世界に背を向けて
ユー
世界に背を向けて
スマートフォンのアラームが鳴る…
気だるそうにアラームをとめる手…そこに迷いはない…
彼は体を起こすと、いつものルーティーンをこなす、淡々とそこにも迷いもない…
もう半年…いつもの電車に揺られる。 半年間何も変わらない人々と共に電車を降りて仕事場に向かう…
仕事は派遣。顔を覚えられることもなければ、名を呼ばれることもない。使い捨てのような気分にさえなっていく日々…
帰り道…いつものサラリーマンが疲れた顔で自分を抜き去っていく…
そしていつものように楽しそうに話してる学生達…
いつものコンビニ…
晩飯を選ぶときすら、楽しむことができない…
ただ、そこにある選択肢を選ぶだけだ。
いつものように弁当と飲み物、煙草…それをもって与えられたアパートに帰る…
何も変化がない日々。淡々と過ぎていく…
ノートパソコンの画面だけが明るい。 けれど、そこにも何も感じない。 ただ漠然と画面の向こうの動画に目をやるだけ…
いつもの光景、彼の日常だ。
そんないつもの日常に変化があった。
また半年前のように、突然、派遣先が変わった。
今度は、海の近くの町だという。
場所が変わった、仕事内容も変わる…いつものことだ…彼には期待も恐怖もなく、ただ受け入れた…
半年続けたルーティーンが少し変わるだけなのだから…
その日、彼は派遣会社の人に連れられ、海が見える町に着いた…
あまり慣れてない潮風と匂いに少し顔を歪めた…
派遣先の会社に向かい説明を受け、アパートへと送ってもらう…
ここも半年位かなぁと、大きなうねりから抜け出す気もなく、彼はただ承諾していた…
アパートは古びた感じがする部屋…だが、彼は部屋にこだわりはない…
ここでまた新たなルーティーンをこなしていくだけなのだ…
派遣会社の人から、明日からよろしくお願いしますと言われ、「はい」とだけ答える…
ドアが閉まる…
彼はおもむろにベランダへと向かい煙草に火をつける…
明日から、ここがルーティーンの最初が始まる…それだけしか頭には無かった…
ここに来て数日、仕事も少し慣れてきた気がする…
職場の人達は温かく迎え入れてくれた…初めての経験だった…
休憩中に差し入れをくれる人、昼ご飯を一緒に食べようと言ってくれる人…
だが、彼にはその優しさが煩わしく思えていた…
土曜日…休日であっても彼はいつものルーティーンで目を覚ます。
唯一違うのは、買い物に出るだけという事…何かしらの予定もない…ただ生きるために買い物に行く…ただそれだけだった…
少しは見慣れてきた風景…移動手段を自分で持っていない彼は徒歩か、バス…
彼はバスには乗らず、徒歩を選んで買い物に出かけた…
どれくらい歩いたろう…ふと彼の体を潮風がまとわりつく足が止まる…
海の香り、まだ慣れていない彼はまた顔を歪める…
あぁ、この匂いだけは無理だなぁ…そう思いつつ、歩き出そうとした…
すると目の前に一人の老婆が視界に入った…
玄関先の石に腰かけてる老婆が・・・
老婆は写真を膝に置き、泣いているようだった…
彼にとっては初めての光景だった…足を止めたまま彼はじっと老婆を見る…
写真には老人、男性、きっと旦那だったんだろう人物が映っている…
彼は興味がないと思いつつ、何故かその状況を分析し始めていた…
その光景は人から見れば夫を亡くして泣いている可哀想な老婆だろう…
だが、彼はその光景を・・・
「何故泣いているんだろう?」これも人はそう思う…
「何故泣くのなら、一緒に死ななかったんだ?」
…そんなに悲しむのなら一緒に死ねばよかったんじゃないか?
