第5話 朱莉⑤
ゆっくりと昼食を取ったあと、夕方からバイトに入る予定の自分と一緒に、蒼也もバーまでついて来た。
「あれ?なんなの?うちのバーは同伴出勤とか無いんだけど」
店に着くと看板に灯りを入れようとしている神木さんが、からかうように声をかけて来た。
「神木さん、朱莉さんに失礼ですよ。さっきまで一緒に食事をしていたので送って来ただけです」
珍しく蒼也が少し怒ったような口調で言う。こういう真面目で堅い感じもいい。
もう、蒼也の何もかもが朱莉にはまりまくっていた。
「へー。デートしてたの? 蒼ちゃんもそういうことするんだねぇ。2人は付き合ってるの?」
「違いますよ」
堅い口調で否定する蒼也の返事に心底がっかりする。今日誘ってもらったことで何か進展するかと思ったのに、向こうはそうじゃなかったのだろうか。
「神木さん、朱莉さんが困ってしまうからそう言うこと言わないで......」
「困らない。私は、ちっとも困りません。蒼也さんが困るならやめて欲しいけど、そうじゃないなら!」
蒼也の言葉に被せるように勢いよく言ってから、そうじゃないなら、なんだ?と言葉に詰まる。あぁ、自分の無駄に思い切りのいい性格が恨めしい。
「そ、そうじゃないなら‥‥付き合って欲しいです」
言葉尻はすぼんで、最初の勢いは消えてしまった。
まだ、人通りは少ないとはいえ、ぼちぼちと夜の営業に向けて店の準備をする人たちがいる路地で、少なくとも神木さんのいる前で、公開告白をしてしまった。神木さんも蒼也も驚いて黙っている。沈黙が痛い......
「ええと...その、困ったな」
蒼也が口元に拳を当てて、耳を赤くして困っている。困っている、ということは脈無しか......
さっきまでの浮かれた気持ちはすっかり萎えた。こんな状況では断る方も気を遣うだろう。特に蒼也は、そういう真面目な性格だ。
「あ、嘘です。すみません、冗談ですから。じゃ、バイトなので私はこれで」
ヘラヘラと笑って早口でそう言うと、神木さんの後ろをすり抜けて店の中に入り、事務所で着替えた。そして、パイプ椅子に座って
あぁ、やってしまった。なんでこう無駄に勢いのある性格なのか、自分は。
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