屋へ。

「リリ殿! お願いします! 村が大変なことに!」

「えー、でも今日撮影の予定が詰まってて」

部屋からはスマートフォンのシャッター音が連続で聞こえてくる。

「#朝の光が神秘的 #魔法使いの日常 #フォロワーさんおはよう……えーっと、村? あー、そういえば昨日もトレンドに上がってたやつ?」

「トレンド?」

「#魔王軍うざい ってハッシュタグ。けっこうバズってるんですよ。私もこれに乗っかろうと思って」

大臣は意味が分からなかった。

「乗っかるって……」

「炎上マーケティングってやつです。魔王軍を煽って、さらに話題にするんです。そうすればフォロワー増えますから」

「あの……村人を助けるのでは……」

「あ、それもやりますよ。でも直接助けるより、SNSで拡散した方が効果的じゃないですか?」

大臣の頭上に疑問符が浮かんだ。

武道家ゴンの部屋では、激しい運動音が響いていた。

「ゴン殿!」

「今、配信中なんで後にしてください!」

ドア越しに聞こえてくる声。

「皆さーん、今日も筋トレの時間ですよー。今日は村を救うために筋肉を鍛えまーす……って言いたいとこですが、ルーティンを崩すわけにはいかないので、普通に筋トレしまーす」

「なぜ普通に筋トレを……」

「筋肉は嘘をつかない。でも予定は変更しない。これが武道家の掟です」

最後の希望、聖女ミリアの部屋へ。

「ミリア様! お願いします!」

「あ、はーい。ちょっと待ってくださいね」

部屋からは、可愛らしい声が聞こえてくる。

「フォロワーの皆さん、おはようございます! 今日も聖女ミリアは元気です! えーっと、今緊急事態が発生してるんですが、皆さんはどう思いますか? コメントお待ちしてまーす」

