第四章 第二節  故人の願い

挿絵 4-2

https://kakuyomu.jp/users/unskillful/news/16818622177297925586


-------------------------------------



「おい! 見たか?」

「何を?」

「ネット見てないのか? どこもこの話題で持ちきりだ!」

「何をそんなに焦っているんだよ」

「いいから見ろって!」


早朝の庁舎。

廊下が騒がしくて、目を覚ます。

警戒室で座ったまま寝てしまっていた。

足元に落ちている読みかけの本を、サイドテーブルに拾い上げる。


「…。何かありましたか?」


ソファーで小さいタブレットを見つめる水野先輩。


「ん…、ああ」


はっきりとしない返答に違和感がある。

ミナモは壁沿いに二つ椅子を並べて、丸まるように寝ている。


「…。すぐにわかることだ、見てもいいだろう」

「…なんです?」


水野先輩から小さいタブレットを受け取る。


画面に映る見出しの文字に、ぎゅっと心臓が掴まれる。


“かぐや姫との戦闘に参加した高濃度汚染者の死亡者リストが流出。 未成年の名前も”


「え…」


一瞬固まってしまったが、画面をスクロールさせて、リンクされた先へ飛んでみる。

誰かのつぶやきページに飛び、“流出死亡者リスト“と書かれたファイルが置いてある。

恐る恐るそれを開く。

たくさんの人の名前。

指でどんどんスクロールしていく。


鬼塚ナオヤ


加藤ユーキ


ビクンっと肩が震える。



「あ、あの…」


タブレットを手に固まる私。

水野先輩がソファーから立ち上がり、

私の手からタブレットをすっと取る。


「早いうちに、何か動きがあるだろう」


そういって、スタスタと警戒室を出ていく。


まだ寝ているミナモの横でうずくまる。


「…私たち、これからどうなるのかな?」


頭の後ろのほうで、スースーと静かな寝息が聞こえる。



「ええ、はい。…かしこまりました。」


二藤陸佐がガチャと受話器を置く。


「…どうなった?」


ソファーに座る橘先輩が、二藤陸佐に向く。


「しばらく近接戦闘は避けざるを得ないな」


橘先輩の眉間の皺が深くなる。


「近づかなければ、共鳴は弱い。遠距離射撃には限界があるぞ」

「…そうだな。そして問題は、これがいつまで続くのかだ」

「今日、明日に出現したらどうなる?」


むうっと、二藤陸佐がうなるような鼻息をする。



“えー、ただいま国会議事堂前です。現在時刻は7時30分ですが、

すでに千人を超える人が集まっており、

多くの人が高濃度汚染者の隔離政策の見直しを訴えています。”


“これは、大変なことになりましたね。”


“はい、こういった事例は、かつての感染病患者の隔離政策でもみられまして、

当事者の情報が不透明であることが、社会不安を招いています。

今回もそういった不満が爆発するような形となり、大きな波紋を呼んでいますね。”


“ええ、おっしゃる通りです。それでは、このあとも引き続き現場から、

情報をお伝えしていきます。”



