第六章 第一節 選別の時間
第六章 表紙
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挿絵 6-1
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“あ、あれは、何でしょうか!! 輝く、大きな物体が見えます! 大きい! 巨人! 巨人です! 大きな巨人がいます!”
国内に初めて現れた「かぐや姫」は、着物姿で、髪の長い女性のような姿をしていたらしい。
2139年。富士山の麓の街は、国内で初めての空間崩壊に飲み込まれた。
初夏に現れた輝く化物。その土地にまつわる昔話になぞらえて、空間崩壊を呼び起こす化物は「かぐや姫」と国内で呼ばれている。
ふうと一息つき、
小さなタブレットから窓へと目を移す。
ちゅんちゅんと、気持ちいい鳴き声。
少し肌寒い、明け方の警戒室。
夏の終わりが近い。
一人だけの警戒室の朝。
静かな時間が流れる。
カチャ。
水野先輩が入ってくる。
「おかえりなさい」
「ああ」
水野先輩がソファの端へ座る。
警戒室で二人きりになるのは珍しい。
私は読みかけの本を手に取り、
ペラっとめくる。
「有瀬」
「はい」
「有瀬の生まれは郡山だったな?」
「はい。そうです」
「郡山は大きな街だったか?」
「ええ。大きな街…、だと思います」
「そうか」
「急にどうしたんです?」
水野先輩を見る。
先輩は窓の外を眺める。
「今、防衛省でシステムの更新が行われているらしい」
「はい。この間、陸佐と橘先輩が話していた件ですね」
「そうだったか。更新の内容を知っているか?」
「詳しくは…。確か出撃が流れの話をしていたと思います」
「そうか。これまで、俺たちの出撃範囲の中でも、俺たちが向かわずに空間崩壊が起きていたことを知っているか?」
私はきょとんとする。
「私たちに出撃命令が出なかったことが…?」
この半年を思い出す。
出撃せずに起きた空間崩壊は、小倉市の端で起きた空間崩壊だけ。
他にもあっただろうか。
「思い当たるのは、九州だけです」
水野先輩は天井を見上げる。
「すまない。有瀬はまだ此処にいなかったかもしれないな」
「そんなことが?」
「ああ、何度か、な」
「知りませんでした」
「いわゆる過疎地域とされる場所だ。知らなくても不思議じゃない。被害を受けた者も、都市部と比べて僅かだ」
「はい。ですが、なぜ出撃命令が出なかったんですか?」
「適合者や、軍の消耗を防ぐためだ」
「私たちの消耗?」
「ああ、限られた貴重な戦力だ。100人、200人程度の生活圏を守るために、死んでもらったら困るのさ」
「そんな…」
先輩の顔はなんだか悲しそうだ。
「俺たちにしても、悪い話じゃない。戦闘の機会は、1度でも少ないほうがいい。かぐや姫を前にすれば、いつ死んでもおかしくない」
「…そうですね」
「そういった地域でも、軍の避難誘導は行われている。山岳部が多く、基地は遠い。軍の救助は、遅れることも多いようだが」
「知りませんでした。人が少ない場所は、私たちは派遣されないんですね。これまで、そういう地域の人は、上手く避難できていたんですか?」
「概ねはな。だが、当然死者も出ている」
「…」
出来ることなら、かぐや姫と戦いたくはない。
でも、そのせいで見捨てられるような地域もあったのか。
「俺の生まれて育ったところは、そういった過疎地域だ」
「え…?」
「俺のふるさとの場合、軍の避難誘導も上手くいかなかったのかもしれない。俺たちが勝手な動きをして、見ていないだけかもしれないが」
「…水野先輩のふるさとは、空間崩壊で…?」
「ああ、祖父が亡くなった。母親は、偶然離れた村へ行っていたから助かったがな」
「そう…、ですか」
「今、防衛省がやっているシステムの更新は、こういう過疎地域への出撃を組み込むものだ」
「え…。」
かぐや姫との戦いが増える。
不安が大きくなる。
「急に切り替わる訳じゃない。しばらくは、上層部が出撃の判断を行うらしい」
「私たちの出撃手順も変わるんですか?」
「今まで通りだろう。ただ、これまでのように、Z.A.Λの観測情報が即時に流れてくることはないだろう」
「それが、陸佐の言っていたこと…、なんですね」
「多分な」
水野先輩は小さいタブレットを手に取り、
ポチポチと押す。
「あの…、水野先輩はどう思っていますか」
「なにをだ?」
「…過疎地に私たちが派遣されること」
タブレット触るのをやめ、先輩はまた天井を見上げる。
「好ましくは思っていない。出れば、誰かが死ぬかもしれないからな」
「…はい」
「ただ、あの時、来て欲しかったと、そう思う時はある」
「…」
水野先輩が目を閉じる。
私は何かを言うことが出来なかった。
「あと数日でアップデートの見込み。メディアも騒ぎ立てておりません。順調に進んでおりますわね。三隅大臣」
