第29話 月下の呼び声
ザクッ
薄く積もる雪原に、地面へと降り立つ足音がひとつ響く。
その足音は間髪入れずに、走り出した。
「みんなっ!!!!」
冷えた空気が肌を刺す。それでも、痛みより先に浮かんだのは――倒れている仲間たちの姿。
「みんなっ……!」
息を詰め、雪を蹴る音を立てて駆け寄る。
雪面に膝をつき、ひとりずつ名前を呼ぶ。
その声に、よろよろと体を起こす影がひとつ、またひとつ。
「うぅっ…!」
お腹を抑えて灯が起き上がる。
「いったぁ…!」
翔花や美羽も、フラフラとしながら身体を起こす。
「……凪…?」
目の前にいる凪の緑と銀色の騎士服姿を見て、みんなの目が一瞬、驚きに見開かれる。
けれど、そんな視線に気づく暇もなく、凪は震える声で言葉を重ねた。
「大丈夫!?どこか血とか…っ!」
「…ぅ…!」
ザクッ!!
優が震える手で杖を立て、座り込んだまま魔法陣を展開した。
―リィイイン―
足元に広がったピンクの光が、温かく彼女らを包み込み、金色の粒子が舞い散る雪のように8人に優しく降る。
痛みに歪めていた皆の顔が、ホッとしたように緩んだ。
だがその光が収束した瞬間、優の体がふっと傾いた。
「優っ!」
かおるが慌てて抱きとめる。優の息が速く、浅い。
「魔法、急に使いすぎたんかもしれん…」
かおるにもたれかかる優の額を、霞が眉を寄せ、優しく触る。
それを見た未桜がぐっと決意を込めた声を放つ。
「……今日は一旦、戻ろう。図書館に。」
その一言で皆が頷く。
雪を踏みしめながら、それぞれ肩を貸し合い、かおるが優を抱えて、ゆっくりとワープ門へ歩いていく。
雪の積もる岩山から覗く夕日が、8人の背中を静かに照らしていた。
―――
図書館の都市へ戻ると、優を横にさせて、霞が外へと出る。
結界の得意な優の代わりに、霞が再び結界を張りながら、ふと呟く。
「……あの時の、ジストの幻惑。あれを……応用できるかも。念には念を、やな」
霞は少し考えたあと、図書館を結界の上から、歪んだ鏡のような膜で包む。
外から見れば、仲間以外にはそこに図書館があることさえ分からないように。
周りの景色を反射して、認識を歪めてくれるだろう。
淡い光の輪が夜気に溶け、静寂が再び降りた。
館内へ戻ると、皆の姿がゆっくりと元に戻っていく。
緑の光が凪の身体から粒子のように消える。
安堵と共に、凪の頬を涙が伝う。
「ごめん……ごめんね、みんな……!見てるしかできなくて…!ひどいケガを…っ」
凪の声に、未桜が肩を抱き寄せる。
「謝ることなんてないでしょ!!凪のおかげで、全員、生きてるじゃん!」
「そうよ。それにあの状況では、むやみに飛び込まなかったのは正解よ。凪が無事でいてくれて、よかったわ」
灯が微笑み、翔花が勢いよく凪を抱きしめた。
「ねぇ、すごいじゃん! 変化できるようになったんでしょ!?」
温かな空気が流れる。
けれど同時に、胸の奥で誰もが思っていた。
――ラルド。
あの圧倒的な力の前で、次はどう戦うのか。
「ものすごく速かった…!次会ったら絶対、やっつけてやる!」
美羽が両手を握り、悔しそうに表情を歪める。
「でも、これで全員変化できるようになったってことだ。かなりの前進だと思うよ」
優のそばで座って様子を見ていたかおるが、皆を見上げる。
これで、情報収集とあいつらが来た時の対処が、
しかし、全員が変化できるようになったことで、新たな―いや後回しにしていた問題が浮き彫りになる。
問題は、山積みだ。
なぜ自分たちはここへ来たのか。
まず、この力はどこから来たのか。
襲ってきた奴らは何者で、夢で呼んでいた少女は誰なのか。
そして――自分達はここから、帰れるのか。
沈黙の中、美羽が言葉を漏らした。
「話逸れちゃうかもだけど、この姿になるの“変化”って呼ぶの、なんか違わない?理由はうまく、言えないけど…」
翔花が首を傾げ、少しキラキラとした瞳で呟く。
「あ、じゃあ、変身!?」
未桜が間髪入れずに言い放つ。
「魔法少女か。そんな可愛らしいもんじゃないでしょ、あの姿」
うーん確かに…と翔花が眉を寄せる。
その瞬間、灯がふっと目を伏せて言った。
「もしあの姿が、予想通り前世のものなら……“回帰”じゃないかしら」
「かいき?」
翔花が聞いたことない言葉だというように、ぱちくりと目を瞬かせる。
対して、美羽の顔がパッと明るくなる。
「おお、それだ!なんかめっちゃしっくりくる!」
「えっ?美羽知ってんの?"かいき"って何!?オバケのことじゃなくて!?」
1人言葉の意味が分かっていない翔花の狼狽えた様子に、笑い声が小さく広がり、張り詰めていた空気がやっとほどけた。
―――
「凪、君には何が視えたんだ?正直、次に行こうとしてたところが凪に関係あるのかと思ってたんだけど…」
かおるが凪へ向けて、投げかける。