「はあ…、知っての通りだ、数日の間はメディアやデモが過激化するだろう。避難指示もまともに機能するか怪しい所だな」


机に座る橘先輩が、珍しく顔を上げながら言う。

ミナモと柳原さんは、話を聞いているのか、いないのか、タブレットに釘付けになっている。

二人をちらっと見た後、続ける。


「役人共も、適合者の消耗はなんとか避けたい状況だ。化物への接近は避けろと言われている」

「なら、どうしろってんだよ」


葉山先輩が橘先輩を横顔で見る。


「アヴァロンから、2000m級の超々距離狙撃だ」

「はあ、馬鹿か? できるわけねーだろ」

「ああ、馬鹿だよ。事態が冷め上がるまでの特例処置だ」


葉山先輩が、溜息をついて、不貞腐れたように前髪をかき上げる。

水野先輩は腕を組んでうつむいたまま。

私は水野先輩の横で顔色を伺うしかない。


「はあ、もういいや」

「…どこへいく」

「寝るんだよ。まだ非番だろ」

「まだ話は終わっていない」

「今できる話はねーよ」


水野先輩が止めようとしたが、さっさと葉山先輩は出て行ってしまった。


「はあ、あの馬鹿が。もうこの話は止めだ」


橘先輩も新聞を持って、どこかへ行ってしまった。

水野先輩もソファーの端に座って、考えるようにタブレットを見つめる。


「ねえ、これってどういうこと? 私たちって、戦わなくてよくなるの?」

「そう…、かもしれないけど…。でも…そうなったら、かぐや姫はどうするんだろう?」

「んー。実は、すんごい秘密兵器とかあったりするのかな?」

「あるわけがない」


ミナモと、柳原さんの会話に水野先輩が口を挟み、

二人はビクっとして黙り込む。



太陽の真上からの光が、アスファルトを照らしつける。

ジワジワとした照り返しが、陽炎を揺らす。


「オーライ、オーライ!」


アヴァロンの方へとバックするトラック。

荷台に巨大なガトリング砲を乗せている。


「なんだありゃ」


見慣れない巨大な銃火器に橘先輩がぼやく。

隣の二藤陸佐が、パタパタと帽子で顔を仰ぐ。


「アヴェンジャーの改造品だ。空軍の格納庫から、急遽取り寄せた」

「あれでやろうってのか? あんなもん積んで飛べるのかよ」

「やれることをやるしかないだろう」


橘先輩が両手のひらを上に向ける。


「どうせ無駄だ。1キロも離れりゃ、共鳴は届かない。2キロなんて共鳴が起きるかも怪しい。銃の威力だけじゃどうにもならん」

「現場の…。臨機応変でしか、対応できんだろうな」

「……。ああ、その通りだ」


二人はゆっくりと砲台が積み込まれるのを見守った。



警戒室ではミナモと柳原さんが、バツが悪そうにショボンとしている。


「水野先輩」

「なんだ」

「Λ粒子との共鳴の強さは、かぐや姫との距離によって決まるんですよね?」

「概ねはな」

「私たちの意思とは無関係なんですよね?」

「…。そうだ、とも言い切れない。なぜそう思う?」

「以前の戦闘で高所から落ちたとき、もっとゆっくり落ちて、と願ったんです」

「…」

「そしたら、空気の抵抗ができたみたいに感じて…」


両手をわずかに広げてみせる。

かぐや姫に突き上げられて、モモンガのように滑空したことを思い出す。


「…共鳴中に、自分の意思が介在していると考えられることはいくつもある」

「はい」

「そもそも、俺たちが高く飛び跳ねるとき、本来なら、落下時の衝撃で足が折れてもおかしくはない」

「確かにそうですね。普段なら、あの高さから落ちたら、無事じゃすまないですよね」


柳原さんがパチクリと水野先輩を見る。

水野先輩は、彼女をチラっと見て、タブレットに向き直る。


「だが実際には、そこまでの衝撃は受けない。なぜだと思う?」


私は柳原さん、ミナモと見つめあう。


「分厚い綿を踏むような感覚はあります。それと、膝のクッションを使って着地するイメージです」

「俺も同じだ。現に俺たちは無事。だが実際には、人体が受け止められないほどの力が加わっている」

「どういうことですか?」

「人の意思だ。無事に着地したいと思っている。それを粒子がアシストしてる」

「そんなことが…」

「あくまで個人の仮説だ。研究資料があるわけじゃない」


私は手の平を見つめ、銃は持っていないけど、グリップを握るようにしてみる。


「それは、銃を撃つときにも作用しているんですか?」

「そう思っている。奴を倒せという思いに、反応しているんじゃないかとな」


ミナモが思いついたように水野先輩を見る。


「じゃあ、みんなで願えばいいんじゃないですか? 一つの銃を持って!」

「なに?」

「みんなで一つの狙撃銃を持ってお願いするんですよ! アイツに届けって!」


私は不思議そうにミナモを見る。

水野先輩も横目で見る。


「試したことはない。しかし、考えは面白いかもしれない」


ミナモはフフンと鼻息を立てる。


「あくまで仮説だ。状況によっては、試してもいいかもしれないな」



“皆様、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。

防衛省として、重大な情報流出事案が発生したことを確認いたしました。

遺族の皆様、関係者各位、ならびに国民の皆様に、多大なるご心痛と混乱をおかけしておりますことを、心より深くお詫び申し上げます“


食堂のモニターで、防衛大臣の会見を大勢の人が見ている。

葉山先輩も後ろの方で見ている。


“日開メディアの佐山です。

ご遺族の方からは、ご遺体と面会もできず、収容施設から送られてきた訃報の内容として、Λ粒子異常増殖によるものとだけ記載されていたことについて、

強い怒りと、疑念の声が上がっています。これについて、どうお考えでしょうか?”


葉山先輩の眉が吊り上がる。


“ご指摘の件につきまして、まず、亡くなられた方々のご遺族の皆様に、

深い哀悼の意を表するとともに、誤解を招く表現があったことを深く、謝罪申し上げます。

異常増殖という表現は、あくまで医学的に―”


