『勇者パーティー、全員ニート! ~魔王城まで歩いて5分~』
漣
第1話 「勇者召喚されたけどゲームしてるのでムリです」
「我らが王国に降りかかる危機を救うため、今こそ伝説の勇者パーティーを召喚する!」
グランディア王国の大神殿に、威厳ある王の声が響き渡った。古より伝わる召喚魔法陣が青白い光を放ち、四つの光の柱が立ち上がる。光が収まると、そこには四人の若者が立っていた。
王は期待を込めて彼らを見つめた。しかし――
「あー、ちょっと待って。今レイドの途中だから」
勇者ライガは立ったまま、手に持った光る四角い板――スマートフォンから目を離さなかった。黒髪をぼさぼさに伸ばし、Tシャツにジャージという格好で、とても勇者には見えない。指は忙しくスクリーンをタップし続けている。
「えっと、王様? ライトもうちょっとこっち向けてもらえます? 自撮りが暗くて」
魔法使いリリは王の威厳など完全に無視して、スマートフォンのカメラを自分に向けていた。ピンク色の髪を一房だけ巻き上げ、大きなリボンで結んでいる。魔法使いローブの代わりに、パステルカラーのワンピースを着ていた。
「うぃーっす。えー、こちら異世界配信のゴンでーす。ただいま召喚されましたが、プロテイン摂取時間なので一旦中断しまーす」
武道家ゴンは召喚されるや否や、持参していたプロテインシェイカーを振り始めた。筋骨隆々とした体に、なぜかタンクトップ一枚。配信用のイヤホンマイクを装着している。
「あ、えっと……皆様、こんにちは。聖女のミリアです」
唯一まともに挨拶をしたのは聖女ミリアだった。清楚な白いドレスに金髪を三つ編みにまとめ、一見すると正統派の聖女らしい。しかし、その手にもスマートフォンが握られており、王に礼をしながらも画面をチラチラと確認していた。
王は困惑した。これが伝説の勇者パーティー?
「あ、あの……皆さん、聞いていますか?」
王の呼びかけに、ライガが顔も上げずに答えた。
「聞いてますよ。魔王討伐でしょ? でも今、ギルドイベントの最終日なんで、ムリっす。明日から受付可能です」
「明日から……?」
王の声が裏返った。魔王軍は今日にも王都に迫ろうかという勢い。明日からでは遅すぎる。
「うん、明日なら空いてる」リリが軽く頷く。「でも午前中はダメ。フォロワーさんとのおはよう配信があるから。午後からにして」
「私も明日の午前中は筋トレ配信があります」ゴンがプロテインを飲み干しながら言った。「筋肉は待ってくれませんからね。ルーティンを崩すわけにはいかない」
「あの……」ミリアが恥ずかしそうに手を上げる。「私も、明日の午後にフォロワーさんとのお茶会を予定してまして……でも、世界を救うことの方が大切だと思うので、調整してみますね」
王は頭痛を感じた。こんな勇者パーティーは聞いたことがない。
「待ってください! 魔王軍はもう王都近くまで――」
「あー、それなんですけど」
大臣が慌てて王に耳打ちした。王の顔が青ざめる。
「な、なんと……」
王は咳払いをして、勇者パーティーに向き直った。
「実は……魔王城が、なぜか王都から徒歩5分の場所に引っ越してきたのです」
「は?」
さすがのライガも顔を上げた。リリも自撮りを中断し、ゴンもプロテインシェイカーを置いた。ミリアだけは「え、マジで?」と素の反応を見せてから、慌てて聖女らしい表情に戻った。
「つまり、魔王城まで徒歩5分?」ライガが確認する。
「はい……なぜそんなことになったのかは分からないのですが」
勇者パーティーの四人は顔を見合わせた。
「じゃあ、散歩がてら行けばよくない?」リリが提案する。
「そうですね。5分なら筋トレの合間に行けます」ゴンが頷く。
「徒歩5分でしたら、お散歩感覚で……」ミリアも同意した。
「でも、今日はムリ」ライガが再びスマートフォンに目を戻す。「レイドボス倒さないといけないんで」
「はぁ……」
王は深いため息をついた。大臣たちもどう対応していいか分からず、困り果てている。
「あ、でも王様」リリが思い出したように言った。「魔王城の前で自撮り撮ったら、絶対バズりますよね。インスタ映えしそう」
「バズる?」
「要するに、SNSで話題になるってことです。#魔王城前selfie とか付けたら、フォロワー増えそう」
ミリアの目がキラリと光った。
「それ、いいですね! 私もフォロワーさんに、聖女として魔王城を浄化する様子を見せてあげたいです」
