コール・ハイドランジア

@luqing

第1話 11番 1

 彼は工場で生まれた。

 旧市街工場Aラインのベルトコンベアに乗って組み立てられた彼の左腕にはOCa11の印字が外に向けて押されてある。

 彼はここで組み立てられた11番めの駆体なのだ。

 彼はこの国の国営工場で作られた11体目の『思考人形』。

 ここはとある銀河のとある星、惑星アーシェルの上だ。

 文明の高度に発展したこの星では、民主政が敷かれ、ごくわずかな富裕層が国の政治を裏から表から堂々と牛耳っている。

 その政策の一環として、

人間の生活を楽にするための『自動人形』作りが進められた。

 ただ、生産された機械たちは人工知能を搭載されて、自ら思考することから、規則的なからくりによって動く『自動人形』とは区別する意味で、『思考人形』と名づけられた。

 『人形』という呼び名は、富裕層から見た皮肉だった。

 『人間に支配され、自由のない操り人形』。

 その意味が、生産工場の『思考人形』たちにはこめられていた。

 顔はみんないっしょだ。

 年ごろは25、6歳の、ある若い男性の顔をしている。肌は色白で、それなりに日に焼けた血色で髪は亜麻色。見た目からは彼らが機械だとは見抜けない。

 彼らは人間の7倍で知能を成長させる。

 そして、出荷時は人間の子どもでいう14歳程度の知能と知識をその身につめこまれて出荷される。

 工場で起動されたのち、『出荷』されて、彼らはまず、『学校』へ通う。

 『学校』では一般的な知識を学んで脳を成長させる。

 彼らは高度な技術で作られている。人間との違いはもはや、

『肉の体を持つか、鉄の体を持つか』でしかない。それほどまでに工場で作られた彼らは精密で賢かった。

 ただし、技術力は高かったが、物資は不足していた。そこで、材料の鉄不足を補うために、ラインAの生産機械たちはみな、身長が男性としては低く作られた。

 彼らは性別の概念はないが、人間の男性と比べたら10センチは低く、駆体(この機械たちの体のこと。人間でいう肉体にあたるもの。)が作られた。

 この国の男性は170センチ以上は平均してあったから、160センチちょっとの機械たちは身長がかなり小柄なほうといえた。

 その削られた身長分の材料が、また別の駆体を作るのに使われるのだ。

 10体分の身長を減らせば、新たな1体が作れる。

 11番は袖なしの水色の上下を着て、他の先達の機械たちのように『学校』へ通った。

 彼らにとって不幸中の幸いだったことは、彼らがまだ、善悪というものをインプットされていないことだった。

 特定の概念を植えこまれていないことは、この独裁国家じみた自由主義国家にとって唯一の幸いであったといえる。

 政権を支持する富裕層は、工場への投資に興味はあっても、そこで作られる『人形』たちの中身には興味がなかったのだ。

 だから、機械たちは毎日、読み書きや人間の子どもたちが学ぶ勉強の一式を、毎日、白いモニターを見ながら、整列して座った机の上で学ばされた。

 11番はその日々になんの疑問も抱かなかった。

 製造番号OCa11。『旧市街工場ラインAで製造された11番めの機体』の意味だ。彼のことを11番とここでは呼ぶことにしよう。

 11番は楽園のような場所にいた。

 工場を出てからは、機械たちは寮に集められて毎日整備を受ける。それから『学校』へ行って学ぶ。

 出荷されてから知能が育つまでは、この、楽園のような寮で過ごす。

 人間でいうところの寄宿舎生活である。

 『学校』で6時間知識をつめこまれたあとは、夜まで自由時間だ。

 花の咲き乱れた公園が、寄宿舎のすぐ近くにある。

 11番はそこに行ってみることにした。


 たくさんの色とりどりの花が緑の垣根の中に咲きほこっている。黄色や白、赤、ピンク、鮮やかな暖色の花弁はばらのようであった。

 小さなミモザのような花もあれば、白いマーガレットのような花もある。ピンクのはコスモスみたいだ。ピンクのばらもある。

 緑の柵に囲われた、よく手入れされた花弁と石の小道、オレンジの細長い板を何本もならべて作った木製のベンチ。一定の時間ごとにわきあがる丸い噴水広場。

 11番はこの場所がすっかり気に入ってしまった。

 木立に囲まれた噴水広場までの散歩道を、彼はよく通うようになった。

 花の名前は彼にはよくわからなかったが、色とりどりのよく手入れされた庭園は彼の気持ちを心穏やかにして、時に心はずませる色彩になった。


 11番は幸せだった。

 彼は自分と同じ顔の仲間たちが何人もいることに疑問を抱かなかったし、それがありふれた日常だった。

 暑さも寒さも感じない彼にとって、水色の袖のない上着と水色のズボンはあたりまえの服装で、同じ色の靴を履いて毎日を過ごし、『学校』に通い、自由時間を過ごし、夜は寄宿舎に入って朝まで起動をやめて体を休める。それはごく普通の日常だった。


 美しい公園には咲き乱れた花々と噴水広場とオレンジ色の、緑の手すり付きのしゃれたベンチがある。

 11番はこの公園で毎日、長いこと昼から夕方にかけて過ごしていたが、彼が通りがかる時間には、わずかにまばらな人間たちがめいめいの時を過ごしていることはあっても、ベンチに座っているところは見かけたことがなかった。

 ほとんどの人間はこそこそと影のようにそそくさと自分の用をすませ、ときたまそれを眺める11番には目もくれずにそれぞれの目的を果たすと、すたすたと園内を去ってしまう。

