第28話 巻き上がる風

ビュウウウ…ッ


8人が都市からワープ門へと向かう途中の雪が薄く残る草原。


凍てつくような風が日が落ち始めると同時に、強くなってきていた。


わずかに雪の残る岩山が、夕日に照らされてオレンジ色に輝いている。


「いやぁあ〜!ほんとに寒い〜〜〜!」

変化した騎士服のおかげで、ある程度の寒さをしのげていた美羽も、さすがに冷気の強い風に音を上げていた。


「もう少しでワープ門だから。頑張れ美羽」

かおるが美羽を励ます。


あまりの寒さに指先が凍りそうなほど、冷たい。


雪煙の間、8人の息が白く空に溶けていく。

凍えるような風に身を任せながらも、仲間の背中を確かめ、目で励まし合う。



「凪、大丈夫?」

制服の凪を心配そうに、優が声をかけた。


「う、うん…!大丈夫…!」

ガタガタと震えながらも、凪は笑顔で優を見た。


さっきまでの寂しさと孤独感は、もう凪の胸にはなかった。


もしかしたらまだ行ってない、都市ではない場所でも、そこが自分と関係ある場所かもしれない。


そんな僅かな希望と、仲間達の優しい励ましが、凪の胸に暖かい温もりを与えていた。



「あっ!見えてきたよっ!!」

翔花も自分を抱きしめながら、ワープ門をみとめると、歓喜の声を皆へと向けた。


この場にいる全員が、この寒さから抜け出せることに安堵の表情を見せた。



ビュウウウッ!!!


風が途端に強く吹いた。


あまりの風に、全員が身を縮こめるように立ち止まる。


巻き上がる雪煙の中。

影が一瞬動いた。



―ダンッ!!!!

「うわぁっ!!!」



突然の何かを叩きつける音と、凪の悲鳴が7人の耳に響いた。



「凪!!?」


7人が慌てて目を開く。



―そこには



凪が胸ぐらをつかまれたまま、雪原に押し倒されている姿。


上に乗っているのは、見たことがない影。

深緑で短髪の、一見男性かと見間違うような、中性的な容姿。



その人物―ラルドは、組み敷いた凪を鋭く睨んだまま、ギリッと胸ぐらに力をいれる。



「いつまで寝ぼけてんだ…てめぇっ…!!」



低く、うなるように凪へと言葉を放った。



凪の目が開かれる。

自分へと向けられている、強く鋭い身を裂くような殺気に、身がすくんだ。



「凪を離せ!!」



ザンッ!!!



未桜の大剣が、ラルドへ向かって一閃放たれる。


未桜の一撃を軽々と避けたラルドは、上空へと舞い上がる。

顔を歪め、それぞれの武器を構えた7人を一瞥いちべつする。


右手を上空へと掲げたラルドが、殺気しか感じられない瞳をさらに細め、叫んだ。



「お前らがオレに敵うわけねぇだろうがっ!!!」



ゴオッ!!!!


ラルドを中心に嵐のような風が吹き荒れた。


同時に、ラルドの背中に禍々しい矢が無数に現れる。


「気をつけて皆!!」

未桜が声をかける。


優が魔法陣を展開し、全員を結界で包んだ。


雨のように、しかしとてつもないはやさで降ってくる風の矢。


身動きが取れないほどの、強く冷たく、嵐のように吹き荒れる風。


「うっ…!あかん…っ!!」


バリンッッッ!!!



