EP 9


迫りくるゴブリンの影と村の結束


「放てぇぇーーっ!」


サンダの咆哮が戦いの開始を告げた。ププル村の木の柵に設けられた狭間や、見張り台から、一斉に矢とクロスボウのボルトが放たれる。ヒュンヒュンと風を切る音と共に、森から飛び出してきたゴブリンたちの先頭が数匹、短い悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。


「グギャアアア!」「人間、殺ス! 食料、奪ウ!」


しかし、ゴブリンの勢いは止まらない。緑色の汚れた肌をした小鬼たちが、錆びた剣や棍棒を振りかざし、奇声を上げながら波のように押し寄せてくる。その中には、一回りも二回りも体格が良く、より強力な武器を持ったホブゴブリンの姿も混じっており、その威圧感はゴブリンの比ではなかった。


「怯むな! 第二射、用意! 槍隊は柵の内側で陣を組め! ププル村を襲ったこと、骨の髄まで後悔させてやれ!」


サンダは自らも巨大な戦斧を構え、村人たちを鼓舞する。村人たちは手慣れたもので、弓兵は冷静に次弾を装填し、槍を持った者たちは鋭い穂先をゴブリンの群れに向けて揺るぎない壁を作った。


ルーナも、村の女性たちと共に弓を構え、正確な射撃で次々とゴブリンを射抜いている。その横顔は真剣そのもので、普段の快活な少女の面影は薄い。


その間、田中貴史はといえば、木の柵の陰でガタガタと震えていた。


(こ、怖すぎるでござる…! 本物の戦闘…血の匂い…死の恐怖…サバイバル動画じゃこんなの体験できない…!)


耳をつんざくようなゴブリンの奇声、金属がぶつかり合う音、そして時折聞こえる村人の苦悶の声。その全てが、貴史のなけなしの勇気を削り取っていく。


「おい、ご主人! 何してまんがな、そんな所で震えて!」


足元から、ロードの呆れたような声が響いた。


「だ、だって怖いでござる! 無理でござるよ、あんなの!」


「ルーナお嬢ちゃんかて、女の細腕で必死に弓ぃ射ってはるのに、あんたさんだけションベンちびって見とるんですか! それでええんか、男として!」


ロードの言葉がグサリと胸に刺さる。確かに、ルーナは自分よりずっと年下に見えるのに、勇敢に戦っている。


「うっ…わ、分かったでござる…何か…何か拙者にもできることを…」


貴史は腰に差したままの、サンダから譲り受けたショートソードの柄を握りしめた。しかし、足は鉛のように重い。


「よっしゃ! そうこなくっちゃ!」ロードはニヤリと笑うと、有無を言わさぬ力強さで言った。「だったらワテに乗りなはれ! いちいち雑魚にかまとったらキリがおまへん! 一気に敵陣の真ん中に突っ込んで、あの大将首らしきホブゴブリンを仕留めますわ!」


「え? いや、あの、それはいくら何でも無謀でござ…拙者は後方から弓で援護射撃を…って、うわあああ!?」


貴史の言葉が終わる前に、ロードは器用に彼の体を背中に乗せると、力強く大地を蹴った。


「邪魔じゃああああい!!」


ロードは咆哮と共に、口から灼熱の火炎球を連続して吐き出した! ボォン! ボォン! と炸裂音が響き、進行方向にいたゴブリンたちが炎に包まれて吹き飛ぶ。瞬く間に敵陣の真ん中に道が開けた。


「ヒイイイイイイイイイイイッ!?」


振り落とされまいとロードの硬い鱗にしがみつきながら、貴史は絶叫する。背後からはサンダの「ロード!?貴史君をどこへ!?」という焦った声が聞こえた気がした。


あっという間にゴブリンの群れの中央、ひときわ大きな体躯を誇り、禍々しい鉄兜を被ったホブゴブリンリーダーの眼前に躍り出た。


「オラァッ! 親玉出てこいやァ!」


ロードは再び火炎球を放つ。ホブゴブリンリーダーは巨大な盾でそれを辛うじて防ぐが、その衝撃に体勢を崩し、盾の一部が赤熱している。リーダーは怒りの咆哮を上げ、巨大な戦斧を振りかぶった。


ロードの背の上で、貴史はただただ目を白黒させている。


(な、何がどうなってるでござるかー!? まるでアクションゲームの強制イベントじゃないかー!)


その時、側面から数本の矢がホブゴブリンリーダーの鎧の隙間に突き刺さった。


「ロード! 貴史! 大丈夫!?」


ルーナが弓を構え、村の防衛ラインから駆けつけてきてくれたのだ。


「お嬢ちゃん! おおきに、助かりまっせ!」


ホブゴブリンリーダーは、邪魔が入ったことに気づき、標的をルーナへと変えた。その凶悪な目がルーナを捉え、戦斧を振り上げる。


「あ…!」ルーナの顔に緊張が走る。


その瞬間、貴史の中で何かが弾けた。


震えていたはずの足が、勝手にロードの背を蹴った。恐怖よりも、ルーナを守らなければという一心だけが、彼の体を突き動かしていた。


(ルーナ…たんッ!)


恐怖とパニックで頭が真っ白になりながらも、ルーナを守らなければという一心だけが、彼の体を突き動かしていた。


「ルーナたん! うわああああ!」


貴史は意味不明な絶叫を上げながら、ほとんど無我夢中で、手にしていたショートソードをホブゴブリンリーダーに向かって投げつけた! 我流もへったくれもない、ただの力任せの投擲。しかし、その切っ先は、まるで何かに導かれたかのように、ホブゴブリンリーダーの鎧の隙間、まさに先程ルーナの矢が浅く刺さったのと同じような箇所――おそらくは首筋に深々と突き刺さった!


「グ…ギ…ガァ……ッ!?」


ホブゴブリンリーダーの巨体が大きく揺らぎ、信じられないものを見たかのように目を見開いたまま、苦悶の声を上げ、その場にゆっくりと崩れ落ちていく。その動きは明らかに絶命のそれだったかもしれない。


リーダーの異変に気づいたのか、周囲のゴブリンたちの動きがピタリと止まり、そして次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


あっけに取られている貴史の耳に、ププル村の方角から、地鳴りのような歓声が響き渡ってきた。


「おおおおおおおっ!」「やったぞー!」「ゴブリンどもが逃げていくぞー!」


「貴史っ!」


ルーナが駆け寄り、安堵と興奮が入り混じった表情で、貴史に力強く抱きついてきた。柔らかい感触と温もりに、貴史の心臓がドクンと大きく跳ねる。


「や、やった…でござる…? 拙者が…投げた剣が…当たった…?」


自分の手にはもう剣はなく、倒れ伏したホブゴブリンリーダーの姿を交互に見ながら、貴史はまだ自分の行動が信じられないでいた。


その時、頭の中にあの無機質な声が響いた。


《――ププル村防衛を確認。多数のゴブリンの撃退、及びホブゴブリンリーダーの無力化に貢献しました。丼ポイントを300ポイント加算します――》


貴史は、ルーナの温もりを感じながら、そして女神システムの声を確かに聞きながら、ただ呆然と戦いの終わった広場に立ち尽くしていた。

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