第33話 恋愛経験ゼロのパティシエは幸せになりました

ミディアは緊張していた。

初めてラーダの家族に会うのだ。お貴族様だ。


1ヶ月もの間ラーダのというか二人の屋敷から一歩も出なかったあとで、各種のゴタゴタを片付けて、2ヶ月経ってやっとミディアはグラナイダ伯爵家に連れてこられた。いや、連れてきてもらった。

ラーダは「嫌だ挨拶なんていらない」と抵抗していたが、親御さんに挨拶もしないと結婚しないと言ったら、耳と尻尾をペショリとさせて頷いた。

そんなに泣きそうにならなくても、と言うと、「ミディアを見せたくない取られたくない兄はともかく姉には勝てない」と悲しんでいた。


「ラーダ、自分のお家なのになんでそんな厳しい顔してるの?メイドさん借りたりお世話になってたのに」

「……うちの家族、うるさいんだ」

「厳しいってこと?やっぱり平民なんかと…」

「違う!そうじゃない!ミディアは絶対に気に入られるんだが、たぶん……」

「ラーダお帰り!さっきからいい匂いがたまらないわ!お土産は?!」


パターン!と勢いよくミディアが見たこともないような煌びやかな応接室のドアを開けたのは、ラーダと同じ銀色の耳に黒髪を縦ロールにした美しい淑女だった。


「……すぐ上の姉だ」


ラーダにお菓子のアドバイスをくれていた人だとわかって、ミディアは緊張した。


「はっ、初めまして!ミディアと申します!甘いものがお好きと伺っておりましたのでこちらお口に合うといいのですがっ」

「………はわ、これが本当のラーダの番……?」


ぴんっと立ち上がった耳。

作り物のような美しい顔を扇で半分隠してアーモンドのような形をした綺麗な空色の瞳がじっとミディアを見つめる。

値踏みをされているようでひっ、とミディアは背筋を今以上に伸ばした。


「ルー姉上、ミディアがおびえて…」

「やぁああん、かわいいーーー!!いいにおい!!いいこいいこ!!!」

「へわぁっ?」

「くっつくなっ!!!」

「この匂い!人族とは思えないくらい清涼感があって気持ちがいいですわ。あ、一応年齢が上ですけど義妹ということでミディアちゃんと呼ばせていただきますわねっ」


しかし次の瞬間に抱きつかれて頬ずりされていた。ミディアは背が高いが負けず劣らず彼女も背が高い。ドレスに包まれた体の曲線はミディアとは比べものにならないほどのぼんきゅぼんで豊満だが。


いい匂いというのは彼女の高貴な香水のような匂いを言うと思うのに、ラーダと同じようにすんすんと匂いを嗅がれる。


これは狼獣人の特性なのだろうか……。


「は、な、れ、ろ!!!」


だが、ラーダがべりっと姉を引き剥がして突き飛ばした。

今度はラーダの太い腕の中だ。

家の中のものをすぐ壊す彼の腕力で女性を突き飛ばすとは、と青ざめたが、彼女はケロリとしていた。


「そんなに独り占めしなくても。今回一番協力したのは私よ?あ、お菓子はありがたくもらうわね!」

「は、はい、どうぞ……」


再度バスケットを差し出すとどこからともなく侍女がやってきてうやうやしく受け取った。

ラーダが恨めしげな目で見ていたが、彼には散々食べさせてきたはずだ。


そのあと続々とラーダの父母、兄夫婦2組、嫁いだと言っていたさらに上の姉3名が入ってきて、人口密度が高くなった。応接室だけでミディアの実家全部よりかなり広いが、背の高い人たちが多いと圧迫感があった。


「ようこそ我が家へ、ミディアさん。愚息が日々大変迷惑をかけていると思う。本当に自由に育ててしまい、挙句につがいぐるいまで…すまないね。今日は家族全員で精一杯歓迎させてもらうよ。ラーダが暴走しても少しなら押さえつけられるから、せめてもの息抜きをしてくれ」


ラーダとよく似た面差しの伯爵、つまりラーダの父が穏やかに、そしてやや悲壮感を漂わせて声をかけてくれた。ラーダが歳を取ったらこうなるのかなと思いながら、受けたこともない丁寧な対応にどう挨拶を返していいかわからない。


貴族のようにスカートの裾を持って頭を下げるなんてできないのだ。


「あ、あの、はっ、初めまして!ミディアと申します!この度はお招きありがとうございました!ラーダさんにはいつもお世話になっております!不束者ですがどうぞよろしくお願いします!!」


ピンっと背筋を伸ばして直立不動、そのあと90度に腰を曲げて頭を下げれば、ひそひそと兄姉たちが何かを囁きあっていてやっぱりこんな見た目もよくない平民の女じゃ…と肩身の狭い思いをする。


