忘れられない初恋を、忘れてしまった。
夕日ゆうや
第1話 彼の顔も思い出の中へ……。
ねぇ。僕のこと忘れちゃったの?
違うよ。覚えている。君はいつもわたしを助けてくれたよね。
うん。だってキミが大切だから――。
わたしは目を覚ますと、鳴り響く時計の音を止める。
「うぅん」
凝り固まった身体を伸ばし、カーテンから漏れる木漏れ日に視線を向ける。
なんだかとっても懐かしい夢を見ていた気がする。でも夢はそう長く覚えてはくれない。
すべては忘却の彼方に消えてなくなっていく。
人の思い出など、記憶など、風化していくに決まっている。
わたしは身支度を調えると、学校までの道のりを走って行く。
高校一年の春。
今日は4月7日。
入学式の日。
桜舞う中、わたしはコンビニで買ったパン片手に走っていた。
この角を曲がればあとは校門が見えてくるはず――。
勢いをつけてスピードを落とさずに十字路を曲がる。
「おわぁ!」
「きゃっ」
二人の悲鳴が聞こえる。
「大丈夫?」
優しげな声に顔を上げる。
そこには小綺麗な格好をした、別の高校の制服に身を包んだイケメンがいた。
整った顔立ち、素敵な笑み。優しい顔。気品ある行動。
どれをとってもわたしのタイプだ。
「これ、パン落としたよ」
「うん。ありがと……」
戸惑っていると、男の子は目を見開く。
「もしかして……
「え。なんでわたしの名前を知っているの?」
「ほら。小学校のとき、一緒だった
じーっと見つめていると、確かにその顔には見覚えがある。
あとくしゃくしゃな笑みがよく覚えている。
「そら、くん……?」
わたしの初恋の相手。
今までずっと隠してきた想い。
「空くん! 久しぶり。元気にしていた?」
「うん。ずっと会いたかった!」
嬉しい言葉をもらってわたしはびっくりする。
あれ。でも、朝急いで出たから、髪とかメイクとかしていないよ。
「じゃあ、そろそろ行くね。学校始まる」
「ええっと。うん。また会える?」
「その因果だから――」
不思議なことを言う。
そんな子だっけ、と疑問に思うけど真面目な彼らしく学校に向かう。
そっか。そうだよね。
別の高校だよね。
走り去っていく彼を見送り、わたしはトボトボと高校に向かう。
その校門を抜けると、下駄箱前に置かれた組み分け表を見つめる。
ええと。三組だね。
応酬高校は総生徒数が三百人を超える大きい学校だ。
わたしは両親に無理を言いこの高校に入学した。
実家は宮城県なので、東京都にあるここには一人暮らしをしている。
まあ、一人暮らしを始めてまだ二週間だけど。
新しい世界に飛び込むことにワクワクしていた。
あと空くんともっと話したかった。
後ろ髪を引かれる思いで教室にはいる。
空くん、どうしているかな。
「おっ。
わたしの苗字を呼ぶ
「神座くんもこの高校受かったんだね。バカのクセに」
「ひどいなー。まあ、オレも運が良かったってことよぉ」
にへらと笑う神座くん。
知っている人がいてホッとした。
わたし、こんなに心細かったんだ。
自覚するのがあとでくる。
しばらくして担任の先生がやってきて、わたしたちを体育館に導く。
「なんだか、退屈じゃね?」
校長先生の言葉に神座くんはそんなことを呟く。
「ちょっと止めなさいよ」
「ええ。でもオレ長話嫌いなんだよね……」
くすくすと笑みが漏れる。
なんだかいいクラスみたい。
良かった。
入学式が終わり、わたしたちは教室に戻る。
「そういえば、今日急いでここまできてさー」
わたしは今朝のことを思い出しながら語る。
「壁にぶつかってパンを落として、で。ここにきたってわけ」
「壁?」
「うん。そう。作りかけの看板だったみたい」
「へぇ~。迷惑な話ね」
「そうだね~。作りかけなら外に出すなって」
わたしは仲良くなった友達の
因果――。
その言葉がなぜか頭をよぎる。
でも何も思い出せないまま、わたしの日々はすぎていく。
入学式から一週間後。
わたしは急いで学校へと向かう。
今日はパンを持っていない。
遅刻してはいけない。
焦り走ると、曲がり角で誰かとぶつかる。
「すみません」
「こちらこそ、ごめん」
「あれ? 空くん?」
わたしは見覚えのある顔を見て呟く。
「うん。そうだよ。僕だよ。楓ちゃん」
「久しぶり! どうしたの?」
わたしは気軽な気持ちで呼びかけていた。
まるで六年間の差を感じさせないように。
ここまで何度も会っているかのように。
「僕、
五回目? 何が五回目なんだろう?
わたしが疑問符を浮かべていると、空くんは困ったように眉根を寄せる。
「僕、キミをずっと好き」
「えっ!」
なに!? いきなりの告白!?
わたしが慌てふためいていると、空くんは頬を掻く。
「ごめんね。こう言えば覚えてくれているのかな、って」
「いや、覚えているよ。昔一緒に駄菓子を買ったよね?」
「違う……違うんだよ。そうじゃない。僕は今を覚えてほしいんだ」
「いま……?」
静かにうなずく空くん。
「そう。今だよ。今」
「……ごめんなさい。よく分からないわ」
「そっか。でも楓ちゃんが元気そうで良かった。ちょっと心配事もあるけど」
ちらりとこちらを一瞥してくる空くん。
どういう意味だろう。
「まあ、僕は生きていちゃいけない存在だもの。当然だよね」
「どういう……意味?」
わたしは理解しているのに、それを拒もうとする思いがある。
こんなの理解してはいけないんだ。
「ありがとう。今日も会えてうれしかったよ」
空くんはそう言って、涙を流しながら立ち去っていく。
わたしは悪いことをしてしまったのだろう。
彼の背中を見送ることしかできなかった。
その日のお昼休み。
わたしは何ごともなかったように、いや――実際なにもなかったのだ。
思い出も、初恋の相手も忘れ友理奈ちゃんや神座くんと一緒に弁当をつついていた。
「なんだか最近変なんだよね~」
わたしは自分の身の上話をする。
「どんな?」
友理奈ちゃんが続きを促す。
「部屋にアクセがあったり、映画のチケットがあったりしてね」
「どういうこと?」
神座くんも不思議そうに呟く。
「わたし、何か大切なことを忘れている気がするの」
箸を止める二人。
「でも覚えていないってことはそれほど重要じゃないんじゃない?」
友理奈ちゃんのいうことも一理ある。
でも、でもなんだか心の奥で引っかかるものがある。
「わたし、どうしたのだろう?」
そう言って教室の外に視線を向ける。
どこまでも広がる青い空がそこにはあった。
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