第四章 第一節  あなたの名前

挿絵 4-1

https://kakuyomu.jp/users/unskillful/news/16818622177292583261


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“大臣、6月12日の日報新聞にこうあります。

隔離された未成年の従軍映像が拡散 ネット上で波紋広がる。

以下省略します。

防衛施設内とみられる場所で、未成年と見られる少女の姿が記録されており、

ソーシャルメディアや掲示板では「少年兵ではないか」といった声が相次いだ。

そして最後にこうあります。

防衛省は、当該映像の真偽を含めた調査を進めているとしており、

「現時点でのコメントは差し控える」としている。

防衛大臣に質問します。この調査はどうなりましたか?“


食堂に流れる国会中継。

興味はないが、モニターのすぐ前の席にいるので、

嫌でも耳に入ってくる。


“防衛大臣。―。


はい。光体災害の対応に当たる人員は、

対光体災害緊急事態における代替人員の確保に関する特別措置法、

いわゆる、インスタントリプレイス制度に基づいて厳選された人員であり、

取り上げられるべき問題は起きていないと判断しております。“


モニターの中の防衛大臣が、スタスタと席に戻っていく。

大臣の席の後ろのほうに、黒い髪の長い女性が映る。


“はい。桝川君。―。


大臣。その厳選された人というのは、

自ら志願して防災に当たっているということでしょうか?


防衛大臣。―。


はい。対応に当たる人員は、インスタントリプレイス制度に基づいて厳選された人員であり、取り上げられるべき問題は起きていないと判断しております“



「はあ~今日暑いよね。長袖の戦闘服は着たくないよ」


ミナモがTシャツを掴んでパタパタとしている。


「待機中は着なくてもいいですよね?」

「うん。でも、いつサイレンが鳴るかわからないから、ずっと持ってなきゃいけないし」

「半袖の戦闘っていつか支給されるんですか?」

「うーん。知らなーい」


モニターの音を聞いてはいないのか、

ミナモと柳原さんは愚痴りあっている。


“大臣、本人の意思、人権を尊重して、人員を厳選している。そういうことでしょうか?”


柳原さんの愛想笑いのような笑顔を見て、二藤陸佐とのやり取りを思い出す。


“君は、望んでかぐや姫と戦っている。そうだね?”

“…はい“


“取り上げられるべき問題は起きていないと判断しております”


