第11話 初めての魔獣 1
「グルアァァアアアァアァッ!!」
魔獣の咆哮により空間がビリビリと震える。質量すら伴っていそうなそれに思わず一歩後ずさってしまう。
魔獣が屈んだ。明らかに飛ぶ前の予備動作。
「ッ、エイタ!避けて!」
くーねが叫ぶのと同時に横に飛んだ。瞬間、元居た場所に巨大な何かが突っ込んできた。一直線に、障害物を物ともせずに道中の手すりやなんやらをぐしゃぐしゃに歪ませながら。
ごろごろと地面を転がりながらなんとか起き上がる。
「くーねっ!桐島さんを頼む!」
頷いたくーねは既にミカを抱えて3階にジャンプしていた。
「よかった、無事か」
ほっっと息を吐きつつ正面の魔獣を捉える。
奴の狙いはエイタなのか、チラッとくーね達を見た後、ゆっくりとこちらに体を向けてくる。
心臓の鼓動が早くなる。
ゾンビ一体にすら手こずるのに、それよりもずっと強そうな魔獣だなんて。明らかに領分を超えている。
自分にやれるだろうか?
いいや、そんなことはどうでもいいや。
バールを強く握る。
両足が震える。武者震いではない。純粋な恐怖だ。
それでも引く気はない。ひきつった笑みを浮かべながら魔獣を見つめる。
「こいよワンコロ、そのでっけえ頭、カチ割ってやるからよ」
―――――――――――――――――――――
「エイタ君!だめっ!」
ミカを抱えたくーねは魔獣の攻撃を避け吹き抜けから3階に飛んでいた。壁を移動しつつ難なく3階に降り立つ。
「くーねたんちゃん!エイタ君が!」
「ミカ!落ち着いて!」
「でも!あんなにでっかい生き物!エイタ君が死んじゃうよ!」
ミカが焦ってる。無理もないよね。私も初めて魔獣を見たときは怖かった。
あんなのと戦うなんて想像も出来なかった。
エイタがおかしいのだ。いくら心核を持ってるからって・・・命がいくつあっても足りなくなっちゃうよ。
だからすぐに加勢しに行かないと、でもミカをここに放置していくのは危険。
だからって魔獣のところに連れて行くのはもっと危険。
どうしよう。そう悩んでいると少し冷静になったミカが言ってきた。
「くーねたんちゃん、早く行ってあげて!私は大丈夫だから!」
「で、でも」
一人は危険、そう言おうとしたのにミカに遮られちゃう。
「今、エイタ君を助けられるのはくーねたんちゃんだけなんだよ!」
ミカがぐいぐい押してくる。そして「それに」と続ける。
「私にはこの心核があるから!だから大丈夫なの!」
「ほら行って!」と続けるミカだが、その体は小刻みに震えていた。
怖いだろうに凄いと思う。
「ねぇ、くーねたんちゃん、カスタネット・・・貸して?」
「ふぇ?」
「いいから!」
いきなりそんな事を言ってきた。
ポケットからカスタネットを取り出すとミカはすぐ取ってしまった。
「ありがと、、、さぁ!行って!早く」
私の体をくるりと回転させ背中をグイグイ押してくるミカ。
下の階からは断続的に破壊音が聞こえていた。エイタが一人で戦っているのがわかる。
後ろにいるミカが服をぎゅっっと掴んで、すぐに離す。
何のためにカスタネットを借りたんだろう?。でもミカにもなにか考えがあるんだよね?それなら、私はミカを信じる!仲間・・・だもんね!
「かっこん、ミカをお願い」
私の肩からかっこんがぴょんと飛び、ミカの頭に乗った。ハサミをカチカチしながら万歳してる。
任せとけ!って言っているみたいに。
「絶対にエイタを助けるから。だから、少しだけ待ってて!」
「うん!」
私は後ろにいるミカを見ることなく走り出した。助走をつけ壁を蹴り飛ぶ、そのまま吹き抜けから2階へと降下する途中、目に映ったのは、
吹き飛ばされたエイタだった。
―――――――――――――――――――――
・・・来るッ!