大臣室。
自席に座る、三隅防衛大臣と向かい合う。
「ああ、わずかな期間とはいえ、疲れたよ」
「無理もありません。常に気を張られておりますもの」
「まったくだ」
ずいぶんと疲れているように見える。
「このまま何事も起きずに、更新が終わることを祈るよ」
「ええ、そうですわね」
適合者の自動出撃システムが、過疎地を含めた全ての有人地域へ切り替えられる。
出撃機会は、いくらか増えるだろう。
「失礼致します。お身体を大事に、ご自愛ください。大臣」
「ああ」
大臣室をあとにし、エレベーターに乗る。
「この期間に現れたら…。そう都合よくは、来てはくれないものよね」
唇を人差し指でトントンと触る。
「お疲れー。あがるわ」
日の暮れたころ、葉山先輩が警戒室を出ていく。
「お疲れ様です」
「葉山先輩、また明日―」
柳原が先輩にお辞儀をする。
「あの、橘先輩、よろしいでしょうか?」
「どうした」
橘先輩が新聞を読みながら返事をする。
「以前、二藤陸佐と出撃システムについて、お話をされていましたが、まだ終わっていないのでしょうか」
「そうだろうな。あれ以降なにもない。気になるのか?」
「はい。水野先輩から出撃機会が増えると聞きましたので…」
「気にしても仕方がない。どの程度増えるかも未知数だ。言われたら出る。それだけだ」
「…はい」
“ここ、奈良県十津川村では、周辺で起きた空間崩壊から、10年が経とうとしています。植林が進み、災害の傷跡には木々が生い茂り、元の豊かな山並みが戻ってきているようです”
「柳原さんが家族と住んでいたところは、街中だった?」
食堂で柳原さんと、遅めの夕食をとる。
パスタをくるくると回していた柳原さんが、不思議そうに私を見る。
「都市部といえば、都市部ですね。でも、ベッドタウンというか…」
「そうだよね」
「なにかありました?」
柳原さんのフォークが止まる。
「これまで、人が少ない地域には、私たちの出撃命令は出ていなかったって。水野先輩が言っててね」
「え、そうなんですか?」
「うん。でもね。今度からは変わるみたい」
自分のパスタを、スプーンの上でくるくると回す。
柳原さんは手を止めたまま。
「人が少ない地域の対応には、人員を送らないって、ひどい話ですけど、理解もできます」
「うん…」
「昔から都市部に人が流れて、そういう地域の人はどんどん減っていますしね」
「そうだね」
「公共サービスやインフラも廃止されたり、人が減ると、だんだん住みにくい地域になっちゃうんですよね。おばあちゃんの所もそんな感じでした」
「そうなんだね。私は小さい時から施設だったから、よくわからなくて…」
パクっとパスタを咥える。
「人が少ないなら、避難誘導はスムーズなのかもしれないですしね。家がなくなっちゃうのは悲しいですけど」
「うん」
「ダムとか、発電所とか、たくさんの人の生活に係わる施設がなかったら、人員も出せないんですよ」
「そう、だよね…」
「私たちも命がけですから、出動はできるだけ避けたいですしね」
「うん。私もそう思う」
スプーンとフォークをお皿に置く。
「でもね…。水野先輩は、そういう地域の出身で…。おじいさんが亡くなったって…」
「え…、あ…、すいません」
「んーん。私じゃなくて、水野先輩の話だから…。私も何が正しいのかなって…」
気まずそうにしながら、柳原さんもパスタを口に運ぶ。
ウウウウウウウ!!
深夜の警戒室に、
2か月ぶりのサイレンが鳴る。
寝ていた橘先輩が、顔の上の新聞をバサっとどける。
「出動ですか!?」
「…うん」
柳原さんと私はモニターを見る。
兵庫の山間部が映る。
「山間部か…、厄介だな」
橘先輩がぼやく。
「都市部じゃない。システムの変更で加わった地域でしょうか」
「だろうな。ん…? いや待て…。予兆発生時間を見ろ」
「え?」
予兆発生時間は0時30と記されている。
今は0時45分。
いつもならタイムラグは1分もないのに。
「いつもより警報が遅れていますね。早く行かないと…」
柳原さんは焦ったような表情。
「柳原、河嶋を起こしに行け。急がせろ」
「はい!」
柳原さんは警戒室を飛び出す。
「私たちの到着が遅れるなんて…、ないですよね?」
「ああ、距離は近いからな」
橘先輩がモニターを睨みつける。
「西日本方面、警報発令されました」
「よし、順調だな」
防衛省内の大きな会議室。
スーツ姿の男たちが、防衛副大臣の新垣(にいがき)を囲っている。
「素晴らしい。迅速なご判断でしたわ。新垣副大臣」
「君のおかげでスムーズに事が運んだ。それにしても、帰っていなかったのか。桐ケ谷君」
私は副大臣に声をかける。
「ええ、システム移行中の有事ですから。元職員としても、見届けませんとね」
「君はここの職員だったな。流石だ。感服したよ」
「ふふ。ありがとうございます。三隅大臣もこちらに向かわれておりますわ」
