第5話 邂逅

古びた鉄の扉が、軋んだ音を立てて開いた。


未桜みざくらに先導される形で、6人の少女たちは半壊した建物の中へと足を踏み入れた。

瓦礫が散らばり、壁はひび割れ、天井からはどこからか草の蔦が垂れている。

だがその中には、異様なまでに整然と本が並べられたスペースがあり、まるで――図書館のようだった。


未桜が軽やかに声を上げる。


ともりー! 不審者じゃなかった! あたしらとおんなじ、飛ばされてきたみたい! 知り合いいたから、まとめて連れてきた!」


その声に、埃まみれで、触れたら倒れてしまいそうな本棚の影に立っていた少女が振り返る。


――静かに。

まるで風もためらうように、その場の空気が一瞬止まった気がした。


少女は背が高めで、かおると同じくらいだろうか。

艶やかな濃い黒髪を、首筋で一つに結んでいる。

結び目には、水色のヘアゴムがひとつだけ。

派手さはないが、凛とした空気を纏っていた。


紺色のセーラー制服は着崩すことなくきっちりと整えられ、無駄な装飾も遊びもない。

――それは、隣にいる未桜とは対照的だった。

ワイシャツのボタンを大胆に開け、赤いリボンがダランと垂れ下がり、腰にベージュのセーターを巻いて今どきのメイクをしている未桜の姿は、少し気怠げですらある。


「初めまして、水谷みずたに ともりです」

少女――灯は、穏やかに微笑みながら歩み寄る。


「うわ!美人ー!!モデルさん!?」


翔花が場の空気に似合わない感想を述べた。

誰も肯定は口にしなかったが、確かに凛として氷のような美貌をもった少女だった。


灯はその言葉に少しだけ眉をさげ、ふわりと微笑んで続けた。


「やっと、未桜以外の人に会えて嬉しい。昨日、たくさん歩いたけど、全然誰にも会えなかったの」


その言葉に、未桜が片眉をピクリと上げて口を尖らせる。


「……なんか、引っかかる言い方してない?」


灯は首をかしげて、表情ひとつ変えずに返す。


「そう? ただ他の人に会えて嬉しいって思っただけ。未桜もそうでしょ?」


「うっ……ま、まぁ……そうだけどさ」


未桜が目を逸らして口ごもる間に、灯が再び6人の方へ視線を向けた。


「とりあえず、聞いたとおり……昨日、私たちはここに急に飛ばされて、お互い初対面だったけど、他の誰にも会えなくて……。ずっと辺りを歩き回って、この場所に辿り着いたの。―そっちの話も、聞かせてもらえる?」


彼女のまなざしには、冷静さと、確かな知性が宿っていた。

灯の穏やかな声に、場の空気が少し和らぐ。


6人のうち、誰かが答えようとしたその瞬間――

すっと前に出たのは、翔花しょうかだった。


「えーと、じゃあ、うちらの話、あたしがしよっか!」


灯の視線が翔花に向く。

150cmそこそこの背丈に、黄茶のクセ毛ショート。

制服のプリーツスカートの下にスパッツ、そしてスニーカー、動きやすい格好で、好奇心の塊みたいな子。


「最初にあたしが目が覚めたのは、森の中でさ。なんかいきなり一人ぼっちでめっちゃ怖くて、訳も分からず歩いてたら、噴水?みたいなところで凪と出会って、飛びついた」


翔花の語りは明るいが、言葉の奥には、ほんの少しだけ不安がにじんでいた。


「それから、霞、優、海で美羽……次々と合流できて。最後にクマかと思ったらかおるで…で、6人そろったって感じ!」


話の途中で名前を呼ばれた仲間たちは、それぞれ小さく頷く。

そして翔花は、灯の顔を見て、少しだけ声を落とした。


「けど、あたし達も……どうしてここに来たのか、何が目的なのか、全然分かってないんだ。怖いくらいに」


灯はそれを黙って聞いていた。目を伏せるでもなく、見下ろすでもなく。

一言も遮らず、ただ真っすぐに受け止めていた。


「……なるほど。私たちと同じね」


そう呟いた灯の声には、どこか安堵が滲んでいた。

やっと得た“共通点”。それは小さな希望にもなり得る。


「私と未桜も、似たような感じだったの。それぞれ学校に行く途中だったんだけど、見たことない景色で、最初は自分が夢の中にいるんじゃないかと思ったぐらい…そんな考えは甘かったけどね」


「夢にしてはリアルすぎる。疲れるし、腹も減るし……足も痛くなるし」


未桜が口を挟み、ふてくされたように呟く。


「マジで、靴擦れしたし……」


「私はしてないけど?」


「ぐぬぬ……あんたやっぱ強靭だわ……」

 

「隣にあなたがいて、ずっと文句言ってるから逆に頑張れたのかもね?」


そんなやりとりに、思わず美羽がくすっと笑う。

その笑顔に釣られるように、他の皆にも少しずつ余裕と笑顔が戻ってきた。


ほんの少しだけ――不安より、安心の方が勝った気がした。


そして、次の問いは当然のように誰もが感じていたことだった。


「……でさ」

かおるがゆっくりと口を開く。


「私たち、これからどうする?」


その問いかけに、空気が再び引き締まる。

答えは―まだ、誰も持っていなかった。


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