死にたがり聖女さま

茅野うつぎ

本文

 聖女さまが逃げ出した。

 俺は神父さまに言われ、彼女を探しにゆく。


「カタリナさま」


 呼ぶと彼女が茂みから出てくる。

 聖女らしからぬ格好だ。葉っぱが服にたくさん付いている。


「や、シーシェル」

「……なにをしているのです?」

「毒キノコを探してて。すぐ帰るつもりだったんだけど」


 たしかに彼女の手には、大きな赤いキノコがふたつ。


「ならどうして7時間も?」

「迷った!」

「馬鹿じゃないですか」


 7時間も迷えるものなのか。

 この街は狭いし、彼女のいたここは教会から直線距離で100メートルだ。


 ……もういちど言う、100メートルだ。


「どうやったらここで迷うんです?」

「ん、なんかね、野良うさぎ追いかけてたら……」

「馬鹿じゃねぇですか」


 ふふん、とドヤる彼女。


「失敬だな、天才と呼んでくれたまえ」

「馬鹿と天才は紙一重ですからね」


 ともかく、と俺は言い、彼女の手を取る。それに引かれた彼女は、立ち上がって、服をペシペシと叩いた。

 汚れを落としているつもりらしい。落ちてないが。


「よし!」

「……いや。まったく落ちてないです」

「じゃあ落として」

「自分でやってください」


 む、と彼女が唸った。


「か弱い少女ひとりのお願いも聞けないなんて」

「自分で言うと信憑性なくなりますよ」


 むむ、と彼女が唸った。

 頬を膨らませているのだが、それが滑稽。


「……というか、どうしてふたつも?」


 話題を変える。毒キノコ。赤くて大きくて、食べにくそうだ。


「ああ、これ? シーシェルも食べるかなーって」

「食べねぇです」

「じゃあ神父にあげる? 調理して、見た目わからなくして」

「殺す気ですか?」

「そうなればいいのにー」


 ぷぅ、と空気を口に含ませて、一気に吐いた。髪が揺れる。

 彼女が神父さまを嫌っているのは見てわかるけれど、さすがに人殺しはよくない。俺は彼女からキノコを取り上げる。


「あ!」

「これ、毒抜きできないやつですね。ということで没収します」

「えぇー。……あ、じゃあ、いまから入水しよ!」

「誘いなら断ります。宣言なら好きにして」


 とは言いつつ、そろそろ彼女を連れ帰らないと、神父さまに怒られそうだ。

 どうしたものか。やっぱりここは、彼女の好きなもので釣るべきか。


 は、と短く息を吐く。


「……今晩はトランプゲームでもしましょうか」


 俺は聖女さまの自殺癖を知る一般人だ。

 それゆえに、神父さまに監視を依頼されている。


「お? じゃあ今晩までは生きなきゃね」


 彼女の死にたい理由を、俺はまだ知らない。

 きっと神父さまだって知らないのだろう。


「あ、十字架が流れてる。……ん? 私のだ」

「馬鹿」


 姉さんに似ているな、と俺はつくづく思う。

 だから放っておけないのだ。


『死にたがり聖女さま』

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死にたがり聖女さま 茅野うつぎ @gas-station

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