第35話 次なる焔
──空木との訓練から数日。昼どきには少し早い時間。席の半分も埋まっていない食堂の一角で、俺はひとり食事をとっていた。
未だに肩に残る違和感は、あの蒼い刃の名残か。心のどこかが熱を持ったまま冷えきらない。空木との訓練──いや、あの戦いは、間違いなく俺の中の何かを変えた。
「──おっ、新人くんだ!」
その声に、手が止まる。
聞き覚えのある、どこか挑発的な声音。振り返ると、やはり彼女だった。
「……花巻」
「よっ。隣、空いてる?」
返事を間もなく、トレイを持った花巻が向かいの椅子に腰を下ろす。
「にしても、最近よく見るねー、灰戸くん。空木先輩と戦ったって聞いたよ?」
「勝負になったかは、怪しいけどな」
「でも、空木先輩がわざわざ付き合ってくれたってことは、それなりに見込みがあるって思ってるってことでしょ」
花巻は器用にスプーンを操りながら、肩をすくめる。
「ま、前に私とやったときよりはマシになってるっぽいし?」
「……まあな。あの時よりは間違いなく、強くなってる」
そう。初めて模擬戦をした日、俺は花巻にほとんど何もさせてもらえなかった。力の差も、経験の差も、すべてが重くて、ただ悔しかったのを覚えている。
「お。ちょっと自信ついた感じ?」
「違う。実感だよ。負け続けて、ようやくちょっとだけ前が見えてきただけ」
そう言うと、花巻は口の端を少しだけ上げて「ふーん」と相槌を打った。
しばしの沈黙が落ちた。
俺は、何かを飲み込むように味噌汁をすすった後、静かに口を開く。
「で? 何の用だ。わざわざ俺の前に座ってきて」
「うわ、ほんと鋭くなったよねー。前はもっと狼狽えてたくせに」
「そりゃあ、慣れるさ。毎回先輩たちに叩き込まれてれば」
「そっかそっか、成長したねぇ新人くん」
軽口は続くが、やがて彼女はスプーンを止め、少しだけ声を潜める。
「──まあ、ちょっとだけマジな話。そろそろ、来るよ。次の山場が」
「……山場?」
「そろそろ、合同訓練が始まるんだよ。ウチと活動地域が近い部隊と一緒に、模擬戦形式で戦うんだ!」
その言葉に、箸を持つ手が止まった。
「……聞いてない。空木からも、誰からも」
「まあ、今日明日あたりで言われると思うけどね。隊長たちはもう調整に入ってるって噂だし」
花巻は味噌汁の器を持ち上げ、一口すすってから、ふっと笑った。
「にしてもさ、最近じゃ他の隊の間でも新人くんの名前、ちょこちょこ出てんだよ?次も何かやるんじゃ?って」
「……過大評価だな。俺はまだ、全然だよ」
「ふーん。でも、少なくとも『ただの新人』って空気ではなくなったよ」
鋭く、花巻の目が、真正面から俺を見据えていた。
「で? 出るんでしょ。合同訓練」
「……ああ。出るよ」
即答だった。迷いはなかった。
「よっし!じゃあ次こそ、まともにやりあえるって期待しとくからね、新人くん!」
そう言って立ち上がり、トレイを器用に片手でまとめる。
こいつは、いつでも前を向いている。どこか不敵で、でもどこまでも真っ直ぐだ。
「またねー」
短く手を振って、彼女は食堂の出口へと歩いていった。軽快な足取り。揺れる後ろ髪。
それを見送りながら、俺は残った食器に視線を落とす。
冷めかけた味噌汁。食べかけのままの白米。けれど、胸の奥にはひとつ、確かな熱が戻っていた。
──合同訓練。
次の一歩は、もう見えている。
俺は静かに立ち上がった。残りの時間を、無駄にしないために。
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