第4話  不穏な影

静寂を包んだ夜の森。

虫の音も途絶えた土の湿った匂いがする闇の中、一本の太い木の枝に、黒い影が静かに腰を下ろしていた。


 眼下には焚き火の赤い光。

 その火を囲んで談笑する6人の少女たち−−

「それでね、その時その友達がさ〜!」

「ちょっとそれ…ウケるんだけど!!」

「うるさい…」

「寝ようとしないで混ざれー!!」


取るに足らない日常の話を誰かがしては、他の少女達が吹き出し、また別の少女の些細な世間話に戻っていく。


「呑気なもんだな……これから、どうなるかも知らないでよ」


 風にそよぐ短い髪は深い緑色。

 姿は闇に溶けて判然としないが、女のように見える。

 しかしその口調は低く、荒っぽい。


 遠巻きに彼女は焚き火を見つめる。

 獲物を追う捕食者のような目で。


「さて……あいつらに知らせにいくか…。

やっと、お目当ての奴らが揃いそうだってな――」


 その時、雲の切れ間から差した月明かりが、彼女の顔の一部を照らす。

 見えたのは、口元。

 不敵に、たのしげに、笑っていた。


「決着、楽しみにしてるぜ」


影に隠れた深緑の目が、細く笑うように細められる。

強い風が吹く。葉がざわめき、枝が軋む。

 その瞬間、彼女の影は闇に溶けるようにして姿を消した。


 


心臓がドクンッと脈を打った。


「……!」


焚き火の側で、不意に凪が顔を上げる。

ピクリと何かを感じた。

背筋をなぞるような悪寒。


―今、誰かに見られてた……?―


「どうしたの?凪?」


美羽が不思議そうに尋ねる。


「ん……いや……気のせい、かな」


「また動物とか!?クマ!?」


美羽が自分を抱きしめるようにして怯える。


「違う違う!なんでもないよ。気のせいだった!」

 

凪は自分に言い聞かせるように美羽へ笑って言う。 空には何もいないはず。森の梢に視線を向けてみたが、ただの静けさが戻るばかりだった。


「とりあえず、明日も探索するしさ」

 

かおるが立ち上がりながら言う。


「火の番、交代で回しながら寝よう。さすがに動物とかいないとは限らないから、全員で寝落ちはまずいし」


「……だね。じゃあ私は後半でいいよ」

「オッケー!前半は任せて」

「これはむしろ起きてる方が楽しいかも…!」

「いや旅行やないんやから、翔花もちゃんと寝なアカンよ!」

「あ、霞もう寝てる!!早い!!」


笑い声が再び夜に戻る。

焚き火がパチパチと音を立てながら、小さな炎を揺らしていた。


 ――その夜、見えない誰かがその様子をじっと見下ろしていたことを、

 彼女たちは、まだ知らない。


―――



 夜が明けた。


 鳥のさえずりと共に、焚き火は白い灰を残して静かにその役目を終えていた。


「……よし、今日も行こう」


 かおるの一言で、6人はまた森の奥へと歩き出す。  

まだ行っていない場所。地図も持っていないため、全てが未知の領域。なにか手がかりが見つかるかもしれないと、希望と不安を胸に道なき道を進んでいた。

昨夜、全員持っていたスマホで親や警察に連絡を取れないか、地図は出ないかと試してみたが、大方予想通りの圏外だった。いつもは生活に寄り添ってくれるスマホも、今は目覚まし時計としてしか使い道がなかった。


