第11話 正統な後継者

 「今朝…魔女様は、実験と称され…夕輝と行為に及ぼうとされましたよね?」

 「はい…。本当に申し訳なく思ってます。」

 「実はあの時、魔女様のお身体に元来備わっております異能が発動され、結果的に夕輝を拒む形になったのです。」

 「えっ?!あれは…私に備わっている異能の影響なのですか!?」

 「あの時は、お伝え出来ず申し訳ございません。実を言いますと…私、過去に“陽光の魔女”様を輩出しております…影島家の傍系の出でございます。それ故、今回…魔女様の教育役として適任だと、懐刀である夕輝と共々任命されたのでございます。」


 もう私は影島家に居るので、これからは影島くんのことは夕輝くんと呼ばせてもらう事にする。

 そう言えば…廻廊で影島家の成り立ちについて聞いた時、三姉妹の直系以外の傍系から女児…いや“陽光の魔女”が輩出されたような事を言っていた。

 しかし、それがまさか…夕輝くんのお母様、美夕日さんのご実家だったとは驚きを隠せない。

 と言うことは、夕輝くんは“陽光の魔女”直系でありながらも、傍系の“陽光の魔女”の血も引いていることになる。


 「そうなのですか?!」


 もうこれは、夕輝くんが高校から帰宅したら、一秒でも早く…再度、実験に挑戦しなければならなくなった。もう、失敗した理由が、私や夕輝くんの問題ではなく、魔女の異能が原因だと分かっているからだ。

 それくらい、美夕日さんからのカミングアウトは、私の中での実験に対する価値が急上昇した瞬間だった。


 「魔女様?驚かれたご様子ですが、如何なされましたか?」

 「いえ、失礼しました。お話の続きをお願いします。」

 「そうですか?では…先程の魔女様のお身体に備わる異能について…ご説明いたします。あの異能の効果については、今朝の件でお分かりの通りだと思いますが…魔女様の貞操をお護りいたします。発動条件としては、魔女様のお相手に対する恋愛感情が、不足されている場合です。」


 十八になっても、未だ恋心を理解出来ない私では、この状態のままであれば、実験など夢のまた夢の話だ。


 「なるほど…。そのような発動条件だったのですね…。そうであれば、私が子を成すことなど一生叶わぬ夢かもしれません…。」


 ほんの数秒前までの、実験に対する私の高揚感は美夕日さんの一言で、まるで嘘みたいに消え失せた。

 同時に、先程失敗した後と同じくらいの喪失感、絶望感が急激に襲い掛かってきたのだ。


 「あ、あれ…?」


 それまで美夕日さんと、部屋の中で立ち話をしていた私だったが、前触れもなく目の前が真っ暗となってしまった。


 ──トトッ…


 「魔女様…?どうされました?」

 「ま、前が…真っ暗で見えなくて…。」


 絶望的な事実に直面した私は、恐らく急激な緊張状態に陥ってしまい、貧血を起こしたのだろう。

 更に真っ暗な目の前には、キラキラと星のようなものが飛び交い始め、足元もフラついてきてしまった。


 ──トトッ…トットッ…


 「ま…さ…?!だ…じぃ…か!?」

 「え…?」


 プールの中に入っているかのように、美夕日さんの声がすごく遠くに聞こえ、徐々に何を言ってるのか分からなくなってきた。多分、自律神経がおかしくなった影響だろうか、平衡感覚がおかしくなってきていた。

 その為、私はまともに立っていられなくなり、その場でフラつきながらも、前後左右にとバランスを取って耐えていた。


 「ひ…。」


 ──トトトトッ…トトッ…


 「…ゃん!!」


 ──ガシッ…!!