「そうか。君は良く手が回るな。大臣が、片腕と言っているのも頷ける」
「もったいないお言葉です」
ふふっと副大臣に笑いかける。
”Twenty minutes”
「はあ、なんで、警報が遅いんだよ。準備が短けーだろ」
葉山先輩がイライラしながら、銃器をチェックしている。
基地から飛び立つアヴァロン。
「今は、人が判断しているんだ。仕方あるまい」
塩見機長が葉山先輩のほうへチラっと振り返る。
ピカッ。
水野先輩が肩の小さいプロジェクターを、
アヴァロンの床に投影する。
「支度をしながら聞いてくれ。今回は難しい地形だ。斜面にある田園地帯。水路も流れている。降下時に足を取られると危ない。注意しろ」
「はあ、なんでそんな山奥に行くんだよ」
不機嫌な葉山先輩を、水野先輩が横目で見る。
「人が住んでいるからだろう」
「んな山奥、ほとんど住んでねーだろ」
「ああ。だが、そういった場所でも人の生活はある。林業や農業が多くの人を支えている。忘れないでほしい」
「あ? 今そんな話してねーよ」
二人の先輩が苛立っているように見える。
「あ、あのー…、先輩方」
「水野、ブリーフィングを続けろ」
ミナモが二人を、なだめようとしたところ、
橘先輩が遮る。
「失礼。続けよう。俺と葉山は、斜面の高い所で待ち受ける。他は後方を維持してくれ。
斜面を下ると危険だ。なるべく平坦な位置をキープしろ」
「はい」
「わかりました」
副機長の市川さんが振り返る。
「水野、現地の軍は、ヘリでの避難誘導しかできない。山間部だ。援護の車両は届いていないぞ」
「聞いての通りだ。何かあっても武器の変えは期待できない。俺と葉山は予備のライフルを携行しよう」
「ああ」
葉山先輩が不機嫌そうに返事をする。
「以上だ。準備を怠るな」
プロジェクターを切り、
水野先輩がカチャカチャと銃器の準備を始める。
「水野先輩…。大丈夫ですか?」
「なにがだ」
「いえ…」
私も水野先輩の隣で準備を整える。
「な、なに!? どういうことだ!?」
「Z.A.Λの予兆情報です! 今、新しいものが!」
「さっきの物じゃないのか?」
「新情報、名古屋です!」
「なに!?」
防衛省の会議室が騒がしい。
「西日本の対応隊は? 残った人員はいないか?」
「…全員出撃しておりますわね」
新垣副大臣が私を見る。
「対応できそうな部隊はどこだ?」
「首都対応隊なら…、光体の出現前に到着可能かもしれません」
「いや、しかしな…」
新垣副大臣が苦い顔をする。
扉から、勢いよく三隅防衛大臣が入ってくる。
「どうなっているんだね!」
「大臣。西日本の対応隊が兵庫の山間部へ出撃中です。しかし、たった今、名古屋市内の予兆情報が流れてきまして…」
「なんだと」
「首都対応隊なら、間に合う可能性がありますが…」
三隅大臣の表情が険しい。
「首都の対応隊は動かせん。ここは国の中心だ。このタイミングで起きたらどうする」
「どう致しますか? 西日本対応隊の目的地を変更させますか?」
副大臣の言葉に、三隅大臣がむうっと唸る。
「西日本の対応隊は、今どのあたりですか?」
私は防衛省の職員に尋ねる。
職員はタブレットを見る。
「到着予定まで、10分弱です」
さて、どうする?
私は人差し指で唇とトントンとする。
「大臣。西日本の対応隊を、二手に分けるはいかがです?」
私は三隅大臣を見つめる。
「分けるだと?」
「兵庫の予定地へ一部の適合者を残し、その他の人員を名古屋へ向かわせるのです」
大臣が腕を組む。
「しかし、所属の適合者は6名だろう。半数で分けて、3人で対応できるのかね」
「半数で…、分ける必要はないのでは?」
「なに?」
「過疎地であれ、空間崩壊に対応するために、適合者を派遣したという事実が重要なのではありませんか?」
ざわざわと男たちが騒ぎ始める。
「どういうことだね…?」
私は真っ直ぐに大臣と向かい合う。
「山間部へ残す人員は、半数以下でも構わないのでは?」
「…二人だけ残すなど、失敗を見越しているようなものだぞ」
大臣の表情が一層険しくなる。
私は表情を変えずに向き合う。
「適合者が対応していたという事実があれば、体裁は保たれましょう」
「しかしだね…」
私は真っ直ぐに大臣を見つめる。
「小倉の空間崩壊は中心地からそれていましたが、今回は大都市の中心で出現する見込みです。空間崩壊が起きれば、それこそ政権が揺るぎかねません」
「だがね…」
「まもなく、西日本の対応隊が到着いたします。今、ご決断をいただければ、名古屋にも間に合いますわ」
三隅大臣は片手のひらで顔を覆い、深い溜息をつく。
会議室が静まり返る。
※ 次回 2025年8月24日 日曜日 21:00 更新予定
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