コンプレックスイマージュ
ゴードンヘシヲ
第1話 Neurousis
俺の名前は鳥川異丸(トリカワ・イマル)、今年中学3年でもうすぐ受験生だ。
俺は元より学科で苦手な物が多すぎで実技しか優秀じゃねぇこと、部活動はしてたけど人間関係が上手くいかず退部済みなこともあり推薦はまずない。
教師から第一志望と第二志望を決めておけと言われたが、学科の成績が社会以外オール1なせいで行ける高校が見つからなかった。
「はぁ、俺なんかが行ける高校ねぇ時点で将来ほぼアウトだろ」
俺の両親は学生時代に、優等生だった母親と不良だった父親というミスマッチな夫婦だ。
よくお前ら結婚できたよなってマジで思うわ。
俺には妹がいるが、ソイツは俺なんかより賢いし運動神経も芸術センスもずば抜けてる。
だから両親は俺より妹に期待してる節がある。
妹は「考えすぎでしょ」と言うが、実際そう考えた方が合点のいく発言が段々と両親の口から増えている。
「今日は……帰りたくねぇな」
そう呟いたところで何も変わらねぇし帰ろうと思って歩き出した次の瞬間、キーーッ!!という凄まじい音がしたと思ったら俺の意識が突然ブラックアウトした。
次に俺が目を覚ますとそこは市外にある有名な大学病院で、俺の意識が戻ったと知った看護師が慌てて医者を呼びに行った。
医者から説明された後、俺は絶望のあまり笑いだしていた。
事故の後遺症で記憶力の低下が凄まじいこと。
そして脳か神経になんらかのダメージが出てしまったせいで、暑い寒いの判断に必要な温度感覚が徐々に鈍っていくということ。
何だよそれ?俺、なんか悪いことしたっけ?
確かに反抗期が強かった去年に、母さんを困らせたことは悪かったと思ってる。
けどさ、こんな仕打ちって……あんまりじゃね?
「なんかもう……どうでもいいや」
色々と諦めた途端スゲー眠くなってきたからか、気づくと俺はいつの間にか寝落ちてしまっていた。
「あらあら。そんなところで寝ていたら、風邪を引いてしまいますよ?」
「え?あれ?確か俺、病院で入院してるはずじゃ……」
「そうなんですか?では、帰り道は分かりますか?」
「えっと……あれ?どうやってここにきたんだ?俺」
ここが病院じゃねぇことは一目瞭然だが、ここが何処かと訊かれたら俺ですら“わからない”場所だった。
「ヤベー、どうやってここにきたか思い出せねぇ。参ったな」
「あの、アナタさえよろしければ……泊まっていきませんか?」
「泊まるって……何処に?」
「私のお屋敷、ここからすぐ近くなんです。よろしければ、一泊して帰り道のことを考えたらどうでしょうか?」
「いいのか?俺が泊まったらアンタの家族に迷惑なんじゃね?」
「そうですね……リン様は来週の月曜日までお仕事がありますから、帰還が早まったとしても今週の土日ですかね。ドラネルさんには私から話せば、聡い子ですのでわかってくれるかと」
「りん様?どらねるさん?」
「私がお仕えしているご主人様と、私の養子の名前です。それと、申し遅れました。私(わたくし)、アワリティア・イースと申します。以後お見知りおきを」
そう名乗った彼女は俺に対して深々とお辞儀をし、顔を上げると微笑んでみせた。
この人、本物のメイドさんなのか?てっきりコスプレイヤーかそういう趣味のマニアが話しかけてると思ってたが、どうやらガチの召し使いみたいだ。
「俺は鳥川異丸(トリカワ・イマル)。今年でもうすぐ15歳だ。つっても、もう受験勉強したくねぇけど」
「あの、差し出がましいことを承知で申し上げます。悩み事があるのでしたら、私が聴きましょうか?」
「え?聞いてくれんの?俺の話なんてつまらねぇよ?」
「たとえそうだとしても、誰かに話して気持ちが楽になれるのなら……私はアナタの話を聴きますよ」
「んじゃ、聞いてもらおっかな?」
「承知しました。ではお屋敷にご案内させていただきます」
アワリティアと名乗る彼女に連れられて、俺は目の前に現れた屋敷を見て驚いた。
何これッ!?ドラマや映画に出てくる別荘とか洋館そのものじゃねぇかッ!!
こんなん生まれて初めて見たぜッ!!
つーか俺みたいな庶民がこんなお屋敷に入って大丈夫か?後で殺されないよねッ!?
