第3話 妖精

 同級生の可愛い子ちゃん、ヴァルベル・サローヤンは妖精だと言う。

 妖精と言えば、花とか樹木とか、そういうものに宿る命の化身みたいなもの?

 そうそうアニメ映画に出て来る妖精、あれもベルだった。何とかベル。

 放課後、ミライは誘われるままヴァルベルと一緒に校舎を後にした。

 しばらく歩いて行くと街に入る。何の店だか分からないが、キレイなショップがたくさん並んでいる。渋谷の小型版といったところだろうか。

 飲食店も豊富だ。あちこちに学校の生徒たちがいる。

 ミライは街の風景に目を見張る。

(なんて整備された街なんだろう)

不思議なことだが、ミライにこの街の記憶はなかった。どうも覚えていることと全く知らないことがあるようだ。

 記憶が抜け落ちている、ある意味言い訳は正しかった。

「あそこにしよう」

 ヴァルベルが指差したのは移動販売のアイスクリームショップだった。小さな馬車に十種類くらいのアイスが置いてある。

(この辺は同じだなあ。軽トラじゃなくて馬車だけど)

とミライは思ったが、すぐにお金の持ち合わせがないことに気が付いた。女性の前で金がないとは言い難い。ミライは31歳の大人なのだ。

「いやあ、あっちのが良くない?」

 ミライは道路の反対側に緑広がる公園を指して言った。

「じゃあ、先行ってて。すぐ行くから」

 ヴァルベルはそう言うと駆け出して行った。ミライは仕方なく公園に入るとすぐにベンチを見つけて腰を下ろす。

 青空が広がり暖かい陽射しが降り注ぐ。少し暑いくらいだ。ベンチの後ろに大木があって、大きく広げた枝葉がちょうどベンチに影を作っていた。

「はい。どっち?」

 ヴァルベルが両手にアイスクリームを持って戻って来た。

 ドギマギするミライ。どうしたらいい?

「ストロベリーとサンザシ。どっち?」

 ミライはきっと女の子はストロベリーが好きだろうと予想した。だからサンザシを選ぶ。それが何か分かっていなかったのだが。

「へえ、そうなんだ。だったらこっちを2つ買えば良かった」

(しまった、選択を間違った……どうしよう)

「ストロベリーが好き、です」

 ミライはそう言ってヴァルベルの左手にあったストロベリーに手を伸ばした。

 伸ばしたが躊躇ちゅうちょするミライ。

「どうしたの? いいのよ、わたしのおごりだから」

 見透みすかされている。ヴァルベルは左手を更に伸ばす。

「あれもしないから。大丈夫」

 ヴァルベルにそう言われてミライはストロベリーのアイスクリームを怖々手に取った。ミライはあの掌の衝撃を忘れていない。

「ありがとう。今手持ちがなくて……」

 実際にはこの街で金は必要なかった。全ての決済は顔認証によるクレジット払いだ。そして生徒たちは親の口座で決済が為される。

「やっぱり、あんたこの世界の人じゃないみたいね」

 ヴァルベルがズバリとミライに言った。

「ただ分からないのは在籍記録はちゃんとあるってことね……」

 さっきサカモトが、恐らくはホストコンピュータに問い合わせて確認したことだ。

 するとミライがアイスクリームを一口なめながらヴァルベルに尋ねた。

「ヴァルベル・サローヤンさんは……妖精なの?」

「質問に質問で返すって反則よね」

ヴァルベルが言った。

「いや、それが俺にも良く分からなくて。記憶が一部飛んでるみたいで。いや大分かも知れないが……」

 ヴァルベルは疑い深そうな目でミライを見ていたが、

「ま、そういうことにしておく」

と快活に答えた。それでミライはストロベリーのアイスクリームを頬張る。ストロベリーの甘酸っぱい味が広がった。

「私は妖精。人であって人でないもの。いや、大部分は人!」

 ヴァルベルはそう答えた。

「分かった! それでいいと思う!」

 今度はミライが元気に答える。郷に入れば郷に従え、だ。

 元の世界で自分が高校生だった頃にこんな経験はしたことがなかった。彼女なんて夢のまた夢だったのだ。

 杉原未來少年は引っ込み思案で気弱な子だった。そう思ってから、

(だけど今は老獪ろうかいなおっさんだぞ)

と心の中で凄んで見せた。妖精ヴァルべルは可愛い。

 ふたりはアイスクリームを片手に笑い合った。

(これは幸せな転生先かも)

ミライは思った。ヴァルベルを彼女にしよう、と勝手に決めていた。

 妖精だということは確かに気になるが、こんなに可愛いんだし、見たところ耳が長いとか、背中に羽があるとかもなさそうだ。

「問題なし!」

ミライがそう口走ってしまった時だった。

 道路の向こう側、さっきのアイスクリームのキッチン馬車が止まっていた方で大きな音がした。

「妖魔トライブだ!」

誰かが叫んでいる。

 ヴァルベルが立ち上がった。ミライもベンチを立つとヴァルベルに従って公園を出る。

 アイスクリームのキッチン馬車が空中でバラバラに破壊され、その残骸が雨のように降り注いでいた。

 そんなことをした犯人は長い尻尾の付いた不気味な姿の怪獣? 怪鳥? いや人か? いやいや人なんかじゃない。悪魔のような姿の鱗のある怪人だった。

 ミライは思わず後退った。

(なんだあれは?)

「警備は呼んだの!?」

 ヴァルベルが近くの人らに声を掛けた。

「はい。呼びました。すぐに来ると思います」

そう答えた男児の方を黒い怪人が振り返った。

「逃げて!」

 ヴァルベルが男児に叫んだが、その子が動き出す前に怪人は軽々と宙を飛んでかぎ爪を伸ばしてきた。

 ヴァルベルが何かを放り投げる。ヴァルベルの手を離れたそれは回転しながら妖魔トライブに向かって飛んで行った。

 ギン!

 通報者の男児を引き裂こうと伸ばした妖魔トライブの手を弾いた。すると妖魔トライブがヴァルベルの方を向いた。ということはミライの方を見たのだ。

 オーン!

妖魔トライブが雄叫びを上げた。耳障りな声だった。声と言っていいのかさえも分からない。神経を逆なでするような、これは音波だ。

 妖魔トライブは腰を屈めジャンプに備える。

「来る! ミライ、木の下に逃げて」

 ヴァルベルが叫んだ。

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