第10話 光を照らすアイドル 1
暗く、深い、地下。
今はもう光すら届かなくなったそこ場所に、"ソイツ"はいた。
全身を黒い毛で覆い、前足には鋭く長い鉤爪。
突き出た鼻は空気の流れすら嗅ぎ分け、その下の顎は、骨すら砕く。
もうどれだけここにいたか。もはや思い出せない。
だが、なんとなく思った。自分もそろそろ動くべきだと。
思い腰を上げ二足歩行で立ち上がる。かなり前傾姿勢だかなんとか自立している。
「グルゥ」と鼻を鳴らす。感覚でわかるのだ。長い事誰も来なくなってしまった自分の住処に、極上の”エサ”が迷い込んできたことを。
そうして”ソイツ”はゆっくりと歩き始めた。
上に向かって。
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「はぁ、はぁ、なんとか撒いたか?!」
「うん、ゾンビさん達、中には入ってこれないみたい。」
エイタ達は現在とあるショッピングモールの中にいた。
逃げてる最中に発見し、所々崩れてはいるものの、なんとか中に滑り込めたのだ。
内装はシンプルなショッピングモール。3階建てで両サイドに通路が走り、中央が吹き抜けている。そのところどころに渡り橋が繋がっていたり、上階と下階を繋ぐエスカレーターがあったり。まあいわゆる”よくある構造”だ。
その一角、2階のとあるテナントに身を隠したエイタ達は疲れを癒すために座り込んでいた。
「とりあえず、一旦は落ちつけたね」
ミカが「ふぅ」と一息つく。長時間の全力疾走をしていたこともあり、相当疲れているだろう。
「はぁ、また逃げちまった。俺はいつまであいつらから逃げるんだ。」
「うぅ~、ごめんね。私がズババーーッと倒せれば良かったんだけど・・・」
「くーねは悪くないよ。これは俺の問題だ。戦うって決めたくせに、逃げてばっかりで。まったく自分が情けない。」
くーねは「それでもだよ〜」と言っていたが、これまでの行動を振り返ったエイタは自責の念に駆られていた。
学校で追われ、その果てに戦うと決めたのに、自分はまた逃げた。逃げてばかりではないかと。
――それがどうしようもなく悔しかった。
自然、バールの持つ手に力が入る。
「そういえばエイタ君、走ってるときになんか言ってなかったっけ?」
いままで肩で呼吸していたミカだったが、やっと落ち着いてきたのか呼吸を整えエイタに聞いてきた。
一瞬「ん?」となるエイタだったが、走っている時のことを思い出し、「ああ、そういえば」とくーねに向く。
「くーね、さっき”希望の力”が無いとかなんとかって言ってたけど何のことだ?」
それは先ほどゾンビに追われて逃走しているときにくーねが漏らしたセリフ。あの時は余裕がなかったから聞けなかったけど、今なら聞ける。
「あー」と呟いたあと、「むむむむ~」と悩みだす。話していいかどうかを悩んでいる様子のくーね。
「くーねたんちゃん、出来れば話してほしいな。私じゃ役に立てないかもしれないけど、それでも、私はくーねたんちゃんを仲間だと思ってるから!」
ミカが真剣な表情でくーねを見つめる。今この世界おいて、3人しかいないのだ、ミカの気持ちもよくわかる。今回は黙ってくーねの返答を待った。
「仲間・・・か・・・」
小さくつぶやくくーね。その言葉をかみしめる様に、胸に秘めてた。そこに秘められた感情がどんなものなのかはわからない。
左肩に乗っていたかっこんがちょんちょんと頬をつつく
「かっこん?どうしたの?」
カチカチとハサミを鳴らしながら手を振るかっこん。必死になにかをアピールしていた。その光景がなんだか微笑ましい。
「ふふっ、ありがとう。そうだよね・・・」
かっこんの頭を指先で撫でながら覚悟を決めたくーねは、エイタ達のほうを向いた。そして話始める。
「隠したい訳じゃないんだ。ただ、誰にも話したことはなかったから、どうしたらいいかわからなくて」
そう言って、くーねは話し始めた。
――彼女の力の秘密を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あるところに一人の少女がいた。
少女は歌うことが大好きだった。
歌うと両親が褒めてくれた。「くーねの歌は元気がもらえる」と言ってくれた。そのことが嬉しくてもっともっと歌うようになった。
少女は楽しかった。
歌うと周りに人が集まった。人が人を呼び、いつの間にか大勢の人が少女の歌を楽しんでくれた。だからもっともっと歌った。
――いつからだろう。煌めく光が見えるようになった。
楽しい、嬉しい、感動、希望。
そんな感情が溢れて舞っているのが見えた。
――いつからだろう。煌めく光を取り込み力を振るうようになった。
いつしか光は力になりて、敵を穿ち、潰し、斬罪した。
人々は祝福した。その強大な力こそが少女が生まれてきた理由だと。
そうして少女は”偶像アイドル”になった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「感情を、力に変換、か」
「うん、歌を歌うことで皆から、元気を、希望の力を貰えるの。その力をいろんな力に変えて”あいつら”と戦う。それが私なんだ。」
「だからくーねたんちゃんは自分をアイドルって言ってたんだね。」