「入り口はこちらになります。どうぞ」
「ああ、ありがとな」
「ただいま戻りました。お客様をお連れしましたので、そちらを優先させていただきます」
「へッ!?てか今、誰に言ってたの?」
「一応報告すべきかと思いまして。報連相は大事だと習いましたから」
「さいですか」
「お母さんッ!!お帰りなさいッ!!」
「ドラネルさん、ただいま。ですが今はお客様の前ですので、後でたくさんお相手させてくださいね」
「はーい」
コイツがドラネル?養子って聞いてたけど、仲のいい親子だな。
何だろ?羨ましいな……て、あれ?何で俺、この親子のことやっかんでるんだ?
「ドラネルさん、今から彼と遊んで待っててください。私は夕食の支度と残りの掃除を済ませたいので」
「うん、わかったッ!!任せてよッ!!僕はドラネル、君は?」
「鳥川……異丸」
「イマルね。僕の部屋で遊ぼッ!!案内するから、こっちッ!!」
俺はただ、ドラネルにされるがまま部屋に着いてくことにした。
そんな俺ら見送りながら手を振る彼女の口元が、徐々に怪しく歪んでいることにも気づかずに……
その後俺はドラネルに教えてもらいながら折り紙を折ったり、彼の好きな絵本を読み聞かせてあげたりトランプ遊びの相手をしてあげたりで時間が経つのも忘れていた。
「あ、ヤベッ!!もうこんな時間か。そろそろ勉強しねぇと」
「勉強?宿題でも出されてるの?」
「いや、単に俺が受験生だから……」
「へぇ、じゃあイマルは……何のために受験するの?」
ドラネルに訊ねられた途端、俺は返す言葉が見つからなかった。
別に俺はこの高校にスゲー行きたいわけじゃねぇ。
ただ、俺が一発合格したら……また母さんと父さんに褒めてもらえるかもしれない。
そう思って頑張ってただけで、本当に俺が行きたい高校なんかじゃない。
「それは……」
「失礼します。夕食の支度が整いましたので、ご報告させていただきます」
「はーい。イマル、ご飯食べに行こッ!!お母さんの料理は美味しいから、きっと驚くと思うよ」
「あ、ああ、そうだな。にしてもそんな美味いん?」
「もちろんだよッ!!特にミルクスープやカレーはすっごく美味しいんだからねッ!!」
「へぇ、そりゃ楽しみだな」
俺らを呼びにきたアワリティアに着いていきながらドラネルと歩きつつ話す。
広間に着くとテーブルの上には、ブロッコリーのカレーに大根サラダ、表面が少し焦げたチョコチップマフィンが置いてあった。
アワリティアから席に着くよう言われたので、とりあえず俺はドラネルの隣に座ることとした。
「いただきます」
味が気になったので少しだけ口にしてみたが、ドラネルの言った通り美味かった。
「まだたくさんお代わりありますから。慌てなくても大丈夫ですよ」
「お母さんの作る料理、僕大~好きッ!!」
「あらあら、ドラネルさんったら」
二人の仲睦まじい親子関係を眺めてたら、俺の目から突然涙が溢れ落ちてることに二人は気がついた。
「ええッ!?イマル?君大丈夫ッ!?」
「ああ、ちいとばかし昔を思い出しちまっただけだ」
「あの、つかぬことことをお伺いしますが……アナタの家族関係は、あまり良好ではないということでしょうか?」
「俺はただ、母さんと父さんに褒められたくて認められたくて……また昔みたいに、幸せで楽しかったあの時みたいに過ごしてぇ。あの日々に、戻ってほしいのかもな」
二人を見ながら苦笑いして話すけど、わかってんだ。
あの時みたいな関係には、もう戻れねぇことくらい。
すると急にアワリティアが俺を優しく抱きしめ、俺の耳元で“何か”囁いた。
「今までよく頑張りましたね、イマルさん。アナタは充分えらいですよ」
「うぅ……俺だって本当は寂しい。褒められたい、認められたいだけなのに……」
「あの、もしよろしければ……しばらくここで暮らしてみませんか?」
「え?いいのかッ!?」
「もちろんです。ドラネルさんも嬉しそうですから」
「わーい、遊び相手が増えて嬉しいッ!!」
「ふふ、よかったですね」
あれ?こんなにも楽しいもんだったっけ?家族の団欒ってのは。
ま、いっか。どーせ夢ん中の話なんだし。真剣に考えんのは目が覚めたらでいっか。
それでいいやって甘く考えてたんだ……だから、気づけなかったんだ。
俺とドラネルが笑顔で談話してる姿を愛おしそうに眺めてるアワリティアの口元が歪んで、まるで“誰か”を薄ら笑ってるということに……
ーー楽しくなりそうですね。これからは、私がそばにいます。一緒に◯しましょう。永遠に……ねーー
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