第10話 想像と実際

 ──ギギギギッ…


 影島くんの異能で創られた【廻廊】の突き当たりにある、本物の重々しく大きな玄関の扉が、音を立てて開き始めた。

 その様子を私は影島くんに手を繋がれた状態で、見守っている。相変わらず、影島くんの耳や顔は真っ赤のままだ。さっきも、廻廊を歩き出してからと言うもの、私の方へは顔を向けようとしもなかった。


 「(ねぇ…影島くん?今日は早く帰ってきてね?)」

 「(え…?どうして…?)」


 この場所から出てしまえば、廻廊に入って止まっていた時間が、再び動き出してしまう。そうしたら、影島くんはすぐにでも、高校へ行かなければならないことを私は思い出し、小さな声で耳打ちをした。


 ──ギギギギッ…


 「(帰ってきたら、まずは…私の初めての男性に影島くんは、ならないとね?)」

 「(ええええ?!きょ、今日するの!?数年ぶりに、再会したばかりなのに?!もう、いきなり!?)」


 スムーズに実験を始める為には、事前に色々と下準備をしなくてはならない。今回の場合は、ある程度の予行練習が必要不可欠だと思っている。更に言えば、相性や適合具合の確認も重要な要素になってくるだろう。

 

 「(別に…影島くんが嫌なら、良いんだけどね?じゃあ、影島くんのお父さんにでも…頼もうかな?)」

 「(そ、それはダメ!!絶対ダメ!!ぼ、僕が…!!ひ…陽向ちゃんの、初めての男性になるから!!)」

 「(無理しないでね?影島くんの家、代わりはいっぱい居そうだし?)」

 「(ぜ…絶対、僕にならせて下さい!!)」

 「(うーん。でもね…どうしようかな…?やっぱり、馴れてる大人の男性の方が…。)」


 ──ガコンッ…!!


 ちょっと揶揄い気味で、私が影島くんに耳打ちをしながら、煽っていた時だった。私たちのすぐ目の前に見えていた両開きの玄関の扉が、完全に開き切ったような音が聞こえたのだ。


 「(陽向…ちゃん?そんな風に…さ?僕の気持ち…弄んで試したいんだったら…!!今すぐ…ここでしてあげるよ!!)」

 「(うん…!!良いよ…?ほら、早く…!!私のこと、開通済みにしてくれない?命令だよ?)」


 ──ガシッ…!!ググッ…!!


 影島くんは手を繋いでいないもう片方の手で、私の肩のあたりを掴んだ。すると私の身体は、徐々に後方へと押し倒され始めてしまった。

 確かに、私は影島くんを煽っていたのは事実だ。でも、扉の向こうでは、恐らく私を出迎える雰囲気が漂っているのが、こちらからでも見てとれる。


 「では、魔女様のお望み通り、この場所でして差し上げます。」

 「え?!こんなところで!?もう、影島くんてば…冗談だから!!ね…?」


 玄関から僅かだけ離れた廻廊の上へと、ゆっくりと影島くんに押し倒される形で私の背中が着いた。扉の向こうに目をやると、当然のことながら私たちのこの光景に驚いているのがよく見える。


 ──バタッ!!バタッ!!バタバタバタバタッ!!

 ──ガシッ…!!ガシッ…!!


 「魔女様?あと少しの辛抱ですからね?お静かに、お待ち下さい。」

 「ダメ!!影島くん!!冗談だよ!!いつもの冗談だから!!」


 必死に抵抗を試みている私の両脚を、それぞれの手で思い切り掴んだ影島くんは、その勢いのまま自分の両脇へと抱えてしまった。


 「魔女様のご命令は絶対ですから?ゴメンね。陽向ちゃん、悪く思わないで?一度、魔女が命令したことは…撤回不能でね?絶対、遂行しないとダメなんだ。」

 「…。」


 魔女の命令は撤回不能だなんてことは、私はそんな話聞かされていない。確かに、影島くんを煽りながら『命令だよ?』とは勢いで私も言ってしまったが、こんな事態になるなんて思いもしなかった。


 「魔女様らしく、潔く覚悟を決められては如何ですか?この期に及んで、魔女様ともあろうお方が…みっともないですよ?」

 

 ──グイイイイッ…!!