優の結界が、音を立てて、割れた。


「うわっ!!!」

「きゃあっ!!」


8人がそれぞれに吹き飛んだ。

雪が宙を舞い、雪原に吹き飛んだ軌跡を描く。


「くっ!」

倒れながらも、灯が皆へと槍を振り、落ちてくる矢を凍らせ、全員へ刺さろうとするのを回避した。


「そんなんじゃ意味ねぇよ」


いつの間にか灯の横に立っていたラルドが、灯の腹を一撃、蹴飛ばした。



「うっ…!」

咳き込みながら、灯は気を失う。


「―みんなっ!!!」

凪は次々とラルドに倒されていく皆を、ただ見てることしかできなかった。


ラルドの動きは速く、身軽な翔花や美羽でさえ、目で追えていないようだった。


「凪っ!!逃げて!!!―ぐッ!」

優が焦った声で凪へと言葉をかけた瞬間、ラルドの拳が優の腹に入り、優はその場に崩れ落ちた。


「ああ…あ…」



―凪は、目の前で全員が倒れている光景を、信じたくなかった。

誰も助けられないかもしれないという焦燥に、心臓が跳ねる。



「あっけねぇな」


見上げると凪の上空にはラルドがいた。

夕日に深緑の瞳が鋭く光る。


ガクガクと凪の足が震える。


皆は優の魔法で回復してたはず…その皆を…



瞬殺。



―凪はこの状況が、絶望的であることを認めざるを得なかった。


命の危機に、図らずも涙がにじみ、息が上がってくるのを感じた。



その凪の様子に、嘲笑ちょうしょうするように軽くラルドが笑う。



「ハッ…そんなことで震えるタマかよ?」



再び右手を空へとかざすラルド。



「思い出せよ、いい加減に!!!!」



イライラとした様子のラルドの背後に、またも無数の矢の大群が現れる。




―倒れている7人は気を失っていて、ピクリとも動かない。


ビュウウウ…


風が冷たく、凪の頬をかすめていく。

凪の心に諦めのような感情が広がっていった。



―私、死ぬのかな。


―皆が必死で戦ってたのに、そんな皆の力にもなれずに。



涙で前がにじみうまく見えない。


震える手でそばで倒れているかおるの顔をそっと触った。

息はしているが、か細く、体温は冷たい。



「……っ」

反射的に凪は手を引っ込めた。


このままじゃ…皆本当に死んでしまう…!

さっきまで笑い合っていたのに。



―自分を励ましてくれた皆の顔が浮かんだ。




私を助けるために、飛び込んできてくれた未桜。


倒れながらも全員を助けるために、矢を凍らせていた灯。


自分だって危ない状況なのに、それでも私に逃げてと、倒される瞬間まで私を気にしてくれてた優。


みんなみんな、自分にできることを懸命にやって、そして、何の力もないと、勝手に決めて卑屈になった私を受け止めてくれた―



「…だめ…!」



私が、ここで諦めたら今度こそ皆に顔向けできない…っ!


胸の奥で、凪は小さく拳を握り、立ち上がる決意を固めた。



ザクッ…



思うように力が入らない足で凪は立ち上がる。

皆の前に立ち、庇うように、両腕を目一杯広げた。




キッと見上げた上空。

こちらを睨みつけているラルド。


身がすくむ。

でも、目を離すものか。

凪は力を込めて睨み返す。


何もできず、ダメだとしても、逃げるなんてことは、したくない…!!!


呼吸が苦しい。

グラグラと目眩めまいのように視界が歪んだ。



ザァッ……!!


―風が一瞬強く吹き、上空のラルドが二重になるように、違う影が重なった。


「えっ……?」


凪は目をまたたかせる。

ドクンッと音を立てて、心臓が跳ねた。


視界が一瞬ボヤけ、またピントが合うように戻る。


凪の見つめる上空には、違う人物がただずんでいた。



―ミントグリーンのような緑の肩口で切られた髪をなびかせ、身体に風をまとい、弓兵のような緑と銀色を基調とした騎士服を身に付けている。


―その右腕には、虎と竜巻の紋章―


―凪と、同じ顔をした女性。


冷たく無情に地面を見下ろすその表情に、凪は一瞬たじろぐ。



―ウワァアアッ…!!


急に凪の耳に反響するような悲鳴が届いた。


ハッと辺りを見回すと、凪の周りに人が倒れている。



それも、とてつもない人数が。


―武器をもった無骨な男性達。

―普通の人間の兵士や明らかに堅気かたぎではなさそうな雰囲気の集団。

息も絶え絶えの様子ながら、上空の女性を睨みつけている。



突然、異様な光景に囲まれた凪は、焦った表情で周りを見回した。

凪の横で、負傷した数人立ち上がり、吠える。



―まだだ…!倒せ!!たかが女一人だぞ!!

―やられてたまるかぁ!!


―まだ息のあるらしい男達がよろよろと立ち上がり、上空で見下ろしている緑の騎士の女性へと、それぞれに反撃を開始する。


―緑の騎士は、その瞳を細めると、一言呟いた。


―警告はした。わが国へ不法に立ち入ったものしか、この森には迷い込まない。侵入者には、死、あるのみ―


―緑の騎士は、弓矢を構えると、彼女の背後にも風の矢が無数に顕現けんげんする。

―反撃していた敵をものの数秒で一掃した。


その光景に凪の心の中がざわめく。


「ひとり…だったの?ずっとあなた独りで…」



ずっと独りでこんなことを?


