4日目
胸の痛みは1日目と変わらない。
ずっと痛くて苦しい。
この現象に終わりがくると、今は到底思えない。
4日経ったというよりは、『ちび』のいない1日目を、毎日繰り返している。
本当にあれからそんなに経ったのか。実感がわかない。
1日目、こんなに泣き続けていたら涙が枯れると思っていたけれど
涙は枯れなかった。涙腺が壊れてしまったみたいだ。
涙が出ていない間も喉がギュッと締まってひりつき、鼻の奥がツンとして
まるでずっと慟哭し続けているような感覚に襲われている。
助けて、返して、戻して、もう一度会わせて、やり直させて、『ちび』を。
もしも神様がいるなら、どうして『ちび』にあんな苦しみを与えたの。
私のもとにいるよりも、天国の方がいいと思ったのだろうか。
そう思われてしまったのだろうか、私のせいではないのだろうか。
とりとめのない思考に振り回されて、常に朦朧としている。
もういい加減しっかりしなくては、と思っているのに
頭も身体もいうことを聞いてくれない。
喪失感に圧し潰されて、私はもう一歩も動けない。
手だけを伸ばしてこれを書いている。
『ちび』が恋しくてたまらなくて、それを動力にして言葉を吐き出し続けている。
これは私からの、『ちび』への手紙だ。
いや、『ちび』への気持ちを昇華させるための儀式かもしれない。
こんな自分への問いかけを前にもした気がする。もう何もわからない。
気がふれて、心が壊れたように泣く私を『ちび』がみたら、
それだけ自分は愛されていたのだと感じてくれるだろうか。
泣く私をみて、前みたいに隣にきてくれないだろうか、
だっこをせがんで、私が泣きやむまで傍にいてくれないだろうか。
もしまた『ちび』が傍にいてくれるなら、これから一生
毎日何時間も泣いたっていい。『ちび』に会いたい。
大切な存在を亡くしても、生きていかなくてはいけないのは
どうしてだろうと考える。
天国や地獄があるかもわからないのに、
会いたいという理由で死ぬやつがあるか、とも思う。
天国がもし存在するなら『ちび』は確実に天国だけれど、私は絶対に地獄だ。
じゃあ結局、会えないじゃないか。
でもこの苦しみを一瞬で終わらせることができるのは、
死だけではないかとも思った。
本当にそうだろうか。
もし幽霊が実在するなら、私はきっと幽霊になっても『ちび』を想って泣いている。
存在するかもわからない事象に想いを馳せても無意味だけれど、少しだけ気が紛れた。
天国で、元気になって好きなことをして美味しいものを食べて
しあわせに過ごしている『ちび』を想像した。
私がいない世界でも、どうかしあわせでいてほしいと切に願いながらも
私は『ちび』がいなくて悲しいよ、苦しいよ、会いたくてたまらないよ、と泣いた。
もう嫌だよ。
『ちび』がいない世界は、すごく色褪せてみえるよ。
胸に穴が空いてしまった、という表現はとても的確だなと思う。
本当にぽっかりとした穴が空いていて、何もかもがそこから零れ落ちていく感覚に囚われている。
これまでどうやって生きてきたんだろう?
『ちび』がいなくなってから、たまに呼吸の仕方すら忘れてしまうよ。
白い壁を見つめながら、肺に空気を送り込もうと何度も息を吸った。
食べ物の味がしなくなった。
私が夕飯を食べるとき、ぜったい膝の上にきてくれた『ちび』がいなくなったから。
あれはどうしてだったのだろう。
『ちび』は私の前にごはんをしっかり食べて、満腹状態だったし
人間のごはんにも一切興味をもつ様子はなかったのに、
なぜか私が食べる様子を、膝の上から見上げて喉をゴロゴロと鳴らしていたよね。
毎日、『ちび』のいない膝の上を見下ろしては涙がとまらなくなって
ぽたぽたと涙の入った、塩気のつよいスープを胃に流し込んでいる。
ここに綴るのは、今日でやめる。そう決めていた。
でも泣くことはやめられそうにない。『ちび』を過去にすることも出来ない。
私は『ちび』を失った1日目を毎日繰り返していくことになるのだと思う。
心にたまった膿のようなものを吐き出すため文章化している、と
以前書いたけれど、膿というのは免疫細胞が異物と戦った結果、
死んだ細胞や細菌、組織の残骸などが集まってできたものらしい。
じゃあ私が綴ったこれらの日記は、私が喪失感と現実に抗った結果
思考や感情の残骸が集まってできた、膿のようなものだ。
胸に空いた穴を少しでも塞ごうと足掻いている、膿を出し続けている。
膿がとまり瘡蓋ができるのは、いつになるだろうか。
きっと私はこの先ずっと、『ちび』にさようならが言えない。
ペットロス 佳宮 @MyDayDream
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