EP 10

迫りくるゴブリンの影と村の結束


ゴブリンたちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、ププル村には勝利の雄叫びと、安堵のため息、そして負傷者のうめき声が入り混じった、戦い特有の喧騒が満ちていた。


ロードは、その大きな頭を誇らしげにサンダや村人たちに向けた。


「どや! ワテのご主人、田中貴史はんが、あのでっかいホブゴブリンリーダーに一撃見舞いましてん! これで村の危機も去ったっちゅうわけですわ! よろしゅう頼んます!」


その言葉に、村人たちから改めて貴史への称賛と感謝の眼差しが注がれる。


「え、い、いや、そんな…拙者はただ、ルーナが危なかったから、夢中で…ロード殿が道を切り開いてくれたおかげでござるよ!」


貴史は真っ赤になって手を横に振る。自分の行動がまだ信じられず、手柄と言われても戸惑うばかりだった。


「ふふっ、二人ともすごかったわよ」ルーナは貴史の腕からそっと離れると、すぐに表情を引き締めた。「さぁ、貴史! 感傷に浸ってる暇はないわ! 負傷した村の人たちの手当てをしないと!」


「あ、う、うん! 分かったでござる!」


ルーナに促され、貴史は彼女と共に負傷者の手当てに回り始めた。ナーラも既に手際よく指示を出し、他の女性たちも治療の手伝いをしている。貴史はリュックからサバイバルキットを取り出し、ルーナやナーラに教わったばかりの知識――薬草をすり潰して傷口に塗る方法、清潔な布での圧迫止血、骨折の疑いがある場合の添え木の当て方――を、ぎこちないながらも必死に実践していく。


不思議なことに、貴史が一人手当てを終えるたびに、頭の中にあの無機質な声が響いた。


《――軽傷者の止血を確認。丼ポイント10ポイント加算します――》


《――中程度の裂傷の縫合補助を確認。丼ポイント20ポイント加算します――》


《――骨折の応急処置を確認。丼ポイント30ポイント加算します――》


(おお…! これが「善行」によるポイント獲得でござるか! どんどん貯まっていく…!)


貴史は、自分の行動が直接的にスキルに繋がることを実感し、治療にも一層熱が入った。


一通り負傷者の手当てが終わり、村に落ち着きが戻ってきた頃、サンダが力強い手で貴史の肩を叩いた。


「いやー、本当によくやってくれた、貴史君! 君のあの咄嗟の一撃がなければ、ホブゴブリンリーダーを仕留めるのにもっと手間取っていただろう。村の被害も広がっていたかもしれん」


「あ、ありがとうございます…でも、拙者はただ、無我夢中で…」


「ふむ」サンダはロードの巨躯に目をやり、何かを考えるように顎鬚を撫でた。「ロードのあの突進力と火炎球は見事だった。貴史君、君がロードに乗って戦うのなら、武器はショートソードよりもハルバードが良いかもしれんな」


「ハルバード…でござるか!?」


貴史の脳裏に、中世の騎士が使う長柄の斧槍のイメージが浮かんだ。元中二病の血は少し騒いだが、それ以上に扱える自信が全くない。


「そうだ。ロードの背からなら、リーチの長いハルバードで敵を薙ぎ払ったり、突き刺したりできる。片手で盾を構えれば防御も固められるし、いざとなればクロスボウで遠距離から仕留めるという手もある」


サンダは元竜騎士としての経験から、具体的な戦術まで語り始めた。


「ひぃぃ…剣術だけで精一杯なのに、さらにハルバードと盾とクロスボウでござるか…?」


貴史の顔が引きつる。


「よし! 早速、村の鍛冶屋のじいさんに話して、君専用のハルバードを作らせるとしよう! ロードに乗ることを考えれば、柄の長さや穂先の形状も特注だな!」


サンダはすっかりその気になって、目を輝かせている。


「まぁ、お父さんたら、本当に楽しそう」


ナーラが微笑ましそうにその様子を見守っていた。


貴史は、この流れに若干の不安を覚えつつ、恐る恐る口を開いた。


「あ、あの…拙者の『食べ物屋になる』という話は、一体何処へ…?」


サンダは「はっはっは!」と豪快に笑い飛ばした。


「何を言うか、貴史君! 選択肢は一杯ある方が良いに決まっているだろう? 強い戦士でありながら、絶品の丼も作れる! そんな男、大陸広しと言えど、そうそういるもんじゃないぞ!」


その言葉は、妙な説得力があった。


それから数日後、貴史の基礎戦闘訓練のメニューには、サンダの熱血指導のもと、ハルバードの基本的な突きと薙ぎ、そして盾の構え方が、本人の意思とはあまり関係なく加えられることになったのであった。


(なぜこうなったでござるかー!?)


貴史の心の叫びは、今日もププル村の空に虚しく響くのだった。


しかし、彼のリュックサックの中(あるいは女神システムの中)では、人助けによって得られた丼ポイントが、着実に貯まりつつあった。戦う力と、人を笑顔にする丼の力。貴史の異世界での道は、ますます賑やかで、そして予測不能なものになりそうだった。

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