 そう言うと、影島くんは両手に力を込めて、私の両脚を大きく開き始めた。


 「ダメダメダメダメ…!!わ…私、合意してないから!!」

 「はぁ…。もう、見苦しいですよ…?今回のこの流れ、魔女様からのお話でしたよね…?僕の方こそ、魔女様に命令され強要されている側なのですが…?」


 思わず、『合意していない』と口から出てしまったが、言われてみれば全ての元凶は私だった。影島くんと遊んでいた頃を思い出して、ついその調子で煽らなければ良かったことだ。

 恋心が理解出来ないからなのか、それとも私のどこかに異常があるのかは調べていないので不明だが、アニメなどで恋しているキャラが感じるような、ドキドキが全くしないのだ。

 もし、私がごく普通の感覚のお年頃の女子であれば、実験云々の話以前の問題で、とっくに赤面していてこんな事態には陥っていない筈だ。


 「面倒に巻き込んじゃって、影島くん…ゴメンね?もう、私…覚悟決めたよ?だから、早く…終わらせて?」

 「うん…。ひ…陽向ちゃん、僕の為に…ありがとう。」


 ──ズズッ…ズズズズッ…

 ──ジジジジジィィィィッ…パチンッ…


 私に覆い被さるようにして、影島くんが色々と準備を始めた。すると、影島くんの手によって、二人とも肌が露わになっていくのが、音や雰囲気でよく分かった。


 「はぁ…っはぁ…っ。そ、それじゃあ、一思いにいくね?」

 「う、うん…!!」



─_─_─_─_


 これは、例え話だ。超大型のシールド掘削機によって、トンネル開通工事が実施された。

 しかし、シールド掘削機の掘進を拒む程に岩盤が強硬の為、あえなく工事は一時中断と判断され、先送りとなった。

 何事も想像通りにはいかないのだと、思い知らされる結果となった。


 まぁ…そんなわけで、“陽光の魔女”を歓迎しようと、廻廊が繋げられた状態の玄関の先にあったエントランスへと、影島家の関係者たちが集まっていた。

 その関係者が見守る前で、私たちはそれぞれの思惑を胸に抱いて凶行に走ったのだ。

 そして、現実に打ちのめされた私たちは失意の底へと落ち、やる気も失せて抜け殻のように、廻廊に横たわっていた。


 そんな私たちの下へと、心配して影島くんのお母様が様子を見にやってきた。

 その為、何とか自分を奮い立たせた影島くんが上体を起こすと、至った経緯を簡単に説明してくれた。すると、『魔女様のご命令であれば仕方のないことです。』と影島くんのお母様には納得されてしまい、廻廊を抜けてからも、私たちへのお咎めは一切なかった。

 ただ、私が信仰の対象である“陽光の魔女”だったからで、普通であれば大目玉も良いところだろう。


 それから間も無くして、影島家の方々から手厚い歓迎を受けた私は、早々に“陽光の魔女”専用の部屋へと通された。

 しかし、義父や陽日璃については、影島家からの庇護は同様に受けることになるのだが、生活する部屋は私とは別になる話をつい先程聞かされた。


 「改めまして…魔女様。わたくしは夕輝の母親で美夕日みゆかと申します。本日より夕輝の不在時につきまして、身の回りのお世話を担当させて頂きますので、よろしくお願い申し上げます。」

 「はい。こちらこそ、よろしくお願いします…。」


 今、私がいるのは、代々“陽光の魔女”が使用してきた部屋のようで、広さは二十畳以上あるだろうか。朝まで私たちが住んでいた借家より、広いかもしれない。

 そんな広い部屋で、私は影島くんこと夕輝くんのお母様と二人きりだ。しかも、先程の一件の事もあるので、凄くばつが悪い。


 「昔から、陽向ちゃんの話を夕輝からはよく聞かされておりました。だから、夕輝は魔女様にお仕えできて、本当に光栄なのだと思います。ただ…夕輝の母親として、陽向ちゃんに対して…一言だけお伝えしたい事がございます。」


 先程から“魔女様”と“陽向ちゃん”と、私に対しての呼び方を使い分けて、美夕日さんは話しかけてくる。何となくではあるが、これから美夕日さんの言わんとすることが、私は分かってしまった。

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