 多分、美夕日さんが私に向かって何か言っているのが、微かに聞こえてきていた。その声が、急に近くに聞こえたかと思ったら、私は誰かに抱き抱えられてしまったのだ。


 「だ…誰?!」

 「私ですよ?」

 「あ、美夕日さん…。みっともない姿、何度もお見せしてしまって…。本当にすみません…。」

 「いえいえ。もし…夕輝の居ない間に、陽向ちゃんに何かあったら、絶対怒られますから…。少し動きますよ…?」


 まだ目の前が真っ暗の状態ではあったが、美夕日さんに抱き抱えられたまま、さっきいた場所から移動し始めた。


 「あ、あの…。夕輝くんのお母様なので…私自身のことについて、少し…お伝えしておかなければなりません…。」

 「はい。私としても…陽向ちゃんのこと、知っておきたいと思ってました。だから、何でも…包み隠さずにおっしゃってください。」


 さっきの口ぶりから想像するに、夕輝くんのお母様である美夕日さんは、きっと小学校の頃から私の事を…好意があるということを、聞かされてきたのだろう。

 ただ、運動会や学校行事などでは、影島くんのご家族はいつも不参加だったので、今朝の一件が最悪の初対面となった。

 話を戻すと、夕輝くんの将来のお嫁さんにでも私を…と思いを巡らせていたとしても、何らおかしくはない。

 だから、初期段階で夕輝くんの将来のお嫁さん候補としては、私は不良物件で絶対的に不適格である事実を、自分の口で示しておきたかった。


 「ありがとうございます…。実は…私、この歳になっても…未だに恋心が理解出来ないんです…。なので、もしかするとですが…。」

 「あら!?陽向ちゃん、今日まで苦しかったわよね…?ですが、安心して下さい!!」

 「え…?どういうことですか…?」

 「よく聞いて下さいね?『恋心が理解出来ない』ことですが、それは…まさに始祖である“陽光の魔女”様と同じなんです!!」


 驚くべきことに、異世界から転移してきた“陽光の魔女”も私と同じだったのだ。確かに、夕輝くんから始祖の魔女様の話はされたが、そんな事は言っていなかった。


 「これは…陽向ちゃんが、魔女様の正統なる後継者である証拠です!!この四百年もの間、そのような事をおっしゃられた魔女様は、おりませんでした。ですので、誇って下さって結構ですよ?」

 「は…ははは…。」

 「結局のところ、始祖の魔女様は影島家の御先祖様と結ばれ、三人も子を成しておりますし?」

 「ああああ!!確かに…!!そうでしたよね!!」

 「はい。ですので、是非ここは…私の愚息の夕輝をですね…?陽向ちゃんが…恋心を理解する為の“実験”として、ご活用頂けませんでしょうか?」


 影島家の成り立ちを、廻廊で夕輝くんから聞かされているだけに、美夕日さんのされたお話はやけに納得感あるものに聞こえた。

 この流れだと、歴史の再現実験を私にさせたいが為、息子の夕輝くんを差し出すという事だろう。全く知らない男子を宛てがわれるよりか、気心の知れた親友みたいな男子の方が全然良い。

 それに、今朝実験の前準備と称して、廻廊で初体験となる行為に及ぼうとした上で、見事失敗してみせた間柄だ。お互いに恥ずかしいものも、もうないだろう。


 「分かりました…。ですが、今朝のことが…夕輝くん、トラウマになってないと良いのですが…。」

 「そこについては、強要した魔女様に責任があると思います。仮に、夕輝がトラウマになっているのなら、魔女様が癒しとなって頂ければ如何でしょう?持ちつ持たれつ、まさに青春って感じで…とても良いじゃないですか?」

 「なるほど…。では…遠慮なく、夕輝くんのこと利用させて頂きますね?」

 「話は変わるのですが…。立ったままだと大変ですから、陽向ちゃんは…こちらにお掛け下さい。」


 ──ガタッ…ギギッ…


 「あ、はい…。」

 「こちらです。ゆっくり腰を落として下さいね?」


 ──ググッ…ギシッ…


 未だに目の前は真っ暗で、目が回った感じがするのは消えていなかった。ただ、話には区切りでもついたのだろう、美夕日さんが私を部屋にあった椅子へと座らせてきた。


 「夕輝が帰ってきたら、“陽光の魔女”様のすべき事を、詳しくお伝えさせて頂く予定でおります。それまでの間、少し…私とお買い物にでも行きましょうか?」

 「はい…。ですが、こんな見窄らしい格好で、私は美夕日さんとお買い物をご一緒させていただくことになります。本当に申し訳ございません…。」


 まさに今の私の姿は、着古し感たっぷりな黒色のジャージに、白地のTシャツ姿で…絶対に、美夕日さんとは釣り合わないことは分かっている。だからこそ、私には事前に謝る事しか方法を見出せなかった。

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