「それだけじゃないけどね」と言いつつ話を続ける。
「でも、魔王との闘いで持っていた希望の力をほとんど使い果たしちゃったんだ。昨日撃った攻撃が最後だったみたい!」
「あはは~、こまったちゃんだ~」と言いながら後頭部をぽりぽりかく。
「ま、、魔王って、、これまた凄そうな名前が出てきたな」
魔王、ゲームでよくラスボスとして出て来て、主人公に立ちふさがる最大の強敵。
くーねが戦っていた魔王を見たことはないが、弱いということはないだろう。
あの砲撃が残り僅かの攻撃だったと考えると、予想よりもずっと強い可能性だってある。
「まあでもそれなら、俺らに歌えばいいんじゃないか?」
そう言うエイタだが、くーねはふるふると首を横に振った。
「ダメなの。私が力に出来るのは・・・”純粋な感情”だけ。今の話を聞いたらそれこそ記憶でもなくならない限り、感情が混ざっちゃう。そうすると力に変換できない。それに、たとえ知らなかったとしても、関係が深い人や身近な人になると同じように生まれなくなっちゃう。」
「そう言う事か・・・」
くーねが話したがらない理由がわかってきた。つまりこの話を聞いた人は力の源になれないって事だ。そしてそれは、エイタ達が既に対象外になってしまっているとうことになる。
彼女は、それを覚悟で話してくれたのだ。
くーねが前の世界でどういう事をしていたのかはわからない。でも魔王と戦っていたということは相当な事だったんだと思う。昨日見たボロボロだったくーねを思い出す。あれは魔王と戦っていたからこそのキズではないだろうか?そして今の話を考えると、くーねは一人で戦っていたのではないだろうか?仲間が増えればその分力が減ってしまうのだから。そう思うと胸の奥がズキッとした。
でも、それでもくーねは話てくれた。
「ありがとう。くーねは俺たちを仲間だと思ってくれたんだな。」
「仲間・・・。よくわからないんだ。なんで話しちゃったんだろうって、今でも思ってるんだよ。でも、すっきりした!話してよかったよ!」
そういうとくーねは立ち上がり元気いっぱいジャンプした。やはり誰にも言えないってのはつらかったのかもしれない。
ミカがくーねの手を取る。その顔は涙でいっぱい浮かんでいる。そんな顔を見て「うぇっ!?」と驚くくーね。
「く”ーね”た”ん、ち”ゃん!、、今まで一人で頑張ってたんだね。うぅ、、私、、希望の力にはなれないかもしれないけど、一緒になら居られるから!お姉ちゃんだと思って頼ってくれていいからね!」
「お、お姉ちゃん!?いや、それはいいから!お姉ちゃんにはしないから!」
そう否定しつつもくーねの顔はどこか嬉しそうだった。
「俺も今度こそ戦うよ、くーねが一人で戦う必要なんてないだろ?」
ついにはミカに抱き着かれもみくちゃにされていたくーね、なんとか顔を出しエイタに向けた表情は、はにかんでいた。「うん、わかった!」と。それは出会ってから今までで見た笑顔の中で一番の心からの笑顔だと感じた。
3人は仲間になったのだ。――その時、
ドゥゥゥゥウウウン
どこかから、なにか低い音が聞こえた。
「っいまの、なに!?」
くーねに顔を埋めて泣きじゃくっていたミカが顔を上げる。
直後、建物全体がわずかに揺れた。気がした。
少なくとも今までのショッピングモールの雰囲気が一変したのは確かだった。
緊張が走る。
「なにか、聞こえる?」
最初に気づいたのはミカだった。
次第に音が大きくなっていき、エイタ達も気づいた。
ドスン・・・ドスン・・・
音が近づいてくる。動いているのだ。
エイタが正体を確かめるためにテナントの外に出た。2階の吹き抜けから下を見る。
そこにはいた。
暗いショッピングモールで、正体はよく見えない。
しかしゾンビではない。もっと異質な、もっと巨大な”何か”が
くーね達もエイタを追って出てくる。同じように下を覗き込み、戦慄した。
「なに・・・あれ・・・」
震える声でミカが言う。
その瞬間、「ガシャァァン」と音が鳴り、外に繋がるシャッターが破られた。
既に日が沈み、夜となった外からゾンビ共がなだれ込んでくる。
しかし、いまはそれどころではなかった。
外から差し込む月明りによって、”それ”の正体を視認する。
それは真っ黒な獣。何が一番近いかと問われれば狼だろうか。しかし体長は熊よりもなお大きく、2メートルを超えている。丸まった背中の毛が逆立ち、超前傾姿勢だが2足歩行で歩いていた。
まるで創作に出てくる”人狼”のような見た目。
”それ”が1階からエイタ達を見ていた。ギラギラと鋭い眼光をこれでもかとぶつけてくる。匂いを覚えようと鼻をぴくつかせ、巨悪な牙を震わせながらグルグルと警戒の喉を鳴らす。
「なんで、、どうしてあれが、”魔獣”がこの世界に・・・」
”魔獣”。そうくーねが言った。
ああ、ぴったりだな。と思った。あれに名前を付けるならこれ以上ないだろう。それほどまでに異質で、禍々しく、不のオーラを放っている。
「グルアァァアアアァアァッ!!」
魔獣が吠えた。
逃がす気はないと。
エイタは睨み返した。
逃げる気などないと。
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