「コメントって……」

「あ、フォロワーさんたちとリアルタイムで交流してるんです。これも聖女の大切なお仕事なので」

大臣は絶望した。

一時間後、王の前に集まった四人の勇者パーティー。ただし、全員部屋着のまま。

「あの……緊急事態なのですが……」

「あー、村の件でしょ?」ライガがあくびをしながら言った。「でも今日はマジでムリっす。新イベントが24時間限定なんで」

「私も撮影が忙しくて」リリがスマートフォンを操作しながら答える。

「筋トレ配信も途中で止められません」ゴンがプロテインを飲んでいる。

「フォロワーさんとのお約束もありますし……」ミリアが申し訳なさそうに言った。

王は頭を抱えた。

「でもですね」リリが突然顔を上げた。「直接助けに行くより、もっと効果的な方法があるんですよ」

「効果的な方法?」

「SNSの力です!」

リリはスマートフォンを王に向けた。

「見てください。#魔王軍うざい のハッシュタグ、もう10万件超えてます」

画面には、魔王軍への批判的なコメントが大量に流れていた。

『魔王軍マジでうざい』

『村人いじめるとか最低』

『魔王軍アンチになりました』

『拡散希望!魔王軍の悪行をみんなに知らせよう』

「これ、全部私が仕掛けたんです」リリが得意げに説明する。「魔王軍を煽る投稿をして、それをフォロワーさんたちに拡散してもらったんです」

「仕掛けたって……」

「炎上マーケティングの手法です。敵を悪役に仕立て上げて、民衆の怒りを煽る。そうすると、勝手に敵が孤立していくんです」

その時、急いで兵士が駆け込んできた。

「陛下! 魔王軍のスパイたちが、村から撤退しています!」

「撤退?」

「はい! なぜか全員、慌てて逃げていきました!」

リリがスマートフォンを見ながら微笑んだ。

「やっぱり効果ありましたね。魔王軍の公式アカウント、炎上しちゃってます」

画面を見ると、確かに魔王軍の公式SNSアカウントに大量の批判コメントが殺到していた。

『魔王軍最低』

『村人に謝れ』

『フォロー外しました』

『二度と悪さしないで』

「あー、これは撤退するわ」ライガがスマートフォンを覗き込んで言った。「炎上したら、しばらく活動できないもんね」

「そういうことです」リリが満足そうに頷く。「直接戦うより、SNSで社会的に制裁を加える方が効果的なんです」

王は困惑していた。

「つまり……魔王軍は、SNSの批判で撤退したと?」

「そういうことになりますね」ミリアが微笑む。「現代では、物理的な力より、情報の力の方が強いんです」

「私のフォロワーさんたちも、正義感が強いので」ミリアが付け加える。「魔王軍の悪行を知って、すごく怒ってくれました」

ゴンもプロテインを飲み終えて話に加わった。

「筋肉で殴るより、言葉で殴る方が効果的ってことですね。まあ、筋肉の方が気持ちいいですけど」

「あ、でも今回の件、配信のネタにもなりましたし」ゴンが続ける。「『筋肉で世界を救う準備をする男』ってタイトルで、けっこう視聴者増えました」

ライガもゲームから目を離さずに言った。

「俺も今回の件、ゲーム内で話したら、ギルドメンバーが『リアル勇者すげー』って言ってくれました」

「何もしてないのに?」

「何もしないことが逆にすごいらしいです」

王は頭を抱えた。結果的に村は救われたが、これで勇者の仕事と言えるのだろうか。

「あ、そうそう」リリが思い出したように言った。「今回の件で、フォロワー5万人増えました」

「5万人……」

「魔王軍批判の投稿が、思った以上にバズったんです。特に #魔王軍より勇者パーティーの方がマシ ってハッシュタグが話題になって」

「どういう意味ですか、それ」

「要するに、私たちが何もしなくても、魔王軍より好感度が高いってことです」

ミリアも嬉しそうに報告した。

「私のフォロワーさんたちからも、『ミリア様は本当の聖女ですね』ってコメントをたくさんいただきました」

「何かしましたか?」

「村人の皆さんが無事で良かったです、って投稿しただけですが」

ゴンも続いた。

「筋トレ配信の視聴者から、『ゴンさんの筋肉があれば魔王軍なんて一撃ですね』ってコメントもらいました」

「実際に戦ってないのに?」

「筋肉は見せるだけでも効果があります」

ライガも振り返った。

「俺も何もしてないのに、ギルドランキング上がってました。『リアル勇者』ってタイトル付きで」

王は混乱していた。

「つまり、皆さんは何もしていないのに、評価が上がったと?」

「そういうことになりますね」

四人が揃って頷いた。

その時、また兵士が駆け込んできた。

「陛下! ヒナタ村の村人たちから、お礼の品が届いています!」

運ばれてきたのは、村人たちからの感謝の手紙と特産品の詰め合わせだった。

『勇者様たちのおかげで、村に平和が戻りました』

『SNSでの活動も見させていただきました。現代的な戦い方に感動しました』

『これからも私たちをお守りください』

「現代的な戦い方……」王が呟いた。

「まあ、結果オーライってことで」ライガがゲームに戻りながら言った。

「次の事件があったら、また同じ方法でいきましょう」リリが提案した。

「筋肉配信も続けます」ゴンが頷く。

「フォロワーさんたちとの交流も大切にしますね」ミリアが微笑んだ。

王は諦めたように椅子に座った。

「分かりました……それが皆さんの戦い方なら……」

「そういうことです」リリが満足そうに言った。「物理攻撃の時代は終わったんです。これからは情報戦の時代ですよ」

「情報戦……」

「魔王軍も、今回の炎上で懲りたでしょう。しばらくは大人しくしてると思います」

実際、その日の夕方には、魔王軍の公式アカウントから謝罪文が投稿された。

『この度は、村民の皆様にご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。今後、このような行為は慎みます。魔王軍一同』

「謝ってる……」王が驚いた。

「炎上の威力は絶大ですから」リリが得意げに言った。「これで当分、魔王軍は動けませんね」

「でも、根本的な解決になってるんでしょうか……」

「大丈夫ですよ」ミリアが安心させるように言った。「フォロワーさんたちが常に監視してくれてますから。魔王軍が悪いことしたら、すぐに炎上させます」

「監視社会……」

こうして、史上初のSNS炎上による魔王軍撤退事件は幕を閉じた。

勇者パーティーは何もしなかったが、結果的に村は救われ、魔王軍は社会的制裁を受けた。

「現代の戦いって、こういうものなんですかね……」王が呟いた。

「時代の流れですよ」ライガがゲームを続けながら答えた。「俺たちは新時代の勇者なんです」

新時代の勇者――物理的に戦わず、SNSで敵を制圧する。

王は新しい戦争の形を目の当たりにしていた。

「明日も、何か事件があったら……」

「その時はその時です」リリが軽く答えた。「また炎上させればいいんです」

「炎上……」

王は疲れ果てていた。しかし、結果は出ている。これも一つの平和維持の方法なのかもしれない。

こうして、王都近郊は再び平和を取り戻した。

ただし、その平和はSNSの炎上によって支えられていた。

世界で最も現代的な、そして最も手抜きな平和維持活動の始まりだった。

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