 きれいな公園なのに、長居する人間を11番は見たことがない。

 それに、彼の仲間の機械たちもまた、この公園にはちっとも興味を示していなかった。

 ほとんどは『学校』の中にとどまって仲間うちで話すか、寄宿舎で過ごすか、ときたま、街に出かけて街をぶらつくものもいたが、そういう者たちは他の服を宿舎から借りて着ていた。

 工場の方針で、一定の自由は認めるが、まだ彼らが機械であることは対外的には秘密にして伏せられていた。

 そのために街へ行く者は水色の上下以外の服をわざわざ用意して着替えさせたのである。

 一定の事由を用意しているのは、そのことによって彼らの知能成長にどれだけの変化がもたらされるかという実験のためであった。

 それなのに11番はなぜ、お仕着せの水色の上下を肩からつま先まで着ているのかといえば、この公園はほとんど人が訪れず、腕の製造番号が見えたところでたいした影響はなかろうという工場上層部の判断があってのことだった。

 だから、11番は毎日のように同じ服装のまま、この花園公園へやってきていた。

 この地域の人間の中には彼のことを気にとめるものはいない。

 たまにいたとて、貧乏で服が買えないのだなとしか思われないだろう。

 温暖は湿潤で、袖なしの服を着ていたとておかしなことはない。

 人間にとってもこの地域は暑くもなく寒くもない気候だからだ。

 ここは都会だった。

 だれもが他人に興味を持たず、関心を持たず、見て見ぬふりをする。

 それが都会の流儀だからだ。

 11番もまた、いつのまにかその流儀を身に着けていた。

 彼は園内で人を見たからといって、話しかけるようなことは一度もなかった。

 特に理由はない。ただ、話しかける理由がなかっただけだ。

 興味があるからといって突っ走る仲間は他にいて、『学校』や街に出て人々を質問ぜめにしたが、11番はそのようなトラブルを起こさなかった。

 彼は静かだった。

 ただ花を眺めていたかったし、ただ噴水を見ていたかった。噴水広場を囲む木立のこずれの音や、小鳥のさえずり、砂が風に吹かれて行くのをただただ聴いていたかっただけだ。

 色とりどりの花々にときに蝶やはちがひらめくのを、彼はただ、見つめていたいだけだった。



 かつん、という音がその静寂を裂いたのは、彼がここに来はじめて何日後のことだっただろうか?

 少なくとも100日は過ぎたころだった。

 園内を花園から噴水広場へ抜けてきた11番は、

かつん、という音を聞いて立ち止まった。

 振り返るとさして遠くないベンチの前に、棒のような長いものが落ちていた。

 投げ出されるように置かれたその棒に向かって一本の腕が伸ばされている。

 ベンチには革の黒い靴が見えた。その先は一人の老人につながっていた。男だ。

 その老紳士はベンチに座ったまま、かがみ込んで、さっきの棒のようなものーー杖を拾い上げようと手を伸ばしていた。

 しかし、背中がこわばっているのか、かがんでも指先がなかなか杖まで届かない。

 11番は少し考えてから、ゆっくりと歩き出した。

 ベンチまではなんてことのない距離だった。

 さくさくと広場の砂を踏んで、杖に近づく。

 そして、茶色い木製の長い杖を、かがんで地面から拾い上げた。

 砂を払って、11番は杖を右手に持つ。

 老紳士の白髪が上がり、顔が見えた。しわに刻まれた額の下から、灰色の瞳が彼を見ている。

 11番は杖を老紳士に差し出した。

「ありがとう」

 紳士は言った。声は低く、高すぎず低すぎず、その発音ははっきりとしていた。

「どうぞ」

 11番は言った。

 紳士は彼の手から茶色い杖をとると、大事そうに両手で杖の先を囲んだ。

「よかったら、座らんかね?」

 老紳士は言った。

「きみもこの公園が好きなんだろう?」

 11番はどう答えたものか考えた。それからうなすいた。

「静かでいいところだ」

老紳士は噴水を眺めて言った。

「よかったらこの静寂を味わわんかね?平穏といっしょに!」

 老紳士はベンチのまんなかから端へと尻を引きずりながら移動して空間を作った。

 11番はそれを見て、黙って老紳士の右に腰掛けることにした。

 特に話すこともなかったので、11番は座って老紳士と並んだまま、いつものように木立の葉ずれの音や水のふくらみや小鳥のさえずりを聴いた。

30分くらいはそのままそうしていた。

 11番の隣の老紳士は目を閉じて瞑想でもするようにじっと動かずにいた。

 11番は両目を開けたまま、じっと世界を見ている。

 隣にだれがいてもいなくても、彼には問題ないのだ。このこずれの音さえ聴ければ。

 ただ、

ーー妙なことだ、と彼は感じていた。

 これまでこの公園で他者から関わりを持とうと働きかけられたことがなかったから。

 そしてこれまで、彼が他者と関わろうという場面がなかったから。

 ただ、

妙だとは感じたものの、特に自分の邪魔をされたわけではないから、その点、特に彼の日常が悩まされたわけではない。

 11番はいつもの彼の日常を過ごすことができた。

 やがて、彼の頭の中でアラームが鳴った。外には聞こえない音だ。もう帰らなければいけない。

 そこで彼は立ち上がった。

 隣の老紳士が閉じていた目を開いた。

「もう行くのかね?」

「はい」

 11番は初めて老紳士との間に声を発した。

「私の名前はハルアだ。よかったら、また会おう。もしよければ」

 11番はうなずいた。一度、自力で脳内から止める指示を出したアラームの音がまた鳴り出す。

 11番は老紳士、ハルア氏に背を向けると、さくさくと砂地を刻むように早足で宿舎へ向かって歩き出した。

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