第52話 外伝 怪談師の異界漂流記 ③
北の果てを目指す只見(セージ)とディンの二人は、旅の中継地点となる宿場町「ベル・ルナ」に辿り着いた。石造りの家並みが続く風情ある町だが、活気があるはずの広場はどこか沈み込んでいた。
「どうしたんだ、みんなお通夜みたいな顔して」
ディンが偵察者のスキルで仲良くなった宿屋の主人に尋ねると、主人は力なく首を振った。
「この町の領主様の娘、リリア様が半年も眠ったままなんだ。あらゆる魔導師が治療を試みたが、夢魔の呪いだとかで、誰も目覚めさせられない。町中が悲しみに暮れて、商売あがったりだよ」
只見はその話を聞き、ふと考えた。夢魔の呪い――つまり、精神的な拘束。ならば、自分の「声」で外部から強力な精神刺激を与えれば、意識を現実へと引き戻せるのではないか。
「ディン、そのリリア様に会わせてくれないか。俺の『語り』が役に立つかもしれない」
「おいおいセージ、相手は領主様だぞ? 変なことをして不敬罪にでも問われたら……」
「大丈夫だ。俺はプロだ。観客を現実に連れ戻すのも、仕事のうちさ」
ディンの仲介と、先日の魔物退治で手に入れた魔石を謝礼として差し出すことで、只見はリリア姫の寝所への立ち入りを許された。豪華な天蓋付きのベッドに横たわる少女は、確かに息をしているものの、魂がどこか遠くへ行ってしまったかのように虚ろだった。
只見はベッドの傍らに腰を下ろし、ゆっくりと呼吸を整える。
今回彼が選んだのは、怪談ではない。日本に伝わる最も有名な英雄譚のひとつ――『桃太郎』だ。ただし、子供に読み聞かせるような優しいものではない。悪鬼を討ち果たす軍勢の勢いと、生命の躍動を叩きつける「武勇伝」としての桃太郎である。
「——むかし、むかし。あるところに、一人の英雄が産声を上げた。」
只見の声が、部屋の空気を震わせる。
彼は【精神攻撃:喜・楽】のエネルギーを声に乗せた。どん底の絶望を突き破るような、圧倒的な「陽」の波動。
桃太郎が仲間を集め、鬼ヶ島へと進軍する描写に入ると、只見の声は勇壮な太鼓の音のように響き、部屋のカーテンが物理的に激しく揺れた。
「おのれ鬼ども! 命を惜しむ者は去れ! 桃より出でし命の輝き、いまここに爆ぜる!」
只見が演じる桃太郎の一喝が響いた瞬間、リリアの身体が大きく跳ねた。
彼女を縛り付けていたどす黒い霧のような影――夢魔の呪いが、只見の放つ「言霊」の輝きに耐えきれず、悲鳴を上げて霧散していく。
「……あ、……あぁっ!」
リリアの瞳に光が戻り、彼女は大きく息を吸い込んで起き上がった。
「私……暗い、暗い森にいたのに……誰かが、金色の旗を振って、私を呼ぶ声が聞こえて……」
「お目覚めですね、姫。物語の続きは、また今度ゆっくりと」
只見はキザに一礼し、呆然とする領主たちを尻目に部屋を後にした。
その夜、只見は領主から贈られた金貨の袋をディンに見せながら、宿の酒場で祝杯をあげた。
「あんた、本当に何者なんだよ……。呪いを言葉で吹き飛ばすなんて、聖騎士様でも無理だぜ」
「言葉には力がある。日本ではそれを『
只見は酒杯を傾けながら、店の隅に座るフードの男に目をやった。
男の腰には、奇妙な紋章が刻まれた短剣があった。
「セージ、ありゃ『影の教団』の連中だ! 強い魔力を持つ者を拉致して、生体触媒にするっていう……!」
ディンが青ざめる。
只見は冷静に立ち上がった。
「賢者のもとへ行く前に、少し喉のウォーミングアップが必要なようだな」
只見の異世界での名は、瞬く間に広がり始めていた。
「奇跡を語る吟遊詩人」――その名声が、彼を元の世界に近づけるのか、それともさらなる窮地に追い込むのか。
夜の路地裏の酒場で、只見は静かに「声」を研ぎ澄ませた。
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