「目が覚めたら自分の部屋のベッドで起きてるかなとか期待しちゃった〜〜〜!」


翔花がくぅ〜〜っと本気なのかふざけてるのか分からない顔で話す。


6人の誰もがそれを願って朝に目を開けただろう。

だが現実は変わらず、今朝も6人のいる所はこの鳥の声と木々のざわめきが広がる孤島だった。


皆で周りを見ながら、あるいは警戒をしながら歩いていると、足元の景色が変わった。

いつの間にか、草に覆われていた地面の一部に、風化した石畳が現れはじめたのだ。


「……道?」


 驚いたように凪が呟く。


さらに進むと、その石畳は二手に分かれていた。右と左。どちらも森の奥へと続いており、どちらが正しいのかはわからない。


「どっち、行く?」


 優が不安げに周囲を見渡す。


その時だった。霞が静かに前へ出る。  

迷いのない足取りで、右の道を指さした。


「……こっち」


 全員が目を丸くする。


「そっちの道、何か分かるの?」


優が首をかしげて尋ねる。


霞はしばらく黙ってから、ぽつりと答えた。


「……はっきりじゃない。けど……なんとなく、合ってると思うわ」


「まあ、何もなかったらここまで戻ればいいんじゃないか」


 かおるの言葉で、皆は顔を見合わせ、小さくうなずくと右の道を選んだ。


長い石畳が続く道、周りは鬱蒼うっそうと木が茂り、まさに木のアーチのようだった。時折会話しながら進む6人も、今までと違う雰囲気にのまれたのか少しずつ会話が途切れる。

その中で霞は、周りをゆっくりと見回しながら、どこか戸惑ったような緊張しているような顔をしていた。何か知っているような、何かを思い出しそうな―そんな曖昧な確信だけが、胸にあった。


凪はまだ出会って1日とはいえ、マイペースでどこか不思議で、物事に動じなそうな性格の霞がこんな表情をするんだ…と横目で霞の様子を見ていた。




―――


 森を抜けると、そこには古びたアーチのような石造りの門があった。すでに崩れかけており、つたが絡まっている。


 その門をくぐった瞬間、視界が一気に開けた。


 まるで中世の街のような景色。  

ボロボロになった家々。石畳の道。崩れた時計塔のような建物。  

かつてここが、誰かの"日常"だったような気配だけが、空気の中に残っていた。


「……うそ、こんな場所が……」


 凪が小さく呟いた。


「ここ、すご……」


 美羽も目を輝かせる。


 そんな中、霞は一歩、また一歩と前へ出て、街の中央に近い一軒の建物の前で立ち止まった。


 静かに振り返り、口を開く。


「……ここ、知ってるわ…」


―なんやろこの感覚…ここにいた…?いや…そんなはず…。


 皆が息をのむ。


「中……入ったら、何か分かるかも。たぶん」


霞の確信めいた声に、誰も反論できなかった。


歩き出そうとした、その瞬間だった。


「――動かないで!!!」


 鋭い声が響いた。全員が反射的にその場で凍りつく。


 視線の先、目指していた建物の影から、一本の棒を手にした女子高生が現れる。


 セミロングの茶髪に、少し赤みがかったウェーブ。 かおるよりわずかに背が低く、目つきは鋭い。


―棒もってる!?殴られる!?―


同じ女子高生らしいとはいえ、あまりの迫力に凪達は怯んだ。


「……あんたら誰?ここで何してんの?」 


 不審者を見るような目で睨みつける少女。  

その気迫に、誰もが言葉を継げないでいた――その時。


未桜みざくら!!」


 美羽が、まるでスイッチを押されたように前に飛び出した。


「未桜だよね!? 美羽だよ!!全国大会ぶりじゃん!!」


 満面の笑みで叫ぶ美羽に、少女の目が一瞬大きくなる。


「……は!? 美羽!? ……なんであんたがここにいんの!?」


その瞬間、少女の表情から警戒が消えた。


「……もう、意味わかんないけど……あんたがいるなら、まぁ…いっか。 少なくとも、変な奴らじゃなさそうね」


 ふっと力を抜いたその子に、美羽は満面の笑みで駆け寄ると、思い切り抱きつく。


「よかったーー!未桜もこの島来てたんだー!こっちも昨日ここに来たばっかなんだよ!!」


「調子狂うわ、ほんとに……なんでそんなテンションでいられんの……」


 呆れ顔の未桜だったが、どこか安心したようにも見えた。


「……ま、あんたらも気づいたらココにいたってことね」


そして静かに、自分の名前を名乗る。


「あたしは、赤城あかぎ 未桜みざくら。ここにはもう一人いるよ。中、入って」

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