「ハルカさん…。大丈夫ですか?」

「…え、なに?」

「麺、伸びちゃいますよ?」

「ああ、本当だね」


ツルツルと蕎麦を口に運ぶ。



「橘先輩。教えて頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


警戒室に戻り、橘先輩の机を挟んで立つ。

橘先輩は相変わらず新聞を見たまま、こちらを見ない。


「どうした?」

「出撃時にバックアップをしてくれる人達は、近隣基地の所属ですよね? 先日の滋賀の人達の近況は、ここからでも知ることはできますか?」

「…どうして、そんなことが気になる?」


“娘ほどの子を置いていく訳にいかんだろ!“


松山さんの苦笑いが思い出される。


「前回の戦闘で、お世話になった方がいましたので」


橘先輩は新聞を下げて、上を見上げる。


「…。わからん。どうしても気になるなら、二藤さんに尋ねたらどうだ」

「え…。直接陸佐を訪ねてもいいものでしょうか?」

「奴にとって、お前も貴重な戦力の一つだ。特別なお願いと言えば、耳も貸すだろう」

「…そうでしょうか」


橘先輩の提案には少し驚いた。

階級の高い陸佐が、私のお願いなどを聞くだろうか。


コンコンコン

大きなドアを3回ノックする。


「はい」

「対応隊、有瀬ハルカです」


…沈黙。


「空いているよ。入りなさい」

「失礼します」


ガチャっとドアを開ける。

陸佐が自分の椅子から立ち上がって、手前のソファ席のほうにくる。


「どうしたんだね?」

「…わたくしごとですが、よろしいでしょうか」


私は入口で固まったまま。


「聞こうじゃないか。どうした? 座りなさい」


そういってソファに手の平を向ける。


「…。失礼します」


ポットがコポコポと音を立てて、ティーポットへお湯を注ぐ。


「砂糖はいるかな?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


陸佐がおしゃれなティーカップを机に置き、

ゆっくりと湯気を立てながら、淡い紅色のお茶を注ぐ。


「それで、話というのは?」

「先日のかぐや姫との戦闘で、松山さんという方にお世話になりました。…おそらく亡くなったと思います」

「…。そうか。それは残念だったね」

「あのあと、松山さんの家族はどうなったのかと思いまして」


陸佐は考えるように上を見る。


「個人的なことは調べられないな」

「…。そうですよね」

「そうだな。整備兵に幸田という男がいる。松山の後輩だ。彼なら知っているかもしれない」

「整備兵の幸田さん…」

「アヴァロンの整備をしているだろう。訪ねてみたらどうかな?」

「はい。ありがとうございます」


陸佐が右手で、紅茶をさす。

軽く会釈をして、受け皿とカップを持ち上げる。

ほんのりと甘い香り。

心が落ち着くような気がする。



ゴーンゴーンと金属がぶつかるような音が倉庫に響く。

倉庫内に入れられているアヴァロンの周りを、コソコソとうろつく。


「何か御用かい? 有瀬さん」


突然後ろから声を掛けられ、肩がビクンとする。

振り返ると、大柄のおじさんがこちらを見ている。


「あ、あの。幸田さんという方を探してまして」

「僕が幸田だよ。上から、誰か尋ねてくると聞いたが、有瀬さんか」

「私を知っているんですか?」

「知っているも何も、出撃時に見ているからね」


名前を覚えられていることに少し驚いた。

出撃の時は、緊張や焦りで、前しか見ていなかった。

周りには、私たちを見ている人がいたんだと気づかされる。


「失礼しました」

「いや、なに、ところで何か御用があったのだろう?」

「あ、陸佐から聞いてきまして、滋賀の松山さんという人のことで―」


そこまで言って、幸田さんの表情がすこし暗くなったのがわかり、

言葉を止めてしまう。


「松山さんは残念だった。いい人ほど早くに亡くなるというのは本当だな」


幸田さんがアヴァロンを見ながら静かに言う。


「はい。短いやり取りでしたが、優しい人でした」

「それで松山さんがどうかしたかい?」

「私を、娘と同じぐらいの歳だと言っていたので、ご家族のことが気になりまして」

「…。ああ、確かに同じぐらいの歳だね。葬儀の時には泣いていたよ」

「…そうですか」


これ以上聞くのは、失礼になるかもしれない。

反抗期で話しをしてくれない娘さん。

泣いていたんだな。


私は目を伏せる。


「幸田さん…。私は、戦場で松山さんの撤退指示を無視して、立ち止まったんです」


拳を握る力がぎゅっと強くなる。

幸田さんの顔を見ないように、下を向く。


「私のせいで松山さんは死んだんじゃないかって」