「死んだら、灰になるだけだ…そんなことわかってるはずなのに、どうして泣くんだ?」
「灰になったから?話せなくなったから?悲しいから?」
彼の中で答えを探す…
「もし俺が死んでも灰になるだけだ…いや…でも…誰が灰にしてくれる?」
「死んだら…そうしたら何故この老婆は‥‥‥‥」
背後からクラクションの音が響く
彼は反射的に振り返り、自分が鳴らされた原因だと知り、体を逃がす…
そして老婆の事すら忘れて、再び歩き出す…生きるための買い物をために…
潮風を受け、海の香りをまとわせながら……
丘の上にたたずむアパート…彼は静かにドアを開け、無造作にレジ袋をテーブルに置く…
そして中から、1本のペットボトルを取り出し飲み始める…
味は気にしない、ただ飲むだけ、のどを潤すためだけに飲む…
一気に半分ほど飲み干すと、ベランダへと向かう…煙草を吸うために…
ベランダのドアを開けるとまた海の香りが漂いだす…
彼は軽くため息を漏らすと煙草へ火をつける…
初夏の昼前、本来なら心地よい風…のはずの潮風に再び顔をしかめる…
煙草の煙を見詰めていると…遠くから声がしているのに気づく。
視界をベランダの外へと向ける。
そこには楽しそうに遊んでいる子供達。
数人の女性が井戸端会議をしている姿…
そしてスーツを着て何やら忙しそうにスマートフォンで電話しながら歩いている男性が見えた…
そしていかにも古そうな喫茶店が目に移った…
彼は無造作に煙草を消すと、その喫茶店へと向かい始めた…
今思うと何故、自分はそこへ向かったのだろうと思う、特に惹かれるようなものなど無かったのに…
喫茶店へ向かう道中、子供達が楽しそうに追いかけっこをしていた…
何を話しているか分からないが、ずっと変わらずに井戸端会議を開いている女性たち……
そんな日常に入り込んだ…あぁ煩わしい……彼には子供の声すらも煩わしく思えていた…
その店はいかにも古い感じを漂わせていた…
扉を開けて店に入ると、初夏の暑さに軽く湿気をまとって彼を迎え入れた。
店内には老夫婦が1組だけ…この暑さにクーラーも扇風機すら動いていない…
「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ。」
老店主が優しい笑顔を浮かべながら、彼をさらに奥へと誘う。
彼はテーブル席へと腰を下ろす…また無造作に…
「今、メニューを持っていきます。」
再び老店主が笑顔で語り掛ける。
彼はポケットに入れてあった煙草をテーブルに置く…意思表示のように…
「どうぞ、メニューですメニューです。」
声と同時にテーブルに水と灰皿が置かれる…静かに、でも確かに音を立てて…
「決まったら声かけてね。」と老店主は去っていく…これもまた静かに…ゆっくりと…
メニューはありきたりだった…ナポリタンやトースト…コーヒーもありきたりだ。
彼はナポリタンとコーヒーを頼む。
特別食べたかったわけじゃない、ただそれを注文していた…
「ナポリタンは時間かかるから、先にコーヒーを持ってこようか?」
また老店主の優しい声だ…
彼は反射的に「はい」とだけ答えると、老店主の「はい、かしこまりました。」と共に去っていく姿を見ていた…
自然に目が追っていた…
彼は置かれたコーヒーを一口飲むと、煙草に火をつけた…
すると厨房らしきところからナポリタンの香りが漂ってくる…
彼はそのミスマッチな匂いを嗅ぎながら、再びコーヒーを一口すすっていた…
太陽は日差しを増してきていた…
彼は目の前に置かれたナポリタンを食べていた。
美味しい、不味いの評価無く、ただ生きるための栄養補給として食べていた…
食べ終わると、コーヒーを飲み干し、またタバコに火をつける…
「コーヒーお代わりをもってこようか?サービスするよ」
その行動を遮るように老店主が話しかける
「ああ…はい、お願いします…」
「かしこまりました」
ありきたりの会話の後、老店主はナポリタンの皿とコーヒーカップを下げて、去っていく…
その一連の動作にまた目を向ける…手際の良さを見るわけでなく…ただ見ていた…
コーヒーのお代わりが置かれた…また静かに、確実に音を立てて…
老店主は少し間をおいて、ぽつりと口を開いた…
「……お兄さん…ここは初めてだよね?この町も初めてかい?」
「はい、仕事で…」
彼はもう煩わしさしか残らない…
「そうかい、出張かな?……日帰りかい?」
お節介…老店主のありきたりの世間話にもうんざりしてしまう…
「いえ…転勤?かな…」
早く終わらせたい…また煩わしさが心を支配する…
「そうかい、良かったらまた来ておくれよ…」
「お兄さん、何かあったかい?そのなんとなく…ね」
唐突に老店主が彼に問いかける…優しいまなざしで。
老店主はふぅ…と軽く息を吐くと
「いやね、お兄さんが僕そっくりに見えたんだ…奥さんが死んだ直後の僕にね…」
彼の視線が燃え尽きそうな煙草に移る…
しばらく沈黙が流れる…BGMがかかっていない店内を静寂が支配する…
ふっと老店主は頭を下げ
「悪かったね、嫌な思いをさせたね…こんな爺と一緒にされたら迷惑だったね…」
彼には何も返す言葉がない…返せないのだ…
煙草が燃え尽きる…フィルターが燃える匂いへと変わる…
彼は告げられた金額を払うと財布をしまう。
「ごちそうさま…」
彼はそういうと老店主に背を向け、店を出ようとする…
すると、
「ごめんね、嫌な気分にさせてしまって…でも、もしよかったらまた来ておくれ…」
老店主は何度も謝ってくれていた…
何度も聞いた…何度も言ってきた…
煩わしい…彼の心を何度も支配していった…
太陽は少しだけ傾いていた…
通りは買い物を済ませたであろう袋を下げた女性達…
見覚えがある、井戸端会議をしてた女性達だ…
その後ろを楽しそうについていく子供
文句を言いながらつまらなさそうについていく子供…
そんな光景が彼をすり抜けていく…
そしてふと思い出す…
あの老婆は何故泣いていたのだろう?
死んだのが悲しいから?
もう話せないから?
会えないから?
灰になったのが悲しいから?
あの老店主は奥さんが死んだとき、俺のようだったと言った…
何故?
俺は誰も死んでいない…何故?
「待ってよ~、ママ~」子供の嬉しそうな声
そして潮風と共に運ばれてくる海の香り…
俺はどこにいるんだろう……
世界に背を向けて ユー @Ryo_wa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます