24
授業が終わり、放課後に友人と呼べる数人と会話をして家路につく。
友人達は電車通学だが、彼女はバス通学だった為、校門前でお互いに背を向けて歩き出す。
「またひどいこと言っちゃったな」
ぽつりと絶望の一言を漏らすと彼女は空を見上げた。
どんよりとした重く黒い灰色の雲が空を覆い尽くしている。
まるで彼女が見ている世界そのままだとぼんやりと思いながら、バスの中から窓の外に流れる景色を眺めていた。
彼女の思考は置いてきぼりのままだが、世界も時間もそのような些末なことに気をかけることはない。
どれだけ悲観しようが絶望しようがバスが走り出せば外の世界が走り出すように、彼女のいる世界も変わりなく動いていく。
「もう、疲れたな」
家に帰れば不気味なものを見るように母親が睨み付けてくるだろう。
衣食住を提供してくれているだけありがたいと思うべきなのだろうと、彼女は他人事のように思い込んだ。
重い足取りで川へ向かう。
「もういいかもしれない」
無理に生にしがみつく理由が彼女にはもう見当たらない。
地元で有名な川はそこそこ深くて広い。
雨が降りそうな今日なら流れていけるかもしれない。
川を見つめ、そう考えていたときだった。
「なにしてるの?」
突然、舌足らずな甲高い声に話しかけられた彼女は驚いて、無言のまま文字通り飛び上がった。
勢い余って落としてしまった学生鞄を慌てて拾い、顔を上げた時、声の主と目が合った。
首を傾げ、不思議そうに目をぱちくりとさせているおそらく少年。
手にはノートとクレヨンセットを持ち、眩しいと感じるほどに瞳をきらきらと輝かせて彼女を見ていた。
「少年、知らない人間に話しかけるのは不用心だと思うよ?」
あまりに純粋な瞳に彼女は毒気が抜かれ、思わず話しかけてしまった。
学生鞄を持ち、立ち上がるとそれに合わせるように少年は首をあげた。
「うん。しらないひととはなしちゃいけないっていわれてる」
そう言いながら、少年はちょこんとその場に座るとノートを広げた。
「でも、おねえさんはなんかはなしかけたくなった」
「・・・随分と大人びた会話をするんだね」
上から覗き込むようにノート見れば、鳥や猫などの生き物、花や山などの自然などが隙間なく描かれた世界が広がっていた。
その色もカラフルで猫が黄緑だったり、花が七色に光っていたり・・・。
少年のノートの世界は色があふれ、決して上手いとはいえないそれらは希望で輝いているように見えた。
「それもこせいだって、おじいちゃんとおかあさんがいってた」
隣町の方を見ながら、少年はクレヨンで川を描く。
迷いのないその描き方が彼女には眩しかった。
「君は恵まれているんだね」
少年の個性を尊重してくれる味方がいる。
それだけで彼女には少年を拒絶する理由になる。
これ以上、会話することもない
帰ろうと彼女は気だるげに顔を上げた。
そのときだった。
「ひとはね、かならずたのしいことがあるんだって」
唐突に少年はそう言った。
目線は相変わらず川とノートを行き来している。
「ぼくにはよくわからないけど。いきているかぎりたのしいことはかならずできるんだって。だから、あきらめちゃいけないっておじいちゃんがいってた」
少年はふいっと彼女を見上げると、にっこりと可愛らしく微笑んだ。
「だいじょうぶ。たのしいことはやってくるよ」
「どうしてそれを私に言うのかな?」
動揺している心に気づかないふりをして、彼女は尋ねた。
気づけば重くて黒い灰色の雲は薄まり、微かな陽の光が漏れ出していた。
「おねえさんがないてるようにみえたから」
できた
ノートをちぎると少年は彼女にそれを笑顔で渡した。
黄色やピンク、水色に塗られた川。
その中で魚や犬、うさぎや鳥が楽しげに泳ぎ飛んでいる。
「これあげる。とってもたのしいきらきらしたえ」
彼女は震える指でその手を受け取った。
子供らしい無邪気な絵と反して少年はしっかりしていた。
その言葉に意味もなにもないのかもしれない。
しかし、その言葉と受け取った絵は確かに彼女に色を認識させ、視界に光を少し宿らせた。
「本当にくれるの?」
何故か泣き出しそうな気持ちなるのを堪えながら、彼女は尋ねた。
「うん!」
純粋でまっすぐで眩しい笑顔。
空から雲が薄まり、鮮やかなオレンジ色の光が少年の顔を照らしていた。
「そっか、ありがとう」
彼女は微笑むと、空を見上げた。
きっと少年はこの先、苦労するだろう。
今はよくても、年相応とは思えない言語は異質なものとして排除される対象になる。
彼女は自身の学生鞄からノートをとりだした。
適当にちぎり、言葉を紡ぐ。
今の少年には伝わらなくてもいい。
すぐに捨てるかもしれないしなくすかもしれない。
それでも
「少しでも君の希望に・・・大げさだね。少しは力になれるように」
彼女は少年にそれを手渡した。
空見上げ
暗き帳に星光り
流れ願うその先に
彼方の夢に思い馳せ
祈るは君の幸せと
「ありがとう」
帰ろうと学生鞄を持った彼女に少年はまたねっと手を振った。
「おねえさん、リュックにしたらもうおとさないよ!」
「余計なお世話だよ」
くすくすと笑いながら、彼女は背を向けた。
もう二度と会うこともないであろう少年の未来が明るいことを願いながら。
「願わくば、君の世界が私みたいに色を失いませんように」
久しぶりに人の幸せを願ったなと彼女は口元を緩ませた。
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