ゴーンゴーンと金属のぶつかる音が、静かに響きわたる。


「…葬儀の日、松山さんの部隊の奴と会ってね。有瀬さんに感謝していたよ」

「…私に?」

「ああ、おかげで光線を避けれたってさ。すごいことじゃないか」


あのときの運転手の人だろうか、それとも若い女性のほうかもしれない。

名前も聞いていない、一緒に戦った人達。


「………」

「落ち込まなくていいんだ。有瀬さんは人を助けたんだから」

「……」


ポンポンと幸田さんが、肩を叩いた。

前髪の隙間から覗き込むように、幸田さんを見る。

笑っている。



「あれ、有瀬? こんなところで珍しいな」


倉庫の入口から機長が歩いてくる。


「あ…、お邪魔してます…」


機長に顔が見られて、少し恥ずかしい。


「ああ、お邪魔してくれ。橘なんか、一度もお邪魔しに来ないからな」

「…」

「塩見、からかうのはやめなさいよ。この子は僕の知人のことを気にかけてくれていたんだ」

「そうか、邪魔はこっちだったな!」


そういって、手の平をふりふりとして、塩見機長は奥へと去っていく。

歳は違うが、葉山先輩みたいな人だ。

出撃時、ほんの数回しか会っていない機長。

そんな機長も私の名前を覚えていた。

私は今、初めて知ったのに。



「幸田さん、お話を聞いてくださり、ありがとうございました」


頭を下げる。


「ああ、またいつでも遊びに来なよ」

「…また来ますね」


振り返ると、手を振る幸田さん。

向き直らないまま軽く会釈した。



「戻りました」

「お帰り、ハルカちゃん。どこいってたの?」

「ちょっとね」


橘先輩に向いて、礼をする。

先輩はチラっとこっちを見たあと、また新聞のほうを見て、手をヒラヒラとさせた。



コンコンコン。

応接室をノックして二藤陸佐が扉を開く。


「お久しぶりです、陸佐」

「ああ、よく来てくれたね」

「お茶が冷めてしまっているかな? 淹れなおそう」


陸佐は少し暗い表情で、壁際のティーポットへ向かう。


「お父上は、お元気かな?」

「はい。お父様もよろしくと申しておりました」


お茶を注いだティーカップを女性の前に置く。

カップから上がる、白い湯気。

添えられたスプーンの上には、小さな記録メディアが乗っている。


「ありがとうございます」


すっとそのメディアを内ポケットにしまう女性。


「君のことは信じているつもりだ。覚えておいてほしい。これは彼らのためでもある」

「ええ、もちろんですわ。ご期待に沿えるように致します」


そういうと、すっと立ち上がり、

一礼して女性は去った。


ソファに座ったまま、険しい表情で陸佐は窓の外を見る。

口のつけていないティーカップが、湯気を昇らせる。




「おーう」

「こんにちは、市川さん」


アヴァロンの倉庫に隣接される、搭乗員の待機室。

市川さんはアヴァロンの副機長。

宮野さんよりも少し年上に見える。30代かな。


「有瀬さん、これ、食うか?」


小さな和紙にくるまれた、小堤を受け取る。


「ありがとうございます」

「嫁さんの実家が和菓子屋だからさ、たまにくれるんだよ」

「へえ~」


カサカサと紙を開くと、三色のお団子だ。


「可愛いですね」

「最近じゃ若い子は食べないらしいからな、せめてもの情けだ。食べてやってくれ」


くすっと笑った後、

うしろを向いて、串の上の一つを頬張る。

甘くて優しい味。

自然と口角が上がる。


「おいしいです」


口元を押さえながら、市川さんに言う。


「また送られてきたら教えるよ」


市川さんはなんだか満足そう。


お団子を持ったまま、奥の壁にかかるシフト表の前にいく。

整備の人や、パイロットの名前を眺めてみる。

夕焼けの赤い光が倉庫にも差し込んでくる。



「先生。お先に失礼致します。」

「ええ、ご苦労様」


黒い髪の長い女性に、若いスーツの男性が声をかけ、退室する。


薄暗い部屋。

小さな記録メディアを内ポケットから取り出し、

パーソナルコンピューターへと差し込む。


モニターに表示される、たくさんの名前が書かれた名簿。

カリカリとスクロールしながら、名簿を送っていく。

何人分あるかもわからない。たくさんの名前。

その中に、鬼塚先輩、加藤君の名前もある。


モニターに反射する女性の顔。

口角の端が静かに持ち上がる。



「市川さん、幸田さん、塩田さん―」


シフトに書かれた名前を、ひとりひとり指で数えるように読み上げる。

私の胸がほんのりと温かくなる。






※ 次回 2025年7月27日 日曜日 21:00 更新予定

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