第42話 閑話 ③ 漆原ユミ:開運芸人になるまで

 漆原ユミ、32歳。スレンダーな体型に、どこか儚げな雰囲気をまとう彼女は、しかし一度マイクを握ると、誰もがそのギャップに驚く。お笑いコンビ「ビューティ ビースト(BB)」のメンバーとして、長年にわたりお笑い道を歩んできた。


 東動とは養成学校の同期であり、共に夢を追いかける仲間だった。しかし、彼女が「ビューティ ビースト(BB)」を組んだのは、彼女よりも二期上の先輩である望月サクラだった。同い年ながらも芸歴は先輩という関係性の中で、二人は独自の「シュール」な世界観を築き上げていった。望月サクラが繰り出す鋭いボケに、漆原ユミが時に愛らしく、時にキレのあるツッコミを入れるスタイルは、一部の熱狂的なファンに支持されていた。しかし、世間に広く知られる存在ではなかった。


 そんな彼女たちのキャリアに転機が訪れたのは、今から3年前のことだ。あるネタ番組で披露した彼女の一発ギャグ「ラキ! ラキ!」が、瞬く間に若者たちの間で流行した。シンプルながらも耳に残るそのフレーズは、SNSを通じて拡散され、彼女は一夜にしてメディアに引っ張りだこになる。


 その年の女性芸人No.1を決める「お笑い女王選手権」への出場は、彼女の知名度をさらに押し上げた。準々決勝で惜しくも敗退したものの、その健闘ぶりは多くの視聴者に感動を与え、彼女たちの存在を不動のものとした。


 しかし、本当に彼女の人生を大きく変えたのは、あるテレビ番組での告白だった。

「私、小さい頃から、時々、黄金でできた都市で生活している夢を見るんです」

 そう語る彼女の夢の内容は、あまりに鮮明で、まるで現実の世界のように詳細だった。

 その話を聞いた出版社の編集者が興味を持ち、書籍化の話が持ち上がった。こうして誕生したのが、彼女の見た夢の世界を綴った『失われた黄金郷』である。

 発売当初は、「芸人が書いた不思議な本」として、一部で話題になった程度だった。しかし、この本を読んだ読者から、「この本を読んでから、不思議と良いことが起こるようになった」「仕事で大きなチャンスを掴んだ」「宝くじが当たった!」といった、幸運な出来事が相次いで報告されるようになったのだ。

 いつしか彼女は「開運芸人」と呼ばれるようになり、彼女の言葉は多くの人々に希望と幸運をもたらすものとして受け止められるようになった。元々持っていたお笑いの才能に加えて、不思議な魅力が加わり、彼女の人気はさらに加速していった。


 最近はピン(ソロ)での仕事も多く、多忙な日々を送っていたが、約半年前、相方の望月サクラが結婚し、最近になって妊娠が判明したことで、コンビ活動は休止期間に入った。


 そして、今年4月、彼女のキャリアにまた新たな道が開かれた。神戸のラジオ放送局で、新番組『漆原ユミのゴールデンシアター』がスタートしたのだ。この番組で彼女は、養成学校の同期である東動を構成作家に迎えることになった。

 東動の存在は、ピン活動で孤独を感じていた彼女にとって、大きな支えとなった。ラジオの打ち合わせや収録では、長年の付き合いだからこその息の合ったやり取りが生まれ、彼女は再びお笑いの楽しさを再確認していった。一方で、ラジオの収録をきっかけに東動が彼女を「漆原さん」と呼ぶ距離感に、内心ではどこか寂しさも感じていた。


 漆原ユミ。彼女の人生は、一発ギャグのブレイク、そして不思議な夢の書籍化という、まさに予測不可能な展開に満ちている。しかし、その根底には、誰かを笑顔にしたいという芸人としての純粋な思いと、持ち前の明るさ、そしてどこか掴みどころのないミステリアスな魅力が確かに存在している。彼女は今、ラジオ番組という新しい舞台で、再び輝きを放ち始めている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る