全員の視線が、凪へと向けられた。
「うん…。私もそう思ってたんだけど…」
凪はあの時視えた幻影を、ゆっくりと話し始める。
「1人で、戦ってたの…その人。たくさんの敵…の兵士と森みたいなところで…腕に紋章があったんだけど、地図には載ってないものだった」
虎と竜巻の紋章。
虎が吠えているような横顔に、周りには竜巻が渦巻いているようなそんな紋章だった。
「私、皆を助けられて良かったと思ってる。力なんてないと思ってたから…でも…」
ギュッと拳を握り、目を伏せる凪。
「凄く強い力を感じて…皆を護りたいって、夢中だったけど、今思うとあんな力が自分にあるなんて…信じられないし、少し、怖い気もする」
普通の高校生だった自分。
皆に置いていかれたくないと
「わかるわ…」
灯が凪に同調した。
凪は顔をあげる。
「急にこんな力があるって分かって、普通では考えられないような事ばかり起こって、怖くもなるわ」
皆が灯の言葉に静かに頷く。
「たぶんだけどさ…あいつらがずっと、思い出せって言ってるのが鍵な気がするんだ」
かおるも静かに呟く。
「ずっと襲ってくるけど、殺そうと思えばできるのに、それをあいつらはしない。ギリギリのところでいつも留まってる。―ずっと私達が何かを思い出すように、誘導しているような感じがするんだ」
眉を寄せるかおると、頷く灯。
「敵の罠だとしても、目的も分からないけど、―それでも、自分達のためにもここが何なのかを、探り続ける必要があるわね。凪の紋章の場所についても」
「…"オリジナル"って言葉の意味も結局分からんかったしね」
図書館の中へ戻ってきていた霞も、ため息をつきながら呟く。
「そーーだね!考えてもしゃーない!」
ガシガシと頭をかいた未桜は、パンッッッと手を打つ。
「また明日、星と花の紋章の所へいこう!で、あいつらが来たら返り討ちにする!情報がきけるなら聞き出す!皆それぞれ頼って、無茶はしない!―いいね?」
未桜が皆の顔を見回しながら、一際明るい声で、まとめ上げる。
未桜の力強い表情に、その場にいる全員が深く頷いた。
「う…」
優が
「!優!大丈夫!?」
かおるが顔を覗き込む、霞もトトトッ…と小走りにそばへ寄ってきた。
「あれ…?うち…」
状況が把握できない様子の優。
「皆を回復させて、たぶん魔法の急な使いすぎで倒れたんよ。まだ寝とき」
霞が眉を寄せた表情で、優の顔を覗き込む。
皆が心配そうに見守る中、微かに頷き、すぅ…と優は眠りに落ちた。
「―今日はもう私達も休もう」
かおるが皆を振り向いた。
――夜。
図書館に静けさが戻る。
月光が窓を白く染める中、凪だけが目を開けていた。
心臓の音がうるさい。胸の奥に、目覚めたばかりの力がまだ
「……眠れないな…」
小さく呟いて、凪は身体を起こす。
周りにはそれぞれに眠っている皆。
ゆっくり優に近づくと、規則正しい呼吸と共にぐっすり眠っているようだ。
ホッと凪が微笑むと、足音を立てないように静かに外へと出る。
「あ…!」
霞がかけてくれた薄紫の結界が、認識できるようになっていた。
「本当に、力が私の中にあったんだ…」
外は、薄い霧と草木の匂い。
図書館の脇道を歩きながら、凪は息を吐くたび、過ぎた戦いの影を思い出していた。
月の光は淡く優しく、先ほどまで戦っていたとは思えないほどの、穏やかな静寂。
その時――
「おい」
声がした。
月の光に照らされたその先。
深緑の髪と瞳、中性的な声と容姿。
ラルドが木の隙間から照らす月明かりの中、立っていた。
風もなく、ただその視線だけが鋭く光る。
「…!!」
凪の心臓が跳ねる。
とっさに変化――回帰しようと、構えた。
――が、ラルドが視界から消えた。
ガンッ!!!
凪の視界が跳ね、背中に衝撃。
次の瞬間には、背後の木に叩きつけられていた。
「うっ……!」
ラルドが襟首を掴み、目を細める。
その瞳には、怒りと、暗い影が混じっていた。
「中途半端に思い出してんじゃねぇよ!そんな状態で意味あんのか?」
凪は咳き込みながら、言葉を探す。けれど声にならない。
「チッ……!」
ラルドはパッと手を離して鼻を鳴らし、踵を返した。
激しく咳き込み、その場に崩れ落ちる凪。
「次、やり合う時までに思い出せ。―じゃなきゃ容赦しねぇ」
背中を凪へと向けたまま、言葉を投げる。
「仲間も、てめえもな――ウィンディア」
軽く振り返ったラルドの瞳が、月の光で光る。
ザァッ…
木々の葉が揺れ突風が吹き、ラルドの姿は消えた。
白い息が夜気に溶ける。
凪はただ、呆然とその場所を見つめていた。
耳の奥で、さっきの名が何度も反響する。
「……ウィンディア……」
その名が唇から零れた瞬間、胸の奥の何かが確かに“疼いた”。
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