第50話
数日後。ウォルタナ領へ出発する日を迎えた。
彼は騎士団を退団にはならず、国王陛下から特別任務を受けていた。
それは、さらわれた国民を奴隷から救出すること。
それが終われば騎士団を退団となるので、彼ひとりに領地経営をお願いするつもりでいる。
先々で彼に領地経営をお願いするのは、わたくしに叶えたい夢があったから。
外交官になって様々な国と交渉するという夢だ。
通訳魔法で活躍する夢をユーリアスに話したら、そのときは護衛として同行すると言ってくれた。
故郷へ出発する馬車を前にして、みんなとの別れをすませる。
お父様もスチュアートお義兄様も祝福してくれた。
お母様はもちろんユーリアスとの婚約を喜んでくれている。
「シャルロッテ、元気でね」
「お母様もどうかお元気で」
お母様がユーリアスとの結婚を後押ししてくださったから、ふさぎ込む毎日から抜け出すことができた。
いまのわたくしがあるのはお母様のお陰。
感謝の気持ちが溢れて胸がいっぱいになる。
結婚式はお父様とお母様に相談して、辺境伯に就任する一年後と決めた。
一年後の結婚式で、お父様とお母様、スチュアートお義兄様を故郷ウォルタナへご招待する。
それまでに、いまの荒れた故郷を元に戻さねば。
見送りに駆けつけてくれたディアナ様が手紙を差し出す。
「これ、よろしくお願いします。シャルロッテ様、どうかお元気で」
「任せてください。ディアナ様もお元気で」
ディアナ様が書いたブランターク侯爵宛ての手紙だ。
謁見が終わって侯爵が帰国してから、ディアナ様が毎日のように屋敷へやってきた。
それはヘルメア公国の文字をわたくしから教わるため。
そして、なんとかわたくしが出発する前に書き上げることができたのだ。
彼女の努力の結晶、想いの詰まった恋文を。
ウォルタナに着いて最初の仕事は、この恋文をブランターク侯爵へ渡すこと。
一年後の結婚式では、必ずわたくしが投げるブーケをディアナ様に受け取ってもらいたい。
馬車に乗る前にお馬に近づく。
通訳魔法を使うとピンク色の輝きが周囲に広がった。
『お馬さん。これからもよろしくね』
『お嬢様のためならどこまでも』
傷跡を触らないよう頬を優しく撫でてから、ユーリアスの手を借りて客車に乗り込む。
家族とディアナ様の見送りに窓から手を振って別れを惜しんだ。
馬車が出発してバーナント家の庭を出たところで、隣に座るユーリアスの顔を見る。
こんな素敵な人と一緒に故郷で生活できるなんて。
心が満たされると同時にヤル気が湧いてきた。
幸せにかまけてばかりはよくない。
これからは苦手なことにもチャレンジしないと。
彼の手を強く握る。
「あの! 結婚式ではダンスを披露したいです!」
「苦手ではなかったか?」
「逃げずに克服します。だから練習につき合ってくださいますか?」
隣に座る彼に要求すると、返事の代わりに優しく口づけをされた。
不意打ちにびっくりして目を見開く。
「君の願いなら喜んで」
ふたりきりの客車で美男子からの口づけ。
それはずっと憧れていた婚約者からの愛の証。
意識するほど胸が高鳴っていく。
結婚まで一年もあるのに、その間ずっと美しい彼とふたりきりで過ごすのだ。
緊張で心がいつまで耐えられるか心配になってきた。
一年後にわたくしは辺境伯となる。
そうしたら愛するユーリアスと幸せな家庭を築いて、いずれは外交官になるという夢を叶えたい。
「これ、作っておいたよ」
「あ、伊達眼鏡。でも、もうなくても平気そうです」
「愛らしいシャルロッテがなにより好きだが、たまには格好よく変身して外交をするのもいいんじゃないか」
童顔を気にしていたのは自分だけ。
最愛の彼はどちらのわたくしも受け入れてくれていた。
弱いところも、強がるところも、すべてをそのままに。
彼の肩に寄り添う。
ありのままを受け入れてもらえる幸せはこの上なくて。
故郷へ向かう馬車は、穏やかな陽気の中を進む。
客車から見える街道には、初夏の日差しが降り注いでいた。
了
お義兄様がイケメン過ぎるせい!? わたくしが故郷と爵位を奪われたのは、どうやら従妹の策略らしい。 宇多田真紀 @2067610
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