大人の筆箱
元気モリ子
大人の筆箱
いつからか筆箱にボールペンしか入れなくなった。
ちいさい頃はカワイイ鉛筆探しに命を燃やし、小学校に上がるとシャープペンシルに思いを馳せ、中学生になると一味違うシャープペンシル探しに再度命を燃やし、高校に上がる頃には何故か万年筆に憧れたものである。
それがいつからか、ボールペンしか持たなくなった。
書き損じなど許されない人生が、気付かぬところでスタートしている。
こんな怖い話があるか。
脳内で筆箱人生を遡ってみる。
私はいつシャープペンシル、いや、あれほど好きだった鉛筆を手放したのか。
転がせば否応なくバトルが始まる鉛筆…
正しく持てる三角柱の鉛筆…
短くなった鉛筆を伸ばす銀色のやつ…
筆箱中のホコリを絡めとる鉛筆用グリップ…
青色と赤色半分半分の鉛筆(結局青が残る)…
1回付けるとミシッと割れる鉛筆キャップ…
消しカスを集めるだけのなんかコロコロするやつ…
お前たちは今どこにいる…
怖いのは、彼らを捨てた記憶が一切ないというところにある。
小学校から中学に上がる時、中学から高校に上がる時、高校から大学に上がる時、大学生から社会人になる時、このどのステップアップにおいても、彼らをちゃんと始末した記憶がない。
かと言って、使い切った記憶もない。
なのに手元にはない。
筆箱ミステリーである。
「ごめん、ボールペンしかないけど良い?」
「あ、全然良いよ〜」
私は友人にボールペンを差し出しながら、「ボールペンしかなくて良いわけないでしょうがぁ!」と田中邦衛の如く、心の中で叫んでいた。
いつの間に私の神聖な筆箱は、ボールペンとやらに侵略されてしまったのか。
俺たちのキラキラえんぴつを返してくれ。
ボールペンはどしっと構えていてあまり好きじゃない。
あの独特のインキの香りをひけらかし、シンプルかつシャープな出立ちが余計に鼻につく。
「俺やで」といった具合で、つねに各所持ち場についており、唯一、何かの記入欄で綿紐に繋がれている姿だけは、同情の余地がある。
私があのボールペンなら、絶対に知り合いに遭遇したくないものである。
その点フリクションはとても良い。信頼ができる。
ヘッドで擦れば文字が消えるなど、あの頃のワクワクが蘇り、どれほどスマートなデザインカバーを身に纏おうが、その遊び心を隠しきれないといった感じで、私は出来ることなら彼とお近づきになりたい。遠距離も辞さない。
しかし私には、心に決めた初恋の相手がいる。
長く書き続けるため、芯を長くするのではなく、なぜか短い芯をたくさん入れるといった奇天烈発想。
使い終わった芯を尻から入れ、口から新たな芯が飛び出るという世紀のシステムを有しておきながら、芯の質が良くないため一本目すら使い終わらない。合理的なのかなんなのか分からない。
そう、我らがロケットえんぴつである。
彼に勝るかわいい男はいない。
可愛げの権化である。
今すぐにでも会って抱きしめたい。
正直途中は目移りもした。
祖父がロト6を買うたびに貰ってくる、あの短っけぇプラスチックのえんぴつ、彼も凄く良かった。アレを集めている時期もあった。
だがやはりロケットえんぴつなのだ。
彼に勝るものはいないのだ。
無性にあのロケットえんぴつに会いたい。
むやみやたらに虹色で、カッスカスの芯を繰り出す奴にうんざりしたい。
色々なものに目移りし、かと思えば機能性やデザイン性を重視し、始末もせずに離れていった私は、気付かぬうちに彼らから愛想を尽かされたのだ。
捨てた覚えがないのに今手元にいないものが、人生でどれだけあるだろう。
なぜだかあのロケットえんぴつは、二度と私の前には現れてくれない気がする。
それほど不義理なことをしたのだと、私は急に虚しい気持ちになった。
「あー間違えたー、修正テープ持ってる?」
私は友人に修正テープを差し出しながら、
「お願いだから会いにきて」と、心の中で願った
大人の筆箱 元気モリ子 @moriko0201
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