しかし実際には

「お世話って…」

「囲い込まれているだけでは」

「まさか気づいてない?」

「暴走したラーダを文句も言わず受け入れてくれたのに不束者とは?」

「無知なお嬢さんを騙してるのは騎士道に反するのでは」

「人族は謙遜するのが好きらしいからそれでは」

「でもラーダが都合のいいことしか言ってないんじゃ」

「ありえる」

「あ"?うるせえ黙れ余分なこと言うな」

と水面下で狼きょうだいたちが彼らだけにわかる会話をしていただけであった。


ぱしん!と扇を閉じる音がして、急にひそひそが止まると、ふふっと黒耳に黒髪、水色の瞳の伯爵夫人、ラーダの母が軽やかに笑う声だけになった。

ルルと名乗った彼女によく似ていて、朗らかで優しい表情をしている。


「そんなに緊張しないで。ミディアさんをお迎えできて本当に心から嬉しく思っておりますよ。あの暴れ狼…こほん、ラーダを選んでくれて、本当に、ありがとうございます」

「選んでって、そんな!ラーダさんがその、私なんかでいいって言ってくれて嬉しかったです。いつも優しくて素敵だなって思ってたので」

「えっ、まあまあまあ!そのあたりぜひ詳しく!あなたたち、余分なこと言ってないで準備を。さあお茶を飲みましょう。お口に合うかしら?」

「お母様!ミディアちゃんからこんなにお菓子をいただいたのよ!」

「まあ素敵。じゃあそれもみんなでいただきましょう」

「……………食べなくていいのに」


ふっかふかのソファで隣に座っているラーダが恨めしそうに言う。


それを耳にしたラーダより線の細く、オレンジに見える琥珀の瞳をした兄が呆れたため息をついたのがわかった。


「ラーダ、お前1月もずっと籠りつづけてまだそんな心の狭いことを言ってるのか」

「兄上、無駄無駄。もうつがいぐるい起こさないだけマシだよ」


もう一人の兄は長い黒髪を一つにまとめていてやはりラーダと比べるとわかりやすく女性的で綺麗な顔をしていた。


二人とも座っていても背は高いことがわかるが、ラーダよりシュッとしている。細マッチョというやつだ。

銀色のピンとした獣耳に琥珀色の品の良さが現れている形のいい瞳。キラキラとしていて目が潰れそうである。

ラーダと同じ黒と琥珀という色味だがアデル好みの王子様のようだなあと思う。

一方で二人ともちょっと冷たそうな雰囲気がある。

ミディアは野生味があるラーダの容貌といつだって感情が素直に出るところが好きだなと再確認した。


「ミディア、兄上たちを見ないで欲しい。そんなつもりはないとわかっていても嫉妬でどうにかなりそうだ」


ぐきっと顔を掴まれてラーダの不貞腐れた顔が視界いっぱいに広がる。


「え、あっ、ラーダと同じ色だなって見てただけ…だってお兄さんたちですよね?」

「それでも男だ。いやだ」

「はぁああ、ミディアさん、愚弟がほんとうに申し訳ない。それでも頼むから愛想を尽かさないでやってくれ」

「兄上はミディアの名前を呼ぶな!」

「……じゃあどうやって会話するんだよ、落ち着けよ」

「話さなくていい!もう見せた!帰る!!!」

「もうラーダ!私がご家族に挨拶したいと言ったんですよ?忘れたんですか?」


敬語でピシャリと言うと、ラーダはしゅんっと大きな体を縮めて「すまない」と謝ってきた。それでもミディアを体を抱え込んだままだったので、人前ですよ、と腕をつねった。


「すごい、あのラーダを一言で」

「さすが番」

「はっきりしたお嬢さん好きよ」

「悪い匂いがしないわ、人族なのに」

「ラーダは尻に敷かれるわねぇ」

「女性が強い方がうまくいくわよね」

「若い頃の君にもよくつねられていたなぁ」

「あらおほほ、貴方ったら新しいお嫁さんの前で余分なことを「痛っ!」

「このお菓子本当に美味しいわあ。ミディアちゃんが義妹だなんて最高!」


貴族のはずだがラーダの家族は随分と気安い間柄らしい。だんだんと緊張していた体から力が抜けた。

あまり家族に恵まれなかったミディアはこのあたたかい家族の一員となれることを嬉しいと思う。


「ふふっ、ラーダの家族は素敵ですね」

「うるさいだけだ。俺は末っ子だからみんなちょっかいかけてくるんだ」

「いいことですよ。……突然になるけどこれならこの子も受け入れてもらえるかな?」

「すごい甘やかすと思う……」


ミディアはそっとお腹を撫でた。ラーダの耳元で彼にのみ聞こえるように言ったはずなのに、全員耳がいいので丸聞こえだった。


「えっ!!もう妊娠したの?!?」

「まあ、あなた、孫ですよ!孫!それもラーダの!早速商会を呼んでベビー用品を買わなくては!」

「素敵!種族が違うと子供ができにくいっていうのに!さすが本当の番は違うわ!」

「さ、さすがそこまで匂いを染みつけさせていることはある…」

「やっぱりお前もそう思うか?ちょっと気分が悪くなりそうなレベルで威嚇されてるのは感じてた…本能全開だな、全く…」

「ま、まあタイミングがいつだろうと家族が増えることはいいことだ。リリィも喜んでいるし」


きゃあきゃあと喜んで盛り上がる女性陣と若干頬を引き攣らせている男性陣。


ミディアはラーダの家族と仲良くなる未来を予想してラーダが好きだと言ってくれた笑顔で微笑んだ。

きらきらと光る指輪のはまった薬指にも負けない輝きだ。


デカくて女らしさのかけらもない器量なしのお荷物と言われ続けたミディアには、大きな体で器用な狼に誰よりも甘やかされ大切にされて幸せになる未来しか用意されていなかった。


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