「ふざけんじゃねえぞ!!」


ガーンと机を蹴り飛ばす。

大きな音に、一斉に視線が集まる。

葉山先輩は食堂を後にする。



日の光がオレンジ色に染まり始める。

風が吹くたび、庁舎の裏の大きな木がサーっと音を立てている。

いくつもの葉が揺れて擦れあっているのを、仰ぎ見る。


「加藤君…。何が正しいのかな? 私たち、これからどうなるの?」


サーッと大きく揺れる枝葉の言葉は、私にはわからなかった。



「お疲れ様でした。三隅防衛大臣」


官邸の控え室で、黒い髪の長い女性が防衛大臣を迎える。


「事態の深刻さもわからず、ただ国民感情を煽りたいだけ。馬鹿な記者どもには堪えるよ」


大臣は入口で秘書に手の平を見せ、それに答えるように一礼して去っていく。

気だるそうにソファーにどさっと腰かける。


「ええ、おっしゃる通りですわね」

「光体との戦闘に耐えうる人材は、ごく僅かだ。消耗も激しい。志願者だけで都合よく賄えるわけがないのは、少し頭を使えばわかることだと思うがね」

「ええ、それで自分たちの生活が守られていることも、彼らには理解できないのでしょう」

「愚かな話だ。…桐ケ谷君は元防衛省だね。どこから漏れたか調べているか?」

「はい。昔の伝手を頼って、調べて頂いております」

「まったく、面倒なヤカラもいたものだ。鎮静化するのは時間がかかるだろうな」


防衛大臣が背もたれに深くもたれ込んだ。

桐ケ谷はコポコポとお茶を入れ、テーブルへと差し出す。

緑茶から立ち上がる湯気が静かに揺れる。



一夜明けると、基地内の混乱は収まったのか、みんな普段通りに見える。


ガンガンガン


アヴァロンの内部で整備の幸田さん達が、騒がしく動いている。


「これは、また大層だな…」


その様子を見守る橘先輩がぼやく。

後部ハッチから、巨大なガトリングガンの銃口が覗いている。

水野先輩は雲一つない、晴れた空へと目を移す。


「…あの様子では、次の出撃に全員は乗れない」

「さて…、どうしたもんかね…」


橘先輩が丸めた新聞を肩に担いだ。



警戒室では葉山先輩がみるからにイライラとしていて、

ソファーに肘をついて、髪の毛をずっと触っている。

その様子を私とミナモが端のほうで見ている。


「あ、あの葉山先輩?」


ミナモの言葉を押さえようと、無意識に左手が前に出る。


「え、なに? ハルカちゃん」


葉山先輩が不機嫌そうにミナモを見る。


「呼んだかよ?」


私はミナモの顔を隠すように、ブンブンと手を振る。


「あ、あの、コーヒー淹れましょうか?」

「え? …ああ」


私は立ち上がってコーヒーメーカーへ急ぐ。


「先輩、今日はいつもと感じが違いますね」

「…そうか?」


止まらないミナモ。

私の心拍数が上がっていく。


「なんか、嫌なことがあったのかなって」

「…。河嶋。お前の家族は、今どうしてるか知ってるか?」

「家族?」


ミナモはきょとんとしている。


「俺の実家は小さい町工場でな。それなりに繁盛してる」

「うん」

「今でもネットで会社のサイトを見ては、まだやってんだなって嬉しくなるよ」

「いいですね、私もママのつぶやきを時々見ますよ。」


そういって手慣れた様子で、小さいタブレットをポチポチと触っては、

画面を葉山先輩にパッと見せる。


「ほら、私の心配をずっとしてくれてるみたいです」


ミナモが伏し目がちにタブレットを見る。


「返信が制限されてるから、大丈夫って伝えられないのが悲しいですけど…」


葉山先輩もソファー前のテーブルに目を移す。


「俺も同じだよ。でもな、向こうが生きてるって、わかるだけで嬉しいんだよ」

「わかります! その気持ち!」


ミナモの明るい声に、葉山先輩の表情も緩む。

しかし、すぐに険しい顔に戻ってしまう。


「俺たちが死んだら、家族には知らせが行くらしい。少なくとも、それはよかったよ」

「うん…」


葉山先輩はゆっくりと上を向く。


「俺な、自分がかぐや姫と戦ってることは、しょーがねーから、別にいいって思ってる」

「え?」

「だからな、俺が死んだときはさ、家族には、コイツ頑張ってたんだよって、伝えてほしいんだよな」


ミナモがちょっと驚いた表情をしたあと、心配そうに葉山先輩を見る。

コトっとテーブルにマグカップを置きながら、

私も顔色を伺う。


「あーもういいや、なんでもねーよ!」


葉山先輩はソファーの背に、顔を隠すように寝転んでしまった。

私たちは葉山先輩の様子を、覗き込むように伺う。


ウウウウウウウウウウ!

突然、スピーカーから流れる大きな音に、

肩がビクっとする。


「サイレン!?」


ミナモが慌てて立ち上がる。


「戻りました! 場所はどこですか!?」


柳原さんが駆けこんでくる。

モニターに私たちの視線が集中する。


「あ…、ここは…」


昔、聞いた話を思い出す。

紀伊半島の南西沿岸。

和歌山の白浜。


「私の地元じゃん…」


ミナモの顔が青ざめる。

葉山先輩は目を開き、ソファーの背を真っ直ぐに見つめる。

テーブルに置かれたコーヒーは、すでに湯気を失っていた。





※ 次回 2025年7月30日 水曜日 21:00 更新予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る