第11話 消えたクラスメイト

中村健太の失踪は、京都府立髑髏原高等学校に決定的な恐怖をもたらした。

生徒たちはグループ行動を徹底し、教師たちも顔にはっきりとした憔悴の色を浮かべている。

校長室では、校長先生と教頭先生が、警察への報告を躊躇していた。

公になれば、学校の存続自体が危うくなるからだ。


「しかし、このままでは…」教頭先生の声が震える。


「影山宗一郎氏の儀式に、全てを賭けるしかない。」校長は、机を強く叩き、決意を固めるように言った。


ミア・グーゼンバウアーは、健太の失踪を知り、漠然とした不安を感じていた。

ゲームの世界が奪われた時と同じ、いや、それ以上の「喪失感」が、彼女を襲った。

あの嗤う影が、ついに現実の人間を標的にし始めたのだ。


「彼もまた、あなたと同じように『嗤い声』に誘われたのでしょう。」紳士ルクスが静かにミアに語りかけた。

「そして、ゲームの世界に逃げようとした結果、現実の穴に落ちた。」


ルクスの言葉は、ミアの心に深く突き刺さった。

ゲームをプレイしていた健太が、自分と同じように「嗤い声」に苛まれ、そして消えた。

それは、明日の自分の姿かもしれないという恐怖だった。


一方、影山葵は、健太の失踪を知って以来、不安で夜も眠れずにいた。

彼女の霊感は、学校全体に充満する邪悪な波動を、肌で感じ取っていた。

葵は、放課後、クラスメイトの田中浩太や佐藤優美、山本莉子、小林大地を集めた。


「健太くんが消えたのは、絶対に幽霊のせいだよ…!」莉子が涙目で訴える。


「俺も、体育館で変なもの見たし…」大地も顔色を悪くして頷いた。


「もう、ここにいるの無理だよ…」優美が震える声で呟くと、浩太が「でも、どこに逃げればいいんだよ…」と絶望的な表情を浮かべた。


葵は、皆の怯える顔を見て、意を決した。


「父が、この学校の怪異を止めるために動いている。魂の鎮魂儀式っていうの…ミアさんも関係してるみたい。」


葵の言葉に、クラスメイトたちは驚きと混乱の入り混じった表情を見せた。

黒岩隆教師も、校長からの指示で、儀式に必要な古文書の収集を急いでいた。

彼は、用務員のおじいさんが倒れた地下の封印の間が、今回の事態の引き金になったことを確信していた。


その日の夜、ミアはルクスに問いかけた。「儀式、本当に効くの? 私の魂は、本当に一部を失うだけなの?」


ルクスはミアの問いに答えなかった。

代わりに、彼は静かにミアの額に触れた。

その瞬間、ミアの意識は、ルクスがこれまで見てきた、この世ならざる光景へと引きずり込まれた。

それは、血と怨嗟に満ちた処刑場の記憶、無数の魂が引き裂かれる苦痛、そして、その全てを嘲笑うかのように響き渡る、あの「嗤い声」の嵐だった。

ミアは、あまりの恐怖に悲鳴を上げようとしたが、声が出ない。

ルクスは、ミアの意識を素早く現実に戻した。


「これが、『嗤う影』の力の片鱗です。そして、儀式は、この全てをあなたに引き受けさせることになるかもしれない。魂の欠片だけでは済まない可能性もある。それでも…引き受けますか?」


ルクスの言葉は、ミアに究極の選択を迫った。

彼の瞳の奥には、契約を果たすための冷酷さと、奇妙な憐憫が混じり合っていた。


時を同じくして、髑髏原高校の敷地内にある古い社で、古物店の店主が不気味な笑みを浮かべていた。

彼の周りには、これまで以上に濃密な影が蠢き、嗤い声が響いている。

店主は、手に持った古い人形の首を捻ると、それがミシミシと音を立てて砕け散った。


「魂の儀式ねぇ…贄は、たった一つで足りるかね? まだまだ、足りないようだが…」


店主の声は、遠くから聞こえる嗤い声の合唱と混じり合い、闇夜に不気味に響き渡った。

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