魔獣が先ほどと同じように屈み、攻撃態勢に入る。
地面にガリガリと爪を食い込ませ、まるで抑えつけたバネが解放されるかのように一直線に突っ込んできた。
ズドオオオオオォォン
またも横っ飛びでギリギリ回避する。後ろの壁が盛大に崩れていく。
ごろごろと転がり立ち上がるころには既に魔獣が次の攻撃姿勢に入っているところ。
(このままじゃジリ貧だ、いつか当たって死ぬ・・・なにか攻撃できるタイミングは・・・)
そんな事を考えている合間にも魔獣は突っ込んでくる。
――ズドドドオオォォンン
今度は少し遠い壁まで飛んでいき少しだけ立ち上がる余裕があった。
地面を転がり、少しだけ痛んだ体を擦りながら考える。
(何度も何度も突っ込んできやがって、それしか出来ねえのか!)
まあそのお陰でまだ生きているのだが。
魔獣を見る。崩れた瓦礫の中からどすどすと出てくる。鼻をヒクヒクさせながらゆっくりとエイタの方へ歩いてきた。
そして睨まれる。体を屈め、突っ込む。
それだけだ、魔獣がしてくることはたったそれだけ。しかしそれがエイタを苦しめた。
それから一体どれだけ繰り返しただろう。もう時間の感覚がない。一瞬でも遅れれば死ぬという極限の状況の中、エイタはただ避け続けていた。
しかし繰り返していると気づく事もある。魔獣の動き。攻撃の法則。
(突っ込むときはまず屈む、攻撃は一直線。一定の距離を離れるとゆっくり近づいてくる。っなら!)
エイタは壁を背にした。魔獣の白く濁った眼がゆっくりとエイタを捉える。そしていつものように姿を低くする。
それは一か八かの賭けだった。
(・・・来いっ!)
飛んでくる。
風切り音を発生させながら突っ込んでくる魔獣にエイタは、半歩だけ横にずれた。
直後、巨体が真横を通り過ぎ、風圧により思わず吹き飛ばされそうになるのを何とか耐える。
ドシャアアアァァァアアアンンッ
魔獣が壁に激突し、盛大に破壊しながら埋まる。
瓦礫から出てきた魔獣は再びエイタを捉えようと顔を上げる。
(やっぱり、今がチャンスだ!)
攻撃から次の攻撃までに準備時間が必要。ならその瞬間こそが絶好のチャンス。
両手でバールを振り上げる。
「これでもっ、くらっとけやぁぁああああ!!」
その頭にバールが振り落とされた。
ガチイイイィィンと鈍い音が鳴る。
エイタの作戦は成功した。
想定外だったのは、魔獣が硬すぎたこと。
岩でも殴ったような衝撃がビリビリと返ってくる。
よくよく考えれば当然のことだった。
あれだけのスピードで壁に突っ込んで今まで無傷だったのだから。そりゃ頭も固いだろう。
「・・・ッ!!」
魔獣が力任せに頭を振り上げる。バールを乗せていたエイタはそのまま空に上げられてしまう。空中、魔獣が体を振るった。遠心力により加速した尻尾がしなりながらエイタをたたきつける。
腹に直撃し口からゴバッと血が噴き出る。
(くっそ、、、ほかにもできんじゃねえかよ・・・)
吹き抜けから遠くへと吹き飛ばされていく。
途切れ行く意識の中、見えたのはくーねが手を伸ばしているところだった。
だから答えてやる。震える手をくーねに向け親指を立て、ニヤッと笑う。
見たか?あいつに一発食らわせてやったぞ。と。
声は出ない。たとえ出たとしても届かないだろう。それでも口を開ける。
「すぐに戻る」
そして飛ばされながらエイタは気を失った。
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