EP 18

ルミラス村の森の奥深く、月明かりもおぼろな獣道を進んだ先、一行はついにシルバーベアの巣と思しき洞窟を発見した。周囲には獣の骨が散乱し、むせ返るような獣臭が漂っている。


「…来たな。デカいのが一体、中にいやがるぜ」


モウラは腰のメイスと片手斧を抜き放ち、その瞳に闘志を宿らせた。ロードも低く唸り声を上げ、臨戦態勢に入る。ルーナは弓に矢をつがえ、息を潜めて周囲を警戒している。


その中で、田中貴史はといえば…


「ひっ、ひぃぃ…な、なんか、ものすごい威圧感でござる…! か、帰りたい…ププル村に帰って、あったかい牛丼が食べたいでござるぅぅ…!」


完全に腰が引け、ガタガタと震えが止まらない。


「しっかりしな、タカシ! 今さら何を弱気なこと言ってんだい!」モウラが振り返り、叱咤する。


その時、洞窟の奥から、地響きと共に巨大な影が現れた! 銀色の硬そうな体毛に覆われ、鋭い爪と牙を剥き出しにしたシルバーベアだ。その巨体はロードに匹敵し、赤い瞳は飢えた獣の獰猛な光を放っている。


「グルルルルァァァァァ!!」


シルバーベアの咆哮が森を震わせる!


「いくぜ、ロード!」


「応さ!」


モウラとロードが同時に飛び出した! モウラはシルバーベアの巨体に臆することなく懐に飛び込み、棘付きメイスを叩きつける! ガギン! と硬い手応えと共に火花が散るが、シルバーベアは怯まない。ロードも側面から噛みつこうとするが、シルバーベアの鋭い爪がそれを阻む。ルーナの放つ矢も、その分厚い体毛と頑丈な皮に阻まれ、決定打には至らない。


まさに一進一退の攻防! モウラとロードが巧みな連携でシルバーベアに傷を負わせていくが、シルバーベアの反撃もまた熾烈を極め、時折モウラやロードの体に浅い傷を刻んでいく。


「くっ…! こいつ、タフすぎるぜ!」


モウラの額に汗が滲む。


その激しい戦いを、貴史は木の陰からただただ震えながら見守ることしかできない。


(だ、ダメだ…! あんなの、勝てるわけないでござる…! モウルたんもロード殿もルーナたんも、みんないなくなっちゃう…!)


その時だった。モウラの一撃を弾き返したシルバーベアが、偶然にも木の陰に隠れていた貴史の存在に気づいた! 飢えた赤い瞳が、新たな獲物(そして一番弱そうな獲物)を捉え、その巨体を貴史に向けて突進してきた!


「うわぁぁぁぁぁぁ! 来るなああああああ! どんぶりマスターーーーーーッ!!」


もはやこれまでと観念した貴史は、意味不明な絶叫と共に、パニック状態でスキル名を叫んだ!


すると、貴史の手の中に、ふわりと小さな赤い小袋が出現した。中には、見慣れた赤と黒の粒々…そう、七味唐辛子だった!


「へ? な、なんで七味でござるかー!?」


しかし、迫りくるシルバーベア! 貴史はもはや考える余裕もなく、持っていた七味唐辛子の小袋を、シルバーベアの顔面に向かって思いっきり投げつけた!


パサァッ!と赤い粉末が宙を舞い、その一部がシルバーベアの目に直撃した!


「グルルルルギャアアアアア!?!?」


さすがの猛獣も、目潰しには耐えられなかった! シルバーベアは顔を押さえて猛烈に暴れ狂い、その動きが一瞬完全に止まった!


「今だぜ、モウラ!」ロードが叫ぶ!


「おうよ!」


この好機を、百戦錬磨の戦士が見逃すはずがない! モウラは右手のメイスに全身の力を込め、その筋肉が大きく盛り上がる! メイスの先端が、まるで内側から発光するかのように紅蓮の闘気を纏い始めた!


「食らいやがれェェェ! これがアタイの魔牛流奥義! 猛牛爆砕撃メテオ・ブルクラッシャァァァァァ!!」


闘気を纏ったメイスが、シルバーベアの眉間に叩き込まれる! ゴシャァッ!と骨が砕けるような鈍い音と共に、シルバーベアの巨体がくの字に折れ曲がり、そのまま力なく大地に倒れ伏した。もう、ピクリとも動かない。


静寂が森を包む。


「…やった…のか?」


貴史が呆然と呟くと、


「貴史ィィーーーッ!!」


ルーナが弓を放り投げ、貴史に駆け寄ってきて、勢いよく抱きついてきた!


「よ、よかったぁ…! 無事でよかったぁ…! あなたが七味?唐辛子?を投げてくれなかったら、危なかったかもしれないわ…! ありがとう、貴史!」


「え、あ、いや、その…拙者はただ、夢中で…」


貴史はルーナの温もりと、彼女の言葉に顔を真っ赤にする。


「へっ! よくやったじゃねぇか、タカシ!」モウラも肩で息をしながら、しかし満足げな笑みを浮かべて貴史の肩を叩いた。「まさか、あんなもん(七味唐辛子)で、あのバケモノの目ぇ潰すとはな! お前さん、意外とやるじゃねぇか!」


「そうでんなぁ、ご主人!」ロードも大きな頭を貴史にすり寄せながら言った。「あの咄嗟の判断、流石やで貴史はん! まさに奇跡の七味でしたわ!」


(いや、だから、あれはただのパニックで…スキルもなんで七味が出たのか分からないし…)


貴史は心の中でそう思いつつも、仲間たちの手放しの称賛と、ルーナの温もりに、何だか悪い気はしないのだった。


こうして、「どんぶりパーティー」の初陣は、貴史の(意図せぬ)ファインプレーと、モウラの豪快な一撃により、見事勝利で幕を閉じたのだった。

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