EP 16

新たな味を求めて、いざサウルナ街へ!


ププル村を後にして数日、田中貴史たち一行は、ララリララ大陸の緩やかな丘陵地帯をサウルナ街に向けて進んでいた。旅の足となっているのは、もちろん賢竜ロードだ。彼の頑丈な背中には、サンダが作ってくれた特注のハーネスが取り付けられ、そこに貴史お手製の「移動式どんぶり屋台(試作一号)」がしっかりと固定されている。馬ほどの大きさをしたティラノサウルス系統のロードが、屋台を引きながらのっしのっしと歩く姿は、道行く他の旅人や行商人の度肝を抜き、時には遠巻きにされることもあったが、貴史たちにとってはすでに見慣れた光景だった。


「はぁあ…ププル村を出るなんて、小さい時にお父さんと一緒に王都に行った時以来だわ」


屋台の御者台(ロードの背中の少し後ろに申し訳程度に設けられた席)にルーナと並んで座っていた貴史の隣で、ルーナがどこか懐かしそうに息をついた。頬を撫でる風が、彼女の栗色の髪を優しく揺らしている。


「そうでござるか。ルーナたんは、小さい頃はどんな感じの子でしたでござるか? やはり、弓の腕は村一番だったとか?」


貴史は、道中の退屈しのぎも兼ねて尋ねてみた。


「うーん、私はねぇ」ルーナは少し照れたように笑う。「小さい頃は、お父さんに弓の扱い方を教えてもらいながら、村の友達と一日中、森や山を駆け回ってたわ。木登りしたり、川で魚を捕まえたり、時にはこっそりロードみたいなジオリザードの子供を見に行って、お父さんに叱られたりもしたっけ」


その瞳には、楽しかった日々の記憶がきらめいている。


「そうでござるかぁ。いかにもルーナたんらしい、活発な子供時代でござったな。モウルたんは、どうだったのでござるか?」


貴史は、屋台の少し前を、大きな棘付きメイスと片手斧を肩に担いで悠然と歩いているモウラに声をかけた。


「ん? アタイかい?」モウラは振り返り、ニカッと笑った。「アタイは生まれた時からこのガタイでねぇ。物心ついた頃には、族長や村の戦士たちに組み敷かれて、魔牛流の基礎をみっちり叩き込まれてたのさ。戦士の儀を終えてからは、あちこちの村や小競り合いに傭兵として顔を出して、腕一本で渡り歩いてきたってわけよ。戦場がアタイの遊び場みたいなもんだったねぇ」


その言葉には、彼女が生きてきた世界の厳しさと、それを乗り越えてきた強さが滲んでいた。


「ひぇ…凄いでござるなぁ…。まさに歴戦の勇士でござる」


貴史は素直に感嘆の声を上げる。


「じゃあ、貴史はどんな子供だったの? 聞かせてくれる?」


今度はルーナが興味津々といった顔で貴史を見た。モウラも「ああ、そいつは気になるな」と歩みを少し緩める。


「え? せ、拙者でござるか?」貴史は一瞬言葉に詰まったが、意を決して語り始めた。「拙者はその…地球という、ここより遥かに進んだ文明の世界で…来る日も来る日も『アニメ』や『漫画』といった聖典を読み漁り、時には自ら『同人誌』という新たな聖典を創造したり…そして『サバイバル動画』で究極の生存術を研究し、『インターネット』という広大な情報網の片隅にある『掲示板』にて、世に蔓延る悪党どもと日夜『聖戦ホーリーウォー』を繰り広げていた孤高の戦士でござったよ…」


「…………」


「…………」


「…………」


ロード、ルーナ、モウラの三者(一頭)は、貴史の話をぽかーんとした顔で聞いていたが、やがて顔を見合わせた。


「ご主人…何を言うてはるのか、さっぱり分かりまへんなぁ…」


「うん…私も…『せいせん』って何かしら?」


「同じくだ。漫画ってのは、獣人族の子供がたまに木の皮に描いてる落書きみたいなもんか?」


貴史の熱弁は、異世界の住人には全く通じなかったようだ。


「よーし! 気を取り直して、そろそろ休憩にしまひょか! 飯! 飯の時間ですわ!」


ロードが空気を読んで(あるいは単に腹が減って)提案する。一行は街道から少し外れた開けた場所を見つけ、焚き火の準備を始めた。


貴史は、先日ロックバイソンの群れ(と戦う冒険者)に遭遇した際に分けてもらった肉の塊を取り出すと、サバイバル動画で見た知識を思い出しながら、手際よくステーキの準備を始める。持参したナイフで筋を切り、岩塩と、ルーナが森で摘んだ香りの良いハーブを擦り込み、焚き火で熱した平たい石の上で焼き始めた。ジュウウゥゥ…という音と、香ばしい匂いが辺りに立ち込める。


「わぁ…! すごく美味しそうな匂い…!」ルーナが目を輝かせる。


「へぇ、タカシ、お前さん、丼以外も作れるんじゃねぇか。やるなぁ」モウラも感心したように見ている。


「み、見様見真似でござるよ。上手く焼けてるか分かりませぬが…」


やがて焼きあがったロックバイソンのステーキは、表面はこんがり、中はほんのり赤い絶妙な焼き加減だった。それを切り分け、木の皿(これも貴史の手作りだ)に盛り付ける。


「「「「いただきます!」」」」


一口食べた瞬間、皆の顔が綻んだ。


「おいしーい! お肉が柔らかくて、ハーブの香りがすごく爽やか!」


「たまらんな、こりゃ! 外はカリッとしてるのに、中は肉汁がジュワッと出てきやがる!」


「いけるいける! 丼もええけど、こういうワイルドな肉料理も最高でんなぁ!」


貴史も自分の作ったステーキを頬張り、その出来栄えに満足していた。


その時、頭の中にあの無機質な声が響いた。


《――家事手伝い(野外調理)を確認。仲間のために食事を提供し、その労をねぎらいました。善行とみなし、丼ポイントを10ポイント加算します――》


貴史「へ? こ、こんなのでもポイントが貰えるでござるか!?」


ただ皆で食事を作って食べただけなのに、ポイントが加算されたことに貴史は驚いた。


「やったじゃない、貴史!」ルーナが手を叩いて喜ぶ。「これなら、毎日美味しいご飯を作れば、どんどんポイントが貯まるわね!」


「ってことは…!」モウラがニヤリと笑う。「あの美味いカツ丼が、また食えるってことか!?」


「こりゃあ、ご主人はもう、ワテらの専属飯炊き当番に決定ですわなぁ!」ロードが楽しそうに大きな尻尾を揺らした。


「えぇ~!? さすがにそれは当番制にしてほしいでござる~!」


貴史の悲鳴にも似た抗議の声は、ララリララ大陸の青空の下、仲間たちの楽しげな笑い声にかき消されていくのだった。


彼らのサウルナ街への旅は、美味しい発見と賑やかな笑いに満ちて、まだまだ始まったばかりだ。

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