凪はさきほどの、取り残されたという気持ちが、再び湧き上がるのを感じ、ギュッと胸の前で拳を握る。



―緑の騎士が、ふっと瞳を緩め、凪を見た。

その瞳には、先ほどまでの冷徹さは感じられない。


―誇っている。


そんな瞳に凪は見えた。



「―違うの?あなたは、取り残されたんじゃなくて…皆を護る…ため?」



凪が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


さあっと凪の身体を風が突き抜けた。



その瞬間。

再び心臓が跳ねる。

凪の心に風が渦巻くのを感じた―


凪は両手の拳を強く握って、目を閉じた。




―目の前にあった絶望が、少しずつ変わっていく。




「私は、ひとりじゃない…!私は皆を、護りたい…っ!!」 


「―もういい、死ねよ」




下を向いた凪に、痺れを切らしたラルドの無情な声が頭上から響く。



ゴオオッ!!



嵐のような竜巻と矢が、凪へと一気に放たれた。



凪が顔を上げた。


凪の瞳が徐々に爽やかな風のような淡い緑色へと変わる。

同時に、凪の足元から風が雪を巻き込んで舞い上がった。


ゴオッ!!!


バチンッ!!!



ラルドの嵐と凪の風がぶつかり、相殺された。



ラルドは、目を大きく見開き、同時に口角をつり上げ叫んだ。



「やっときやがったな…!ウィンディアッ!!!」




凶悪に笑ったラルドは、巻き上がる雪煙に向け、弓矢を構える。


抑えきれない歓喜の顔で、煙が晴れるのを狙っていた。


さあっ…


雪煙が収まり、視界がひらけた雪原。



そこには、凪の姿はなかった。 



「こっち」



ラルドの背中から、声が聞こえた。



「っ!!!」

反射的に振り向いたラルドの真後ろには、緑の騎士となった凪が、睨みつけていた。


「ハッ…!」

興奮と焦りが混じった声で、ラルドは口と目を歪めて笑う。



ガンッ!!!



前蹴りをいれられたラルドは空中で飛び退き、すぐさま体制を整えた。




「遅い」 



バッと顔を上げたラルドの懐に

手に風をまとった凪が、手刀でラルドの首筋を斬りにかかったのは同時だった。


「〜〜〜っ!!」


首筋に赤い線を引きながら、ラルドが本能的に避け、凪から距離をとった。



自分の首の傷を指で触ったラルドは、ニヤッと笑う。


「やっぱなまってんな、てめぇ」


血のついた指を舐め、足を後ろに引き、身を低くするラルド。


「皆を傷つけたの、許さないから…!」

凪は眉を寄せ、同じく体勢をとる。


一瞬の膠着こうちゃく



その時。



ゴンッ!!!!



何かを硬いものが叩きつける音がした。


「〜〜〜〜〜っ!!いっってえ!!!」

ラルドが両手で頭を抑えてしゃがみ込んだ。


「!?」

凪が一瞬呆ける。



「…一体何してるんですかラルド。勝手に」


ラルドの真後ろに、灰色の宝玉のついたロッドを振り下ろした体勢のまま、ジトッとした目でパールが立っていた。


「てめぇ…」

頭を抑えたまま、下からパールを睨めつけるラルド。


「貴女が勝手な行動とるから、ルビーがお怒りなんですよ…っ!迎えに来させられた私の身にもなってください。戻りますよ。―まあ、成果はあったみたいですけど…」


パールはまくし立てると、凪を一瞥いちべつする。


「…!」

凪は、警戒を強め、構えた。


凪から視線を外したパールは、眼下に広がる倒れた7人の姿を見ると、冷たい表情で呟いた。


「ほらね…ちゃんと思い出さないから、そんな事になるんですよ」

パールがロッドを振ると、灰色の球体に2人が包まれた。



「まてこら!オレは戻るって言ってねぇだろが!!」

ラルドがパールの胸ぐらを掴む。

「おっきい声出さないでくださいってば!」

パールが目をつぶって負けじと叫んだ。


舌打ちをしたラルドが、凪を鋭く睨む。


「遅ぇんだよ!!絶対てめぇはオレが潰す!!必ずな!!!」

殺気を帯びた表情で叫びながら、ラルドとパールは消えていった。



サアアアッと雪原に風が吹く。

白い雪に夕日の光が差し込み、静寂が戻ってきた。

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