「配信ネタにもなりそうですね」ゴンも興味を示した。「筋肉で魔王城を破壊する企画とか」
ライガも少し興味を示した。
「まあ、スクショ撮るくらいなら……でも戦闘はムリ。今日は絶対にログアウトできない」
王は希望の光を見出した。
「それでは、皆さん、明日――」
「あー、でも明日雨だったら嫌ですね」リリが天気予報をチェックしている。「髪がうねるんで」
「筋トレ配信の時間も変更できませんし」ゴンが腕組みをする。
「フォロワーさんとの約束も……」ミリアが困った顔をする。
「だから明日はムリだって」ライガがため息をつく。
王の顔が真っ青になった。
「い、いつならいいのですか?」
四人は再び相談し始めた。
「来週どう?」
「来週は新イベント始まるからダメ」
「じゃあ再来週」
「再来週は筋トレ大会があります」
「来月は?」
「来月はフォロワーさんとのオフ会が……」
王は目眩を感じた。このペースでは一生魔王討伐が始まらない。
そのとき、急いで兵士が神殿に駆け込んできた。
「陛下! 大変です! 魔王城から使者が!」
「使者?」
魔王城からの使者――黒いローブを着た骸骨の騎士が現れた。
「我が主、魔王ゼファル様よりの伝言です。『勇者が召喚されたと聞くが、こちらも引っ越し作業で忙しい。戦闘は来月以降で頼む』とのことです」
神殿が静まり返った。
ライガが顔を上げた。
「え、魔王も忙しいの?」
「はい。城の引っ越しというのは大変な作業でして……家具の配置から、部下たちの部屋割り、近所への挨拶回りなど」
「近所への挨拶回り……」王が呟いた。
「あ、それ分かります」ミリアが共感を示した。「引っ越しって大変ですよね。私も前の家から引っ越すとき、すごく疲れました」
「でしょう?」骸骨騎士が嬉しそうに頷く。「ダンジョンの仕掛けも全部作り直しですし」
「Instagram映えするダンジョンにしたら、観光客も来そうですね」リリが提案する。
「それは名案ですね! 検討してみます」
なぜか魔王軍の使者と勇者パーティーが和気藹々と話している。王は状況を理解できずにいた。
「あの……」王が弱々しく口を開く。「結局、魔王討伐は……」
「来月で」ライガが即答した。
「来月で」骸骨騎士も頷いた。
「でも、その前に城の前で写真撮りに行くかも」リリが付け加える。
「大歓迎です。インスタ映えするアングルもご案内します」
王は椅子に崩れ落ちた。
「王様、大丈夫ですか?」ミリアが心配そうに駆け寄る。「あ、これ配信で使えそう。#王様心配 #聖女の優しさ」
「おい、王様も筋トレしろよ。体力つけないと」ゴンがアドバイスする。「配信で筋トレメニュー紹介してやるから」
「あー、そうだ」ライガがようやくスマートフォンから目を離した。「とりあえず明日、散歩がてら魔王城見に行ってもいいっすよ。レイド終わったら暇だし」
「本当ですか?」王が希望を見出した。
「ただし、戦闘はしません。見学だけ」
「見学だけ……」
「でも写真は撮ります」リリが付け加える。
「配信もします」ゴンも続く。
「フォロワーさんにも報告しますね」ミリアも微笑む。
骸骨騎士が手を上げた。
「でしたら、お茶とお菓子を用意してお待ちしております」
「マジで? やったー!」
勇者パーティーが盛り上がる中、王だけが取り残されていた。
大臣が王に近づく。
「陛下……これは、勇者による魔王討伐と言えるのでしょうか?」
「分からん……」王が力なく答える。「もう何が何だか……」
こうして、史上最もやる気のない勇者パーティーと、引っ越しで忙しい魔王との、前代未聞の魔王討伐クエストが始まった。
いや、始まったと言えるのだろうか。
翌日、王は期待と不安を抱えて勇者パーティーの出発を待っていた。しかし――
「あー、やっぱ今日雨降りそうだからヤメ」
「筋トレ配信も延期で」
「髪セットし直すの面倒だし」
「フォロワーさんが心配してくれてるので、今日は部屋でゆっくりします」
結局、誰も部屋から出なかった。
王は窓から魔王城を眺めた。確かに徒歩5分の距離に、立派な魔王城が建っている。
「あんなに近くにあるのに……」
その魔王城からも、今日は何の動きもなかった。
こうして、王都から徒歩5分の魔王城と、やる気ゼロの勇者パーティーによる、世界で一番ゆるい対立が始まった。
世界の危機は、明日に持ち越しである。
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